Q1 CP対称性の破れを説明するには、クォークが3世代以上必要なのはわかったが、4世代や5世代など、より多くの世代がある可能性は排除できるのか?
A1 小林益川理論が主張したことは、少なくとも3世代あればCP対称性が破れるということでした。4世代以上の存在を否定するものではありません。これまでの実験では4世代目の兆候はありません。
Q2 Beyond Standard Modelで対称性の破れを説明することはできるか?
A2 BSMに拡張する大きな動機のひとつは「自発的な対称性の破れ」のまだよくわかっていないところを解決することです。従って、BSMは自発的な対称性の破れを説明することを目指しています。
Q3 対称性について質問です。
「変換しても変わらない性質」ということで、「変換」とは具体的に何を指すのでしょうか。
また、何をどのように「変換」しても変わらないのでしょうか?
A3 例えば、右と左を取り替える、物質と反物質を取り替える、時間を逆転させる、時間を進ませる、場所を並行移動させる、回転させる、等々です。
Q4 「コバルト60」とは何ですか?
A4 安定なコバルトは陽子27個と中性子32個を持ちます。コバルト60は、陽子27個、中性子33個のコバルトの同位体の一種です。
半減期は5.27年です。コバルト60は、ベータ崩壊をしてニッケル60になります。この時電子と反電子ニュートリノを放出します。
Q5 CP対称性の破れを確かめる実験で、Cの反転は粒子と反粒子を使いますが、Pの反転はどうやって実験するのでしょうか?
A5 それがまさに1956年に中国系アメリカ人物理学者Wu博士によって行われたコバルト60のベータ崩壊を使った実験でした。
コバルト60はベータ崩壊をして電子と反電子ニュートリノと安定したニッケル60になリます。実験により、ほとんどの電子はコバルト60の核スピンの向きと反対方向に放出されることがわかりました。
この実験の難しいところはコバルト60の核スピンをできるだけ揃えることと、反電子ニュートリノが測定器にかからない点にあります。Wu博士は観測できない反電子ニュートリノの情報を得るために、崩壊前の核スピンと、崩壊後の核、放出された電子と反電子ニュートリノの総スピンの保存則を使って解析しました。
解析の結果、電子の偏った向きへの崩壊は、弱い力を伝えるWボソンを感じる左巻きの反電子ニュートリノが存在しないことを意味しているとの結論となりました。弱い力を伝えるWボソンを感じる左巻きの反電子ニュートリノが存在しないことが、パリティ対称性の破れの本質です。
Q6 そもそも、未知の粒子を新たに発見するにはどのようなことが必要なのでしょうか。
どんな手法で目に見えないものを発見していくのか疑問です。
A6 未知の粒子を新たに発見するには、その粒子を作り出すために必要なエネルギーを一点に集中させる加速器が必要です。
エネルギーが十分に高ければ実際に粒子として生成することができますが、エネルギーが足りていなくても不確定性原理によりほんの一瞬ですが、大きな質量の素粒子が素粒子の反応に寄与する効果を観測することもできます。
そのためには特定の素粒子を多数生成する必要があります。
Q7 宇宙には、反物質が少しは存在しているのはなぜでしょうか。
同数の物質と反物質が反応すると物質が残る、つまり物質が”優性”、反物質が”劣性”のようなものだと理解しました。この場合、反物質は淘汰されてしまうのではないでしょうか?
A7 宇宙には粒子が飛び交っていて、それが他の素粒子に衝突して物質と反物質の対生成が起きるので、反物質は皆無ではありません。
しかし、物質と出会うと対消滅するという法則と、一般に大きな質量の素粒子は、すぐにより質量の小さな素粒子に変化するという性質とのために、反物質を観測することはほとんどありません。
生成される時は対で、消滅する時も対なのに、どのタイミングで物質だけが残ることになってしまったのかが大きな謎の一つです。
小林益川理論は物質と反物質の入れ替えとで少し違ったことが起きるためには少なくとも3世代のクォークが必要であるという理論ですが、現在の宇宙に見られる、物質と反物質のアンバランスがどのように生じたのかのは説明していません。これからの課題です。
Q8 E=mc2の式からどうして生命は発生したのでしょうか?
