2010年6月3日
アスパラガスとホワイトアスパラガス、枝豆ともやし、この2組にある共通点は何だと思いますか?
元は同じ種ですが、日光に当てずに育てるとダイズは「もやし」に、アスパラガスは「ホワイトアスパラガス」になります。植物が持っている「葉緑素」は字の如く緑色の素ですが、日光が当たらないと緑色になれず、白くなってしまいます。しかし、日光が当たらなくても緑色になる植物もいます。
この違いが今回のテーマ、暗所でも葉緑素が緑色になる仕組みの解明と、そこから垣間見える太古の地球環境での生物進化へと続くお話です。
ダイズが「もやし」になるのは、光が当たらないと葉緑素を緑色にする酵素(光依存型プロトクロロフィリド還元酵素)が働かないためです。これに対して、マツなどの裸子植物、緑藻やラン藻、光合成細菌は暗くても緑色になります。このような暗所での緑化能力の違いは、一世紀以上前に知られていましたが、その理由は分かっていませんでした。90年代になって、ようやく原因となる遺伝子が発見され、暗所で緑化する仕組みのもとになる酵素(暗所作動型プロトクロロフィリド還元酵素:DPOR)が、窒素肥料を合成する酵素ニトロゲナーゼと似ているらしいと推察されるようになりました。その後、ゲノム解析により葉緑素合成に関与している遺伝子が解読されましたが、その遺伝子から作られる酵素の立体構造はどれひとつとして解明されず、どのような仕組みで葉緑素を緑色にしているのか不明のままでした(図3)。
大阪大学蛋白質研究所の栗栖源嗣(くりすげんじ)教授と名古屋大学大学院生命農学研究科の藤田祐一(ふじたゆういち)准教授の共同研究グループは、光合成細菌がもつDPORの立体構造を世界に先駆けて明らかにし5月6日発行の英国の科学誌Natureで発表しました。KEK放射光科学研究施設(フォトンファクトリー:PF)のBL-5A、NW12Aを使った構造解析の結果、DPORはニトロゲナーゼと予想以上によく似た構造をしていることが分かりました(図4)。
両者がここまで酷似しているのは、専門家にとって大変な驚きでした。葉緑素の合成(DPOR)と窒素固定反応(ニトロゲナーゼ)とでは、働きも、扱う分子の大きさや複雑さも雲泥の差ほどの違いがあるからです。
そこで、構造をよく調べると実は同じような仕組みによってなされていることが分かりました。図4を見ると、反応に必要な電子を供給する金属クラスターの位置関係が両者ともよく一致しています。これはポルフィリン環の二重結合の還元(葉緑素の合成)と窒素分子の三重結合の開裂(窒素固定反応)という、一見大きく異なる反応が同じような仕組みで反応していることを意味しています。
またDPORの構造から、珍しい金属クラスターが反応に関与していることも新たに発見しました。立命館大学の民秋均(たみあきひとし)教授グループの助けをかりて、酵素に結合したプロトクロロフィリド分子自身が還元反応のプロトン供与に関わるというユニークな反応の仕組みも明らかにすることができました(図5)。
今回構造が明らかになったDPORもニトロゲナーゼも、酸素に触れると活性が低下する嫌気性の酵素で、両酵素とも細胞の中で酸素に触れないよう隔離されて働いています。両者の構造が大変よく似ていることから、ある祖先型酵素から一方はDPORになって葉緑素を作ることで光合成に関わるように進化し、もう一方はニトロゲナーゼとなって窒素固定に関わるように進化してきたと推察できます。そしてその頃、地球上には酸素が無かったということになります。
つまり、生物が初めて葉緑素を作れるようになった太古の地球環境は酸素が少なく、その後、葉緑素の活躍により酸素が作られ、その元である葉緑素は酸素から逃げるように、細胞の中に隔離されて現在のようになったと考えられます。
このように葉緑素の合成戦略をひも解くことで、太古の地球環境と生物の進化についても思いをはせることができるのです。