放射光セミナー

日時: 2003-05-08 15:00 - 16:00
場所: 物構研 放射光研究棟 2階会議室
会議名: 放射光セミナー「Fe-57核共鳴準弾性散乱を用いた鉄錯体のダイナミクス」
講演者: 春木理恵氏  (物構研、日本学術振興会特別研究員)
講演言語: 日本語
URL: http:pfwww.kek.jp/pf-seminar/
アブストラクト: 放射光核共鳴準弾性散乱における拡散運動の取り扱いについて議論し、陽イオン交換膜Nafion中にドープされた鉄(II)イオンの放射光核共鳴準弾性散乱測定を行った。放射光核共鳴準弾性散乱とは、原子の運動を伴った放射光核共鳴励起過程によるものであり、近年の放射光技術の発達により可能となってきた。本研究ではNafion中に側鎖として存在するスルホン基に囲まれた領域に閉じ込められた鉄イオンのダイナミクスを調べることを目的とした。Nafion中の鉄イオンのダイナミクスは、260Kまではメスバウアー分光によって確かめられているが、応用上重要な室温での測定は無反跳分率が極端に下がるため不可能であり、これまで測定されていない。それに対して放射光核共鳴散乱では測定対象の温度に制限はなく、室温での測定も可能である。測定された核共鳴散乱スペクトルの解析には、無限大のポテンシャルの壁を持つ球形の領域内で拡散運動を行う粒子というモデルを考え、この粒子による核共鳴吸収の表式を調べた。その結果、球ポテンシャルの半径がある一定値以上では、核共鳴散乱スペクトルに対する壁の影響は考慮しなくてよいことが判明した。その一定値は、Fe-57の第一励起状態では約2Åとなる。一方、これまでの実験結果によると、ここで用いたNafionの試料における球形の領域の半径は、5 Å程度であると推定されている。したがって、Nafionの場合の壁の影響を無視することができ、鉄イオンが自由な拡散運動をしているとして取り扱うことができることが予想された。実験の結果、室温でのNafion中の鉄(II)イオンは溶液中の鉄イオンと同程度に自由に拡散していることが判明した。さらに詳しい解析のために、短い時間領域での拡散運動が核共鳴散乱スペクトルにどのような影響を与えるかを調べた。拡散運動を表すのに一般的に用いられている拡散方程式は、長い時間領域での近似式であり、短い時間領域での拡散運動を正しく記述することは出来ない。これに対して、ランジュバン方程式は拡散する粒子の運動を、長い時間領域においてだけでなく、短い時間領域においても拡散運動の固有時間というパラメータを用いて正しく記述することが出来る。したがって、この方程式から導かれた解を利用して、Nafion中の鉄イオンの核共鳴散乱スペクトルを詳しく解析した。その結果、通常の拡散方程式の解を用いた場合のフィットに比べて、スペクトルの裾の部分でのフィットに改善が見られた。この解析より、Nafion中の鉄イオンの拡散運動の固有時間が求められた。また、このときの拡散係数は普通の拡散方程式を用いた場合と比較して15%ほど大きい値となった。これらの結果から、核共鳴散乱スペクトルにおいて詳細な議論を重ねていくことで、短い時間領域における粒子の拡散運動を解明することが出来ることが明らかになった。また他の溶液中の鉄錯体に対する核共鳴散乱の応用についても紹介する。

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