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新しい抗マラリア薬を目指す 2004.11.11 |
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〜 マラリア原虫酵素の構造 〜 |
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皆さんは「マラリア」という病気をご存知でしょうか。日本に住んでいる私たちにとっては馴染みが薄いかもしれません。ところが熱帯地域においてハマダラ蚊によって媒介される感染症であるマラリアは、世界中で毎年3億〜5億人を発病させ、100万〜300万人を死に至らしめています。 遥か遠いアフリカでの出来事と思っている人が多いかもしれませんが、マラリアの発生は、中国南部にまで迫ってきています! マラリアの発生が温帯地域にまで拡大していることや、薬剤耐性マラリア原虫が現れてしまったことから、新しい抗マラリア薬の開発が強く期待されています。 今日のニュースは、新しい抗マラリア薬の開発を目指した、マラリア原虫の酵素の立体構造解析のお話です。 メチル化を阻害して細胞の増殖を抑える 生体内では、生体物質にメチル基(-CH3)という小さな「しるし」を付ける「メチル化」という反応が広く行われています。たとえば、DNAの遺伝情報がmRNAに写し取られる(転写)とき、mRNAが正しくはたらくためには、頭にメチル化された目印(キャップ構造)が付加されなくてはなりません。また、生物は、DNAにメチル化の目印を付けて、そのDNAの遺伝情報の発現を調節しています。メチル化が正しく行われないと、生物は生きて行くことができません。 生体内で、メチル化反応のときにメチル基を供給する最もよく知られた物質にS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)という化合物があります(図1左下)。この化合物は、メチル化反応が終わると、メチル基が外れたS-アデノシル-L-ホモシステイン(SAH)という形に変わります(図1左上)。この物質がたまると、メチル化反応は妨げられてしまうので、生物はこの物質を分解するためのS-アデノシル-L-ホモシステイン加水分解酵素(SAHH)を持っています(図1上の右向きの反応)。この酵素の働きを阻害して妨害物質SAHが分解されないようにすれば、メチル化反応が妨げられるので、細胞の増殖を抑えることができます。 このような考え方から、ウイルスのSAH加水分解酵素の阻害剤が「抗ウイルス薬」として開発されてきました。1986年に、その中の化合物の1種がマラリア原虫の増殖を阻害するという実験結果が、海外の研究者によって報告されました。この酵素の阻害剤が、抗マラリア薬としても使える可能性が出てきました。 しかし、我々人間もマラリア原虫と同様のSAH加水分解酵素を持っています。せっかく作ったマラリア薬が人間の酵素の働きを阻害してしまっては、マラリアだけでなく人間の細胞にも悪い影響を与えてしまいます。どうすればマラリア原虫由来の加水分解酵素だけを阻害する抗マラリア薬をデザインすることができるのでしょうか? マラリア原虫とヒトの酵素の違いを探る 昭和大学薬学部の田中信忠(たなか・のぶただ)博士、中村和郎(なかむら・かずお)教授のグループは、岐阜大学工学部の中西雅之(なかにし・まさゆき)博士、北出幸夫(きたで・ゆきお)教授と共同で、KEKフォトンファクトリーの高性能ビームラインNW12を使って、人間に感染するマラリア原虫のSAH加水分解酵素と、この酵素の反応生成物アデノシン(図1右)との複合体の結晶の立体構造を詳しく調べました。図2のように、この酵素は、4つのサブユニットが会合した4量体を形成していました。各々のサブユニットは、図3で赤と緑で示した2つの大きなドメインと、小さいC末端ドメイン(水色)によって構成されていて、反応生成物であるアデノシン(ピンク)は、2つの大きなドメインの間の割れ目に結合していました。 マラリア原虫だけに効く薬を作るためには、マラリア原虫の加水分解酵素と、ヒトの加水分解酵素の違いを探さなくてはなりません。そこで、マラリア原虫の酵素とヒトの酵素のアデノシン結合部位の構造を詳しく見比べてみると、たった一箇所のアミノ酸が異なっていることが分かりました。図4はアデノシン結合部位を詳しく見たものです。アデノシンのアデニン環の2番目の炭素(図4で「2」と表記)の側のアミノ酸(アデノシンの右ななめ上)が、ヒト由来の酵素(水色)では分岐のあるスレオニン(Thr60)なのですが、マラリア原虫の酵素(黄色)の場合、分岐のないシステイン(Cys59)となっていました。 水酸基1個ぶんの「くぼみ」の違いを見つけた ヒトの酵素ではアデノシン結合部位に、スレオニンの分岐の部分の水酸基(-OH)が出っぱっていますが、マラリア原虫の酵素はこれがないので、ヒトの酵素より水酸基1つ分の「くぼみ」があります。この小さなくぼみを利用して、マラリア原虫の酵素だけに効く阻害剤が作れないでしょうか? そこで、アデノシンのアデニン環の2番目の炭素の部分にフッ素を付けて、このくぼみを埋めるようにしてみました。コンピュータを使ったモデリングから、フッ素を付けたアデノシンはマラリア原虫の酵素にあったくぼみを見事に埋めることが明らかになりました(図5)。実際に試してみると、フッ素のないアデノシンは、マラリア原虫の酵素もヒトの酵素も両方を阻害する作用を持っていましたが、フッ素を付けたアデノシンは、マラリア原虫の加水分解酵素に対しては阻害能力を維持するものの、ヒトの酵素に対する阻害能力が激減することがわかりました。ヒトの酵素には「くぼみ」(図5の星印)が存在しないため、フッ素の付加によって出っ張った部分が、酵素の表面とぶつかり合う「立体障害」を生じるからです。 この研究では、高性能ビームラインNW12を使って、2.4オングストロームという原子レベルの分解能で酵素の構造を調べることができました。そのおかげで、酵素の活性部位のたった1箇所のアミノ酸の違いに狙いを定めて、一方にだけ有効な阻害剤をデザインすることができたのです。今後、さらに種(ヒトとマラリア)の選択性を向上させ、阻害能力を高める工夫をしていくことにより、実際に使える抗マラリア薬が誕生するでしょう。 この研究は、タンパク3000プロジェクト「翻訳後修飾と輸送」の一環として行われたものです。研究成果はアメリカの分子生物学雑誌「Journal of Molecular Biology」の10月29日号に発表されました。
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