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乾燥に負けない植物を作る! ~ 乾燥ストレススイッチのからくりを解く ~

2010年7月8日

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図1
乾燥地イメージ

今、地球の全陸地の約4分の1が砂漠化の影響を受けているのを知っていますか?もともとの気候による地域もありますが、近年の拡大は人間活動によるものです。こうした背景から、緑地を増やすための技術開発が求められています。

今回はその技術にもつながるお話で、植物がどのように乾燥のシグナルに反応しているのかを紹介します。

乾燥に立ち向かう植物ホルモン

植物は動物と違って自由に動けないので、たとえ周りの環境が悪くなってもそこから逃げ出すことができません。そのため、植物には環境変化に対応するしくみが備わっています。その鍵となるのが植物ホルモンです。

植物にとって生命を脅かす「乾燥」というストレスに対して働く植物ホルモンが、アブシシン酸です。植物の葉には気孔という穴があり、光合成で生じた酸素や、体内の水分を水蒸気にして放出しています。植物は乾燥を感じると、アブシシン酸が体内に蓄積します。すると気孔が閉じられ、水分の蒸散が抑えられます。

アブシシン酸は約50年前に発見されましたが、どのようなしくみで乾燥に立ち向かっているのか、ほとんど研究が進んでいませんでした。しかし昨年、アブシシン酸を結合して、乾燥に対抗する一連の反応のスイッチを入れる「アブシシン酸受容体」が発見され、研究が一気に加速しました。アブシシン酸受容体の発見としくみの解明は、米国の科学雑誌Scienceの「2009年の10大ニュース (Breakthrough of the year 2009)」の一つとして選ばれたほどです。そして、その解明には、日本の科学者とフォトンファクトリー(PF)が大きな役割を果たしました。

植物ホルモンと受容体で鍵を外す

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図2
アブシシン酸が乾燥に対抗する
反応のスイッチを入れるしくみ

アブシシン酸受容体 (PYR/PYL/RCAR)がアブシシン酸 (ABA)を結合すると、タンパク質脱リン酸化酵素PP2Cの活性を阻害します。それにより、PP2Cによって鍵がかけられていたタンパク質SnRK2のスイッチが入り、乾燥耐性付与に働くタンパク質群の合成を促進します。


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図3
アブシシン酸 (ABA) を結合した
受容体 (PYL1) の立体構造

アブシシン酸が結合することにより、受容体に「ふ た」のような構造が形づくられます。


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図4
アブシシン酸(ABA)と受容体(PYL1)、
およびタンパク質脱リン酸化酵素PP2C
(ABI1はPP2Cの一種)の複合体の構造

ABI1の300番目のアミノ酸残基(トリプトファン,W300)が受容体(PYL1)の「ふた」構造と接触して強く結合することにより、PYL1の「ふた」構造の一部(阻害プラグ)がABI1の活性部位に入り込みます。

アブシシン酸受容体は、PYR/PYL/RCARという、暗号のような長い名前がついています。これはこの発見が複数のグループから2009年に同時に発表されたためで、いかにこの分野の競争が激しかったかが伺えます。

植物が乾燥に立ち向かうしくみを簡単にまとめたのが図2です。乾燥ストレスに対抗する一連の反応のスイッチを入れるタンパク質、SnRK2(タンパク質リン酸化酵素)は、ストレスのない状態では、PP2C(タンパク質脱リン酸化酵素)という別のタンパク質の働きにより鍵がかかり、スイッチオフの状態になっています。ところが乾燥ストレスにさらされると、アブシシン酸が植物体内に蓄積し受容体と結合します。この二者の複合体は、今までスイッチに鍵をかけていたPP2Cの働きを抑え、その結果、鍵が外れスイッチがオンになります。

田之倉 優教授(東京大学大学院農学生命科学研究科)らの研究グループは、アブシシン酸と受容体が結合した状態と、それがタンパク質脱リン酸化酵素と結合して「鍵を外しにいった状態」の結晶を作り、PFのBL-5AとPF-ARのNW-12Aを用いて、乾燥に立ち向かう反応のスイッチをオンにするしくみを明らかにしました。

パズルのような「ふた」

受容体タンパク質の内部にはアブシシン酸を受け取るポケットがあり、アブシシン酸が入るとポケットを覆う「ふた」のような構造が作られることが分かりました(図3)。

実はこの「ふた」には驚くほど精密なからくりが潜んでいました。「ふた」は2つのループ構造からできていて、スイッチに鍵をかけていた酵素のトリプトファン(W300)が、片方のふたの部分と強く結合していました。そして、この状態でもう片方のふたの外に飛び出した部分(阻害プラグ)が、ちょうど「鍵穴」にあたる部分にすっぽり入り込み、塞いでいることが分かりました(図4)。

このしくみをわかりやすく示したのが図5です。2つのループ状のふたは、前に出した両手を胸の前で折りたたむようにして、抱え込んだアブシシン酸をしっかりと固定するように閉じています。最初に重ねる左手(緑)で、タンパク質脱リン酸化酵素としっかり結合すると、後から重ねた右手(赤)の突起がちょうど鍵穴の部分(活性部位)にすっぽりとはまる仕組みになっていたのです。

鍵穴を塞がれたタンパク質脱リン酸化酵素はもはやスイッチに鍵をかけることができなくなります。その結果、スイッチの役割を持つタンパク質SnRK2が「オン」になり、乾燥に耐える一連の反応が進みます。


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図5
アブシシン酸(ABA)と受容体(PYL1)の結合により、乾燥に耐えるスイッチが作動するしくみ

受容体PYL1はアブシシン酸ABAを結合して「ふた」構造を形成します。タンパク質脱リン酸化酵素ABI1はPYL1の「ふた」構造と接触して活性部位が塞がれ、鍵として働くことができなくなります。

乾燥に耐える植物

この研究は、文部科学省委託研究事業「ターゲットタンパク研究プログラム」の支援によって進められたもので、英国の科学雑誌Natureのオンライン版2009年10月23日付に発表されました。2009年の前半に急加速したアブシシン酸受容体の研究は、わずか半年足らずで、パズルの凸と凹を何重にも組み合わせている「ふた」の職人技のような精密なしくみまで明らかにされたのです。

植物ホルモンによる乾燥に耐えるしくみが解明されたことで、より効果的に働く受容体タンパク質を設計し、もっと乾燥に強い品種ができる可能性が広がりました。このような品種ができれば、砂漠地帯を含めたさまざまな場所を緑地化させることができ、それによる大気中の二酸化炭素の低減など、地球環境に大きく影響を与えていくことでしょう。

小さなからくりの詰まった「ふた」が、地球規模に影響を与えるかもしれない。そんな面白さがここには詰まっています。