高エネルギー物理学−極微の素粒子の世界を調べる学問−

我々の住む物質的字宙は何からできているのか? 自然界にある力の根本は 何なのか?時間や空間とは一体どのようなものか? 宇宙の始まりは?  人類が古代から問い続けてきたこのような基本的な疑問を解明する学問が 高エネルギー物理学です。高エネルギー状態の粒子(電子や陽子など)を 用意して、物質の超ミクロの構造を探ったり、素粒子を人工的に発生させて その性質を調べたりします。

高エネルギー加速器−素粒子を調べる実験手段(顕微鏡)−

高エネルギー物理学の実験では、高エネルギー加速器と呼ばれる大型装置を 用いて粒子にエネルギーを与え、これをほぼ光の速さにまで加速します。そして、 これを物質(標的)に当てたり、又はお互いに正面衝突させたりして、その時起きる いろいろな現象(素粒子反応)を調べます。加速器には線形(直線型)のものと 円形のものとがあります。加速する粒子の種類によっても性質が異なりますが、 物理学の進歩とともに、今までは不可能と思われたような高い性能が次々に 要求されています。本研究所では、このような高エネルギー加速器を実現するため、 高度で広範な科学技術の研究開発を行っており、このことを通じて、我が国の 工業技術の向上に多大な貢献をしています。

素粒子反応の測定

高エネルギー加速器で素粒子反応が起きると、たくさんの粒子が一度に 発生します。これを観測するためには、粒子が通った痕跡を非常に微弱な 電気信号として素早く取り出せるよう工夫したいろいろな粒子検出器が 用いられます。粒子検出器は、同時に発生するたくさんの粒子それぞれについて、 その信号の発生した位置、時刻、そして大きさを非常に精密に、しかも いたるところで観測します。素粒子反応で発生する膨大な数の信号は、最先端の 高速エレクトロニクスによって処理され、その情報がコンピューターに送られます。 この情報によって、もともとの反応が何であったのか、すなわち超ミクロの世界で 何が起きたのかを知ることができるのです。

