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last update:07/07/05  

   image 原始生命の反応を探る    2007.7.5
 
        〜 超好熱性古細菌のヘキソキナーゼの働き 〜
 
 
  あなたが飲んでいるコーヒーの温度は何度ぐらいでしょう? いれたてのコーヒーなら摂氏80度ぐらいでしょうか。熱いコーヒーは飲むととてもおいしいですが、間違ってコーヒーカップに指をつっこんでしまったら..「熱い!」すぐに指を引っ込めるでしょう。ところが、こんな高い温度でも、平気で生きている生物がいるのです。平気で生きているどころか、摂氏80度以上という高い温度でしか増殖できないという信じられない性質を持っています。今日のお話の主役は、その名も「超好熱性古細菌」。とても変わり者の生物です。

古細菌の魅力

Sulfolobus tokodaii (スルフォロバス・トコダイイ)という学名のついたこの古細菌は、日本の温泉で見つけられた小さな微生物です。「古細菌」という名前からすると、大腸菌などと同じ細菌の一種のように思えますが、古細菌は細菌とは全く違う種類の生物であることが明らかになっています。

図1は、生命がどのように進化してきたかを表すもので、木のように枝分かれしているので「進化系統樹」と呼んでいます。これによると、生命の起源に近い根元のところで、細菌と古細菌が分かれていることがわかります。そしてその後に枝分かれする大きなグループが、わたしたち人間を含む真核生物の仲間です。

この木を見ると、古細菌が生命の起源に一番近いグループであるということに気づくでしょう。そして、その中で最も根元に位置する生物は、最初にお話しした「超好熱性」という性質を持っているのです。このことから、生命が誕生したころは、地球がとても高温だったことが想像できます。

このように、生命の起源に近い生物、古細菌は、わたしたちにはるか40億年前の地球や生命の姿を思い起こさせてくれます。でも、古細菌が多くの研究者に注目されている理由に、もうひとつとても重要なことがあります。それは超好熱性古細菌のタンパク質が、高温で働くということです。ほとんどのタンパク質は高温にすると変性してしまい、温度を下げても元に戻らないことから考えると、これはとても貴重な性質です。

犯罪捜査などでもおなじみの「DNA鑑定」に使われる耐熱性DNAポリメラーゼという酵素は、最もよく使われている超好熱性古細菌のタンパク質のひとつでしょう。DNAポリメラーゼは一本鎖のDNAを鋳型として、新しいDNAを複製するときに働く酵素です。DNAは通常の温度ではもう1本のDNAとがっちりと二重らせんを作っているので、鋳型とはなりえません。ところが、温度をあげていくと、DNAの二重らせんはひとりでにほどけて、一本鎖の状態になります。そこで増やしたいDNAと、DNAの部品である小さな断片、そして耐熱性DNAポリメラーゼを同じ容器に入れ、温度を上げたり下げたり正確に制御すれば、DNAポリメラーゼはどんどん新しいDNAを複製していきます。耐熱性なので、何回温度をあげても変性することはありません。こうして、ほんの少しのDNAをあっという間にたくさん増やして、さまざまな分析に使えるようにしているのです。

便利屋の酵素

生物は糖を分解してエネルギーを得ています。その最初の過程で、6つの炭素から成る糖(六炭糖)をリン酸化するのに使われる酵素は「ヘキソキナーゼ」と呼ばれます。「ヘキソ」はギリシャ語で「6」、「キナーゼ」は「リン酸化する酵素」を意味します。六炭糖の中で生物が最もよく利用するのはグルコース(ブドウ糖)ですが、原始の生命も我々動植物と同じような仕組みでエネルギーを得ているのでしょうか?

