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last update:06/08/03  

   image 「見えない」粒子を見つける    2006.8.3
 
        〜 Belle実験のタウ・ニュートリノ事象 〜
 
 
  「エレクトロニクス」という言葉でおなじみの電子は私たちの宇宙を構成するもっとも基本的な粒子の一種ですが、この電子にはミュー粒子やタウ粒子(τ)という「兄弟」のような素粒子がいます。さらにこれらの粒子とペアを組む三種類のニュートリノがあり、これらは「レプトン」と呼ばれています。

B中間子からタウ粒子とニュートリノへ崩壊する珍しい事象を捉えたBelle実験グループの最新成果についてご紹介しましょう。

測定器をすりぬける粒子

ニュートリノは物質とほとんど相互作用しないために「見えない」粒子ですが、近年スーパーカミオカンデやカムランドの実験などで大変興味深い事実が数多く見つかり、高い注目を集めています。

ニュートリノの特徴は「物質とほとんど反応しない」ということです。このためスーパーカミオカンデなどでは直径40メートルの巨大なタンクに蓄えた水がニュートリノと反応するようにしていますが、それでも反応を見ることができるのは1兆回に1回程度にすぎません。大部分のニュートリノは素通りしていってしまうのです。

Belle測定器の場合はさまざまな測定器を組み合わせて、発生する粒子の軌跡やエネルギーを三次元的に捉えますが、ニュートリノは測定器と反応することなく、素通りしていってしまいます。このため、Belle測定器でニュートリノを含む事象を観測すると、事象全体のエネルギーが足りないように見えます。この「失われたエネルギー」がある事象を見つけることが、Belle測定器でニュートリノ事象を捉える際のポイントです。

未知の物理現象を探る道具に

一方のタウ粒子は1975年にパールらによって発見されました。電子の約3500倍の重さを持ち、3兆分の1秒という短い時間で電子やミュー粒子とニュートリノなどに崩壊します。Bファクトリーで大量に作り出されるB中間子は電子の約1万倍の重さを持っていて、タウ粒子を含んだ崩壊事象を調べるのにも向いています。

B中間子がこのニュートリノの発生を伴って崩壊する現象は新しい物理法則があった場合に感度が高いことから重要であると考えられてきました(図1)。今回KEKのBelle実験で6億事象を越えるB中間子・反B中間子対の崩壊データが蓄積されたことから、B中間子がτν(タウとニュートリノ)に崩壊する事象が初めて17個確認されました(図2)。

このうちタウはすぐに崩壊してさらにニュートリノを放出することからこの2種類の崩壊はいずれも2個以上のニュートリノを含む粒子群に壊れ、測定は極めて困難です。

この測定のためには、まず対で作られるB中間子・反B中間子のうちの一方の崩壊過程を完全に再構成し、データからその崩壊で発生した粒子を取り除いた後に残った粒子のエネルギーや運動量の測定から見えないニュートリノを伴っていると解釈される事象が見つけ出すことが必要です(図3)。この測定の重要性は、かねてから指摘されてはいましたが崩壊分岐比が小さいこととデータ解析の困難さによって実現には途方もなく長い時間がかかるものと考えられてきました。KEKB加速器の性能が順調に向上したこととデータ解析上の技術が飛躍的に進歩したことによって今回の発見が可能となったものです。

超対称性理論で予言される粒子に制約

素粒子物理学における新しい物理法則の有力な候補は超対称性理論と呼ばれるもので、この理論が正しければ、荷電ヒッグス粒子と呼ばれる新しい粒子が存在することが予言されています。この粒子は今回測定されたタウとニュートリノへの崩壊に関係し、その質量などによって崩壊分岐比が変化することから、この分岐比の測定によって質量が推定できると考えられています。今回発表したはじめての測定結果では崩壊分岐比が測定精度の範囲で標準理論の予言に一致し、この粒子の存在を立証するような値にはなっていません。

逆にこの粒子の存在を仮定した場合、その質量に図4に示すような強い制限がつけられることになります。この荷電ヒッグス粒子を探そうとする試みはかつて欧州合同原子核研究機関(CERN)、米国フェルミ国立加速器研究所(FNAL)などで行われ、「こういう質量範囲には見当たらない」という結果がいくつか得られていますが、今回の測定の結果、これらに比べて大変強い制限が得られました。

今回のようなニュートリノを伴った崩壊の測定が可能になったことによって近い将来、D*τν(D*中間子、タウとニュートリノ)、K*νν(K*中間子とニュートリノ2個)などの他の興味ある崩壊モードの観測も可能となり、Bファクトリーで研究することのできる物理が広がることが期待されます。今後さらにデータ量を蓄積し、これらの測定を手がかりに新しい物理法則の探索を進めることがBファクトリーの課題であると考えられます。

今回の結果は7月26日からモスクワで開催された第33回高エネルギー物理学国際会議において発表されました。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→Belleグループのwebページ(英語)
  http://belle.kek.jp/
→KEKBのwebページ(英語)
  http://www-acc.kek.jp/KEKB/

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  ・06/07/31 プレス発表
    Belle実験の最新の結果 −ニュートリノを伴うB中間子の崩壊−

 
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[図1]
標準理論の枠内ではB中間子(bクォークと反uクォークからなる)はこのような過程を経てτνに崩壊する。もし超対称性理論などが予言する荷電ヒッグス粒子(H)が存在すればこの図のWの代わりにHが介在する崩壊がおこり、そのために崩壊分岐比がWだけの理論値に比べて変化する。このことからこの崩壊を精密に調べることは新しい物理法則の探求において重要である。
拡大図(29KB)
 
 
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[図2]
電子陽電子衝突で作られたBB中間子対のうち一方がDπに崩壊し、他方がτν(タウとニュートリノ)に崩壊した例。この場合、タウはすぐに崩壊してさらに2個のニュートリノを作っているので大きな「見えないエネルギー」を伴った崩壊に見える。
拡大図(136KB)
 
 
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[図3]
対で作られるB中間子・反B中間子のうちの一方の崩壊過程を完全に再構成し、データからその崩壊で発生した粒子を取り除いた後に残った粒子のエネルギーや運動量の測定から見えないニュートリノを伴っていると解釈される事象を見つけ出す。
拡大図(20KB)
 
 
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[図4]
B中間子がタウとニュートリノに崩壊する分岐比をもとに荷電ヒッグス粒子を探索した結果、この図の緑で描いた領域には存在しないことが新たに明らかになった。縦軸は荷電ヒッグス粒子の質量、横軸にとったtanβという量は超対称性理論に表れるパラメータで荷電ヒッグス粒子とクォークなどとの結びつきの強さを表す。以前のLEP加速器(CERN)やTevatron加速器(FNAL)における実験では黄色、灰色の領域に存在しないことがわかっていた。
拡大図(29KB)
 
 
 
 
 

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