物質とエネルギーは等価ですから、この式からでは循環するばかりで生命は無関係のように思われます。でも生命には物質とエネルギーは不可欠です。ヴィトゲンシュタインは生命は時間と空間の外にあると言っていたそうですが、異次元からのわからないものの正体でしょうか?
A8 E=mc2の式の式に従って質量がエネルギーになると、物質は消滅して純粋なエネルギーになってしまい、生命のような形を伴ったものにはなりません。量子力学の創始者の一人であるシュレディンガー博士は、後年著した「生命とは何か」の中で、生命となるには無数の粒子が関わることが本質だと言いました。
粒子の数が少ないと、量子力学の根本にある不確定性原理により、生命の存在にとって不可欠な「確実な存在」になれないと書いています。実際、どんな小さな生命体でもそれを構成する粒子の数は莫大です。そのため、ある時そこに厳然として存在できるのです。
ヴィトゲンシュタインの指摘も大変に示唆に富んでいます。物理学では時間の向きはエントロピーという「出鱈目さを表す物理量」が増大する方向であるとの考えがあります。
しかし、生命体ほど秩序だった存在はないので、生命体は時間を逆行する存在のように見えます。面白いですね。
Q9 なぜ人類(物質)が宇宙に存在するかについて小林益川理論を中心とした理論と実験で説明できることは理解できました。
一方、宇宙そのものや、数学的構造の存在については理論物理や実験物理の本分では無いのでしょうか?
A9 小林・益川理論はまさに宇宙そのものや、宇宙の数学的構造を明らかにしたものです。
今の宇宙に反物質がほとんど存在しないというのは、実験や観測によって得られた宇宙そのものの重要な性質の一つで、小林益川理論は宇宙がそのような構造を持つためには世代数は少なくとも3が必要であると理論的に解明し、それを加速器実験が実証しました。
Q10 フィクションの中の話ですが、私が好きな「新テニスの王子様」というマンガの中に「ブラックホール」という技を使うテニス選手が登場します。この技は空間を削り取ることで真空ポケットをつくり、どんな剛球も止めることができるというものです。ただし、この技を使うと使用者のエネルギーも削れていくという危険な面もあります。
このような技は実際の物理法則で説明可能でしょうか。また実現可能だと思いますか?
A10 存じなかったので調べましたところ、この「ブラックホール」という技はラケットで真空を削って相手の剛球を止める技ですね。素粒子物理学の観点から考えますと、真空を削るのが難しいですね。
真空は言葉の意味としては、そこに何も存在しないもの、ですが、講演会のパネルディスカッションでも話題になりましたが、素粒子物理学の観点では、真空は何もない空間ではなくて素粒子を生みだす可能性を持った存在です。相手の剛球を止めるためには敵の放ったボールの持つエネルギーを超えた存在があることが必須です。何もない空間にそうしたエネルギーを持たせるためには、不確定性原理で一瞬間だけエネルギー保存則を破り、大きなエネルギーを使うのかもしれません。
非常にごくわずかな時間で何かできるのなら、大きなエネルギーを利用できるかもしれませんが、不確定性原理を実際の世界に応用した例はないですね。
Q11 1973年出版の論文の原文は入手可能でしょうか?
A11 京都大学学術情報リポジトリで公開されています。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/66179
Q12 CP対称性についてより深く学ぶにはどういった書籍がおすすめでしょうか。
A12 小林誠先生著書
「宇宙はなぜ物質でできているのか~素粒子の謎とKEKの挑戦 」(集英社新書)
「消えた反物質―素粒子物理が解く宇宙進化の謎」(ブルーバックス新書)
がおすすめです、
Q13 一般の人たちの理解が重要と思いますが、研究内容や発見したことを一般の人たちに伝えるため、論文以外にしていることはありますか?
A13 KEKのウェブサイト上で研究成果を発表する記事をリリースしています。
そのほかに、KEK公開講座の開催や「KEKキャラバン」というKEKの研究者や職員を学校、各種団体等へ講師として派遣するプログラムがあり、 加速器を用いた素粒子や物質・生命などの研究や、その研究を支える仕事を紹介しています。