理解の手引き−基礎用語

素粒子
物質を構成する基本要素と考えられている粒子であって、 ゲージ粒子〔光子、W±粒子、Zo粒子〕、 レプトン〔電子、ミュー粒子ニュートリノ(中性で質量のない粒子)〕、 ハドロン(強い相互作用をする粒子)の三種類に 大別される。ハドロンは更に中間子〔パイK中間子等〕、重粒子〔核子、ハイペロン等〕に分類され、 より基本的にはクォークから成り立つ複合粒子である。 現在200種以上の素粒子の存在が確認されている。
π(パイ)中間子
陽子と中性子を結びつける役目をする粒子として、1934年に湯川秀樹により 理論的に導入されたもの。その後、宇宙線の中で発見された。荷電パイ中間子の 寿命は10^-8秒で質量は電子の約273倍である。1948年に米国カリフォルニア大学の シンクロサイクロトロンを用いて、初めて人工パイ中間子が検出された。
K中間子
パイ中間子の約3.5倍の質量で「奇妙さ」という 粒子的属性をもつ不安定な素粒子。パイ中間子と同様 宇宙線の中で発見され、その後加速器を用いて種々の崩壊過程をはじめとする K中間子のいろいろな性質が詳しく研究された。
μ(ミュー)粒子
電子等とともにレプトンに属する 素粒子で電子の約207倍の質量をもつ。 他の粒子との相互作用は電子と全く同じである。パイ中間子 の崩壊(寿命10^-8秒)などにより創られ、電子と二つの ニュートリノに自然崩壊する(寿命2×10^-6秒)。 磁気能率をもつので、核磁気共鳴のような物性研究にも役立つ。
ニュートリノ
中性微子とも呼ばれ、質量がほとんどない素粒子で、 レプトン(軽粒子)の一種、電子ニュートリノ、 ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類がある。弱い相互作用しか 働かないので、物質を容易に透過する。したがって検出するのが極めて 困難である。
反陽子
陽子の反粒子で負の電荷をもち、それ以外は 陽子と全く同じ性質の粒子である。 テバトロンで実証された。陽子と反陽子とが衝突すると、消滅してほかの 素粒子の対、又は群に変換する過程がおこる。
ゲージ粒子
基本粒子の間に働く力を媒介する粒子。知られている4種類の力には、 それぞれ別のゲージ粒子が関係している。電磁力を媒介する光子は古くから 良く知られているが、強い力を媒介するグルーオン、弱い力を媒介するW±、 Z0粒子も確認された。同じようにして、重力も重力子(グラビトン)によって 媒介されるものと考えられているが、まだ確認はされていない。
レプトン
クォークとともに物質の基本粒子を構成している粒子で軽粒子と訳される。 電気を帯びた電子(e)、ミュー粒子(m)、 タウ粒子(t)と、電気を帯びないニュートリノ(n) (荷電レプトンのそれぞれに対応して3種類)がある。前者の粒子は 電磁相互作用も弱い相互作用も作用するが、後者は弱い相互作用しか働かない。
ヒッグス粒子
標準粒子で唯一つ確認されていない粒子。粒子に質量を与える機構が イギリスの物理学者ヒッグスによって考え出されたが、その機構に必要となる 粒子。
標準模型
物質がクォークレプトンで できており、それらの間の相互作用はゲージ粒子の交換 によってなされるとする素粒子の理論で、これまでの あらゆる実験と矛盾しないが、パラメータが多く最終的な理論とは見なされていない。
ゲージ理論
相互作用がゲージ粒子の交換によって生じるとする 理論で、ゲージ変換に対する対称性を要求することにより導かれる。
ミュオン
レプトンの一種、ミュー粒子の こと。
電磁力・強い力・弱い力
力には強い力、電磁力、弱い力、重力の4種がある。強い力は ハドロンの間に働く力(例えば陽子と中性子との間に働く力)で、 電磁力(電子を原子核に束縛して原子にまとめている力)の10〜100倍の 強さを持ち、弱い力はベータ崩壊、パイ中間子ミュー粒子の崩壊を起こす力で、強い力の10^-13〜10^-14倍の 強さである。重力は更に弱いので、原子核・素粒子間の力としては問題にならない。
クォーク
ハドロン(陽子、中性子など核子の仲間や、π、Kなど中間子の仲間の総称) を構成している基本物質粒子で、アップ(u)、ダウン(d)、チャーム(c)、 ストレンジ(s)ボトム(b)及びトップ(t)の6種類がある。核子は3個の クォーク、中間子はクォークと反クォークより構成される。
bクォーク
ビューティ・クォークまたはボトム・クォークとも呼ばれ、水素原子の 約5倍の重さをもっている。また、電荷はダウン・クォークや ストレンジ・クォークと同じく電子の電荷の3分の1である。
反粒子
すべての素粒子には、その反粒子がある。 たとえば、電子の反粒子は陽電子であり、bクォークの反粒子は 反bクォークである。陽子の反粒子、反陽子はよく 知られている。
CP不変性の破れ
粒子と反粒子の間に本質的に違いがあるかどうかは、 粒子と反粒子の入れ換え“C(チャージ)”と、 粒子の空間反転(鏡に写して見た状態)に対する性質“P(パリティー)”を 組み合わせた“CP変換”に対する性質を調べるとわかる。粒子と 反粒子の振る舞いが同じならば「CPが不変である」 といい、違いがあれば「CP不変性が破れている」という。
J/Ψ(ジェイ・プサイ粒子)
4番目のクォークであるチャーム・クォークと その反クォークより構成されており、質量は約3GeV。この粒子の発見で4番目の クォークの存在が実証された。
電子ボルト
