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last update:08/07/31  

   image インフルエンザの薬に手がかり    2008.7.31
 
        〜 ウイルス増殖タンパク質の構造が明らかに 〜
 
 
  毎日暑いですね。こう暑いと冬のことなんて思い出せないかもしれませんが、冬になると毎年のように流行するインフルエンザは、一度かかったことのある人はその辛さを忘れられないのではないでしょうか。このインフルエンザを引き起こすウイルスが増殖するために必要なタンパク質の立体構造が、KEKフォトンファクトリーやSPring-8の放射光を用いて明らかになりました。いろいろなタイプのインフルエンザウイルスに共通のこの構造は、大流行が恐れられている新型ウイルスにも効き目のある画期的な薬剤につながる可能性を秘めています。

恐ろしい新型インフルエンザウイルス

インフルエンザはウイルス感染によって引き起こされる病気です。最近では、鳥インフルエンザウイルスが人間にも感染する例がニュースでも報道され、話題になっています。また、抗ウイルス薬であるタミフルに耐性の鳥インフルエンザウイルスも発見されています。このように、インフルエンザウイルスは絶えず変異を繰り返し、ワクチンや薬が効かない新型ウイルスの大流行する可能性が常に心配されています。20世紀になってからも、4000万人もの人が亡くなったといわれているスペインかぜを初めとして、インフルエンザの世界的大流行が何回も起こっています。

感染力が高く、突然変異しやすいという性質を持つインフルエンザウイルスに立ち向かって行くにはどうしたら良いのでしょうか? 世界中の研究者の間で、新型ウイルスに対する新薬の開発が行われています。

RNA合成酵素の構造を解く

横浜市立大学の朴三用(ぱく・さんよう)准教授のグループでは、インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼというタンパク質に注目しました。RNAポリメラーゼはRNAを合成する酵素で、ウイルスの増殖に大きな役割を担っています。

インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼは、サブユニットと呼ばれる3つの部分に分けられます。この3つのサブユニットは、どれか1つが欠けてもタンパク質の働きが失われることがわかっていました。研究グループは、3つのうち2つのサブユニットが結合している部位の構造(図1)を原子レベルで調べようと考えました。研究グループの尾林栄治(おばやし・えいじ)特任助教を中心として、PAと呼ばれるサブユニットの一部と、PB1と呼ばれるサブユニットの一部が結合した複合体を作り、結晶化にとりかかりました。

結合部分に鍵

完成した結晶の立体構造は、KEKフォトンファクトリーの高性能ビームラインBL-5Aと、SPring-8のBL41XUという2つの放射光施設を駆使して調べられました。こうして明らかになった構造が図2です。PAサブユニットのうち、3つのαヘリックス(らせん)でトンネル状の構造が作られていて、その部分にPB1サブユニットの末端部分(図2の青で描かれた部分)が突き刺さるようにして結合していることがわかりました。

原子レベルで詳しく調べられた構造からは、2つのサブユニットの結合に大きく関わっているアミノ酸はどれか、というところまでわかります。研究グループは、PAサブユニットの中で、結合に関わると思われるアミノ酸をいくつか選び、それらを結合が不安定になるようなアミノ酸に変えた変異タンパク質をいくつか作りました(図3)。

どの変異タンパク質も、PB1サブユニットと結合する能力が失われていることがわかりました(図4A)。また、変異タンパク質がRNAを合成する能力に関しても劇的に低下していることがわかりました(図4B)。このことから、この2つのサブユニットの結合が、RNAポリメラーゼ全体の機能に非常に重要な役割を果たしていることがわかりました。

夢の万能薬

これまでに開発されている抗インフルエンザウイルス薬は、ウイルスが人間の細胞に感染するのを防ぐものであり、直接ウイルスの複製を阻害しているものではないために、感染後時間がたつとその効果が薄れることが問題となっていました。このサブユニットの結合部分の立体構造の情報を元に、結合を阻害するような薬剤が設計できれば、これまでにはなかった直接ウイルスの増殖を抑えることができる薬になるでしょう。

この薬剤が画期的な理由はそれだけではありません。このRNAポリメラーゼのサブユニット間の結合は、鳥インフルエンザを含め、これまでに発見されている多くのインフルエンザウイルスで共通に見られるものであり、変異を受けにくい部分と考えられています。つまり、これから出現する新型インフルエンザウイルスを含め、どんなタイプのインフルエンザウイルスにも効き目がある薬を設計できる可能性があるのです。

この研究成果は、英国の科学誌ネイチャー(Nature)オンライン版で2008年7月27日に発表されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→横浜市立大学 生体超分子設計科学研究室(英語)のwebページ
  http://www.tsurumi.yokohama-cu.ac.jp/pdl/index.html
→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html

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[図1]
RNAポリメラーゼの全体構造。PA, PB1, PB2の3つのサブユニットから成っている。今回構造解析に成功した部分(図2)はPAサブユニットとPB1サブユニットの結合部分。
拡大図(44KB)
 
 
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[図2]
インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼのPAサブユニットの一部とPB1サブユニットの一部の複合体(PA(238-716)-PB1(1-81), 数字はアミノ酸残基の番号)の結晶構造。
拡大図(93KB)
 
 
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[図3]
PAサブユニットの中で、PB1(黄色い部分)との結合に重要な役割を果たしていると考えられるアミノ酸,Val(バリン)636、Leu(ロイシン)646、Leu666、Trp(トリプトファン)706を置換した変異体を作って、機能を解析した。
拡大図(69KB)
 
 
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[図4]
A:GST-プルダウン法と呼ばれる手法で、PB1との結合能を調べた。青く見える部分が、タンパク質が存在する部分。上段はPB1に結合する前のタンパク質で、下段はPB1と結合したもののみを溶出したもの。変異体はいずれもPB1と結合する能力が失われていることがわかる。
B:野生型と変異体のRNAポリメラーゼがRNAを合成する能力を比較したもの。たった1個のアミノ酸の変異で、RNAを合成する能力が40%以下と劇的に減少していることがわかる。
拡大図(30KB)
 
 
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[図5]
この研究を行った横浜市立大学のグループ。右から朴三用准教授、河合文啓さん(大学院生)、尾林栄治さん(特任助教)、吉田尚史さん(大学院生)。
拡大図(75KB)
 
 
 
 
 

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