東京大学農学生命科学研究科の若木高善(わかぎ・たかよし)助教授と祥雲弘文(しょううん・ひろふみ)教授の研究室では、超好熱性古細菌スルフォロバスの中にグルコースをリン酸化することができるヘキソキナーゼを見つけました。この酵素はグルコースだけでなく、マンノース、グルコサミン、N-アセチルグルコサミンなど、いろいろな種類の糖をリン酸化できる性質を持つことがわかりました。このような性質は、少ない種類の酵素で、いろいろな糖をエネルギー源として使うのに適しています。現代の生物の酵素が、特定の種類の糖をエネルギー源とするのに最も効率よく働くように専門化されているのに対し、原始の生命のヘキソキナーゼは、効率のよい専門家ではなく、いろんな糖をリン酸化する、便利屋だったようです。

この便利屋ヘキソキナーゼはどうやって働いているのでしょうか? 現代の生命のヘキソキナーゼとはどのように違うのでしょうか? 若木助教授と祥雲教授の研究室の大学院生の西増弘志(にします・ひろし)さんと伏信進矢(ふしのぶ・しんや)助教たちは、この酵素を異なる4つの状態で結晶を作り、放射光のX線を用いて構造を解析することにしました。4つの状態とは(A)単独、(B)ADPとの複合体、(C)グルコースとの複合体、(D)キシロース、ADP、Mg2+との複合体です。X線結晶構造解析実験は、フォトンファクトリーのBL-5A、BL-6A、NW12Aで行なわれました。図2は、それぞれの結晶の写真と、実験で明らかになったタンパク質の構造です。4つを比べてみると、グルコースやキシロースといった糖と結合しているときと、糖がない状態のときでは、構造が大きく違うことに気づきます(図3)。どうやら、糖が結合することによって、2つの領域がぐいっと折れ曲がるような大きな構造変化が起こるようです(図4)。

この、ぐいっと折れ曲がる部分が、この酵素がグルコースをリン酸化するという仕事をする鍵となる部分です。この部分を拡大してみたものが図5です。ATPのリン酸基によってグルコースをリン酸化するときに、Mg2+イオンとその周りに結合している水分子が重要な役割を果たしていることがわかりました。また、これまでにわかっている他の生物のヘキソキナーゼの構造と比べることにより、便利屋ヘキソキナーゼがなぜいろいろな糖をリン酸化できるのか、その秘密が明らかになりつつあります。

ヘキソキナーゼは、多くの種類の生命で共通に働いている基本的な酵素ですが、今回のように4つもの別な状態でそれぞれ構造が解析されたことは今までにありませんでした。この研究によって、古細菌の便利屋ヘキソキナーゼに特徴的な性質はもちろんのこと、ヘキソキナーゼが共通で持つ性質についても理解が深まってきました。

この研究は、生化学分野で最も権威ある学術雑誌のひとつである Journal of Biological Chemistry 誌の3月30日号に掲載されました。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→酵素学研究室のwebページ
  http://enzyme13.bt.a.u-tokyo.ac.jp/
→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html

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[図1]
生物の進化系統樹。赤い部分の生物は超好熱性という性質を持つ。
拡大図(24KB)
 
 
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[図2]
超好熱性古細菌Sulfolobus tokodaii のヘキソキナーゼを酵素単独(A)、グルコース複合体(C)、キシロース・Mg2+・ADP複合体(D)の状態で結晶化させ、フォトンファクトリーのX線で結晶構造を決定した。ADP複合体の結晶(B)は、酵素単独の結晶をADPにソーキング(溶液に浸すこと)することによって作成し、同様に結晶構造を決定した。
拡大図(62KB)
 
 
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[図3]
酵素単独(灰色)、ADP複合体(淡青色)、グルコース複合体(緑色)、キシロース・Mg2+・ADP複合体(ピンク色)の重ね合わせ。酵素単独の状態とADP複合体はほとんど同じ構造をとることから、ADPの結合によって酵素の構造は変化しないことがわかる。一方、グルコースやキシロースといった糖の結合によって酵素の構造は大きく変化する。
拡大図(69KB)
 
 
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[図4]
4種類の結晶構造から考えられる、グルコースの結合によって大きな構造変化が引き起こされる様子。先にATP(黄色)が結合する順序と、先にグルコース(緑)が結合する順序の2とおり考えられるが、この図は先にATPが結合する順序を動画にしてある。
 
 
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[図5]
キシロース・Mg2+・ADP複合体にグルコースとATPをモデリングし、実際にこの酵素が働く状態を模したもの。ATPのγリン酸と酵素との間の相互作用、およびMg2+に配位する水分子と酵素との間の相互作用を緑の点線で示す。グルコースの6位の酸素原子(グルコースの真ん中あたりで上につきだしている赤い部分)は、ATPのγリン酸に求核攻撃するのに適した位置に存在することが示唆される。
拡大図(61KB)
 
 
 
 
 

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