素粒子・原子核物理学の分野で広く用いられる エネルギーの単位である。電荷の最小単位として今までに見いだされているのは 電子や陽子がもつ電荷量である。1ボルトの電位差で、この単位電荷(e)の 粒子が加速されたとき、粒子の得るエネルギーを1電子ボルト(1eV)といい、 1.6022×10^-19ジュールに相当する。100万ボルト(1メガボルト・1MV)の 高電圧端子から電子又は陽子が接地端まで走ったとき、そのエネルギーは 100万電子ボルトとなる。100万(10^6)電子ボルトをメガ電子ボルトあるいは MeV(メブ)といい、10億(10^9)電子ボルトをギガ電子ボルトあるいは GeV(ジェブ)という。
ビーム・エネルギー
粒子の個数(ビーム強度)に関係なく、粒子一つがもつ運動エネルギーを ビーム・エネルギーという。
ビーム強度
個々の粒子のもつエネルギーに関係なくある断面を単位時間に通過する 粒子の数をビームの強度という。陽子・電子等単位電荷をもつ粒子の場合は アンペア(A)、ミリアンペア(mA)、マイクロアンペア(mA)等を用いる。 重イオンの場合は電荷が様々であるので、それが単位電荷と考えたときの 電流値をもって粒子アンペア等の単位で表すことが多い。微小電流では 直接単位時間当たりの粒子数(又はパルス当たりの粒子数と1秒当たりの パルス数の積)で表すことが多い。両者の関係は例えば、1マイクロアンペア (mA)=6.24×10^12粒子/秒である。
ルミノシティ
衝突型加速器において、衝突の頻度を決める1つのパラメータとして よく用いられる。ルミノシティは反対方向にまわる2つのビームの粒子密度の 積に比例する。ルミノシティに衝突の断面積をかけると衝突の起こる頻度が 得られる。
超伝導
鉛、ニオブ等ある種の物質を極低温に冷やすと電気抵抗が突然消滅する。 この様な状態では電力損失のない装置や永久に電流の流れる回路等が考えられる ので、超伝導電磁石や超伝導空洞として応用されている。最近、この様な性質を 室温に近い温度でも示す物質が発見され注目されている。
シンクロトロン放射
高エネルギーの電子が磁場のなかを運動するとき、曲率中心に向かう力を 受けて発生する電磁波のこと。電磁波は電子の円軌道の接線方向に放射される。 真空紫外からX線にわたる広い波長領域で、連続スペクトルを持つ強力な光源で あるので、物理学のみならず、医学・生物学を含む広い学問分野の研究に 用いられている。放射光実験施設(フォトンファクトリー)には シンクロトロン放射を取り出すための電子貯蔵リングがある。
ウィグラー
電子貯蔵リングにおいて電子軌道の一部に超伝導電磁石などの強力な 磁場により凹凸を作り、より短い波長(高いエネルギー)の シンクロトロン放射を発生させる装置のこと。
アンジュレーター
電子貯蔵リングにおいて電子の進行方向に沿って周期的に反転する 磁場分布を持ち、特定の波長のシンクロトロン放射を 強く発生させる装置のこと。
X線回折
物質によってX線が方向を変えられる時、物質中の原子配列に波長程度の 規則性があるとX線が干渉して特定の方向に強く回折される。このことを X線回折という。回折の方向とその強度から物質中の原子配列を調べることが 出来る。
ミュオン触媒核融合
電子の約200倍の重さを持つ負ミュオンは水素同位体 (水素、重水素、3重水素)の中でその2つの原子核のまわりを回ることで 通常の分子より約1/200の大きさしかないミュオン分子をつくる。 ミュオン分子の中で2つの原子核は簡単に近づき核融合が起きる。その後 負ミュオンは自由となり新たにミュオン分子をつくり核融合反応を繰り返す。 このような一連の過程はミュオン触媒核融合と呼ばれ新しいエネルギー生産の 方法として注目されている。
量子拡散
電子、正ミュオンなどの軽い粒子が、トンネル効果あるいは固体格子と フォノン(固体の振動を量子力学的に扱ったもの)との相互作用などの 量子力学的効果により固体内でその位置を次々と変えていく現象。
ソリトン
局在した波が形を変えずに空間上を伝わり、互いに衝突した場合にも 安定でおのおのの個別性を保つとき、このような波は粒子的性質をもつ 孤立波という意味でソリトンと呼ばれる。
ミュオニウム
正電荷ミュー粒子のまわりを電子がまわっている、水素原子とよく似た 中性原子。
冷中性子
核分裂を含め、核反応で放出される中性子は大体数MeVの運動エネルギーを もつが、物質中では減速され、運動エネルギーが低下する。-250℃以下程度の 温度に相当する運動エネルギーをもつものを冷中性子と呼んでいる。
磁気構造
原子の磁気モーメントの配列状態をいう。強磁性体、フェリ磁性体、 反強磁性体の種々のスピン構造、らせん磁気構造、3角磁気構造など 種々のものがある。
WWW(World Wide Web)
世界的なネットワークであるインターネットにより、ハイパーテキスト (テキスト中に埋め込まれた引用事項を指定すると、ネットワークを通じて 自動的に情報を取得し表示するもの)形式の情報検索システムで、当初、 CERNで開発されたものである。映像音声などマルチメディア情報にも 対応できるものである。
HEPnet
HEPnetは、高エネルギー物理学研究所(KEK)データ処理センターが 中心となって構築・運用している日本の高エネルギー物理学研究のための ネットワークの総称である。おもに専用線と学情ATM網を利用して構築されており、 そのうえでTCP/IPとDECnetのサービスを提供している。米国ESnetと 中国IHEPへの海外線をもっている。

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