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last update:08/08/21  

   image 絶縁体の界面に現れる金属    2008.8.21
 
        〜 次世代素子の有力候補 〜
 
 
  わたしたちの生活にはコンピューターはなくてはならないものになりましたね。最近はコンピューターで動画を楽しんでいる方も多いのではないでしょうか。このままだと近い将来はテレビがいらなくなるかも..とまで思ってしまいます。動画のような大きな情報を扱うには、コンピューターの計算速度が速くなければなりません。10年前のコンピューターでは今みなさんが見ているような動画は再生できないか、再生できても遅くてストレスがたまることでしょう。このようにコンピューターの計算速度は、毎年のように劇的に向上し、わたしたちの生活を確実に変えています。

ムーアの法則の限界を超える

コンピューターを支える半導体産業では「ムーアの法則」という有名な経験則があります。これは、Intel社の創設者のひとりであるゴードン・ムーア氏が提唱したもので「半導体の集積密度は18〜24ヶ月で2倍になる」というものです。ムーアの法則が提唱されたのは1965年のことですが、驚くべきことにこのムーアの法則は現在に至ってもほぼ成立していて、半導体の性能向上のひとつの指標ともなっています。

ムーアの法則は、集積回路(IC, Integrated Circuit)(図1)が実用化された時代に提唱されたものですが、半導体の集積密度をもっと広い意味の「計算速度」と考えると、ムーアの法則はそれ以前、つまり真空管や機械式の計算機の時代も含めて成り立っていると言われています。真空管がトランジスタにとって代わられたように、次の世代の素子にもムーアの法則が成り立つのでしょうか? 実は、今のICの集積密度を考えると、あと10年ちょっとで原子1個分の幅の配線が必要となり、理論的にも限界を迎えてしまうのです。

将来にわたってムーアの法則を指標として使うならば、現在の半導体技術にとって代わる新しい概念の素子がそろそろ登場しても良さそうです。世界中の科学者がそれを追い求めています。東京大学大学院工学研究科の尾嶋正治(おしま・まさはる)教授の研究室も、そんな次世代素子の開発に挑戦し続ける研究グループのひとつです。

絶縁体の界面に金属層!?

尾嶋教授、そして研究室の組頭広志(くみがしら・ひろし)准教授が注目したのは、2種類の絶縁体を接合させたときに、その界面が金属になるという不思議な現象でした。これは2004年に東北大学の大友明助教と東京大学のハロルド・ファン准教授のグループによって発見された現象で、それぞれが絶縁体である酸化物、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)とアルミン酸ランタン(LaAlO3)を接合させると界面に金属層が現れるという、これまでの常識では考えられないものでした。しかもこの金属層は、素子の性能の指標である電子移動度が非常に高く、高速で応答する次世代素子の有力候補として、一気に注目を集めました。

多くの研究者が、この不思議な現象がなぜ起こるのか、その起源をつきとめようと考え、実験や理論計算を行いました。この性質が発生する起源がわからないと、いくら優れた性質であってもその性質を制御できないことになり、これは素子として利用するためには致命的なことです。

尾嶋研究室では、レーザー分子線エピタキシーという技術を使って、基板結晶の上に原子1層ずつ結晶を積み上げる方法で、これまでにもいろいろな酸化物の界面を作ってきました。そして、その界面の状態をすぐにその場で調べられるように、レーザー分子線エピタキシー装置と、電子状態を調べることのできる光電子分光装置を組み合わせた装置を作りました(図2)。この装置は、KEKフォトンファクトリーのビームラインに設置されていて、酸化物の結晶を作り上げてはその性質を調べるという、とても効率の良いシステムができあがりました。結晶の作製と電子状態の観測は同じ真空容器の中で行えるので、一度大気中に取り出す必要がありません。これは、不純物の影響を排除することができるということで、原子1層のレベルで制御された精密な結晶を扱うには非常に重要なことです。

電子が界面に引き寄せられる

組頭さんたちは、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の基板上にアルミン酸ランタン(LaAlO3)の薄膜を1層ずつ丁寧に積み上げ、1層積むたびに、光電子分光法で界面の電子の状態を調べました。これまでは、界面のチタンイオンが還元されて電子が流れやすくなっているのではないかという説が有力でしたが、チタンイオンの還元は起こっていませんでした。

それでは、界面の金属層はなぜできているのでしょうか? LaAlO3の中の電荷の偏りにこの鍵がありました。LaAlO3は、正の電荷を帯びたLaO+層と、負の電荷を帯びたAlO2-層から成っています。この電荷の偏りによって、SrTiO3基板中の電子が界面に引き寄せられていたのです(図3)。

基板のSrTiO3の方もSrO層とTiO2層の2つから成っていますが、界面に金属層が出現するのは、基板の表面がTiO2であるときだけで、表面がSrOのときは金属層は現れません。これは、表面がSrOのときは、LaAlO3の中の電荷の偏りがTiO2のときとは逆になり、界面に電子が引き寄せられない状態になっているためであるということもわかりました(図4)。

この研究から、LaAlO3のような電荷の偏った酸化物を用いれば、界面に電子を集めることができるようになり、現在の技術では不可能なほどの大きな電圧をかけられる可能性が見えてきました。この技術がムーアの法則の限界を超える新しい素子となるのでしょうか。そして、この技術を使ったコンピューターを使って、どんなことができるようになるのでしょうか。夢はひろがっていきます。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→東京大学大学院工学研究科 尾嶋研究室のwebページ
  http://www.oshimalab.t.u-tokyo.ac.jp/
→独立行政法人 科学技術振興機構
  戦略的創造研究推進事業 ナノ界面技術の基盤構築
  http://www.nanoif.jst.go.jp/index.html

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[図1]
集積回路(IC, Integrated Circuitの略)。この小さな部品の中に複雑な回路が詰まっている。コンピューターだけではなく、現在ではありとあらゆる機器にこの集積回路が組み込まれている。
拡大図(71KB)
 
 
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[図2]
レーザー分子線エピタキシー(MBE, Molecular Beam Epitaxy)装置と光電子分光装置を組み合わせた装置。レーザーMBE装置で作製された酸化物の結晶薄膜は、同じ真空容器内で放射光を照射され、飛び出してきた光電子のエネルギーを測定することによって界面の電子状態を調べることができる。
 
 
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[図3]
今回の研究で測定されたランタン酸アルミン(LaAlO3)とチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の界面の電子状態。LaAlO3中の電荷の偏りによりSrTiO3中の電子が界面に引き寄せられていることがわかった。
拡大図(43KB)
 
 
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[図4]
基板のSrTiO3の終端がTiO2の場合、界面に金属層が現れるが、終端がSrOの場合は金属層が現れない。これは、基板上に成長させたLaAlO3薄膜中の電気双極子(電荷の偏り)によるものであることがこの研究でわかった。界面がSrOの場合は、電気双極子の極性(向き)が逆になり、界面に電子が蓄積されない。
拡大図(87KB)
 
 
 
 
 

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