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糖鎖の荷札を読む運び屋タンパク質 2008.5.22 |
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〜 糖タンパク質を運ぶVIP36 〜 |
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生命では、遺伝暗号(塩基)が連なった鎖である遺伝子DNAやアミノ酸の鎖が複雑な立体構造をとっているタンパク質と、鎖状の分子が重要な役割を果たしています。最近、グルコースのような糖が連なった鎖である「糖鎖」が、DNAとタンパク質に続く「生命の第3の鎖」として注目を集めています。今日のNews@KEKは、糖鎖を荷札として読む運び屋タンパク質のお話です。 複雑で多様な糖鎖 糖鎖とは、名前のとおり糖が鎖のようにつながったものです。たとえば「でんぷん」は糖であるグルコースが鎖のようにつながった分子で、糖鎖のひとつです。アミノ酸が鎖を作るときには、隣のアミノ酸とのつながり方(結合の種類)は1種類しかないのですが、糖の場合は、隣の糖とのつながり方が何通りもあります。また、つなぐ「手」もアミノ酸は2本で両側にしか伸びないのに対し、糖は「手」がたくさんあるので、枝分かれすることもできます。つまり、アミノ酸の鎖に比べて、糖鎖は短くてもいろいろな種類を作ることができます。言いかえると、小さな分子でいろいろな情報を伝えられることになり、まさに情報をやりとりする分子としては好都合な性質を持っています。 現在の研究では、動物細胞で作られるタンパク質の約50%は、糖鎖が付加された糖タンパク質であると推定されています。多様な情報を伝えられる糖鎖は、複雑な生命現象の鍵を握っていると言われています。糖鎖を持つ糖タンパク質は、細胞間や細胞内において、さまざまな生命現象にかかわっています。そのひとつとして、2006年2月16日のNews@KEK「糖鎖で積み荷を仕分ける」では、糖タンパク質の糖鎖を荷札として見分ける運び屋タンパク質の研究を紹介しました。この研究を行った佐藤匡史(さとう・ただし)博士(現・米国National Cancer Institute / National Institutes of Health (NIH))を中心とするKEK構造生物学研究センターの研究者たちは、今度は、荷札である糖鎖と運び屋タンパク質の複合体、つまり、運び屋タンパク質が荷札を読んでいる現場の構造を明らかにすることに挑戦しました。 糖鎖を認識する運び屋タンパク質 佐藤さんたちが構造を調べたタンパク質はイヌの運び屋タンパク質で、VIP36という名前がついています。2006年に紹介した運び屋タンパク質Emp46p, 47pは酵母のタンパク質でしたが、これと非常に良く似ていて、同じように小胞体の膜に足場を構え、小胞体の内腔側に糖鎖を見分ける部分(糖鎖認識ドメイン)を持っています(図1)。 東京工業大学の山下克子(やました・かつこ)教授のグループでは、この運び屋タンパク質VIP36が「高マンノース型」糖タンパク質の輸送を担っていることを、さまざまな生化学的手法を用いて突き止めてきました。高マンノース型というのは糖タンパク質に付加されている糖鎖の種類のひとつで、マンノースという糖が多数連なっているのが特徴です。しかし、これまでに運び屋タンパク質が高マンノース型糖タンパク質を細胞内輸送する現場を捉えた例は全くありませんでした。 図2は、フォトンファクトリーの高性能タンパク質結晶構造解析ビームラインで調べた運び屋タンパク質VIP36の全体の構造です。このタンパク質はβ(ベータ)サンドイッチ構造と呼ばれる特徴的な構造を持っていました。この構造は、糖鎖に結合するタンパク質によく見られる構造で、前に調べたEmp46p, 47pとも良く似ています。 カルシウムでスイッチオン このタンパク質には、図2で言うと右上の部分に、カルシウム(ピンクのボールで示した)結合部位があります。佐藤さんたちはカルシウムと結合しているときと、結合していないときの構造の違いを詳しく調べました。その結果、カルシウムが結合することにより、カルシウムと直接、または水分子を介して結合しているアミノ酸残基のうちの3カ所が動いていることがわかりました(図3)。後で詳しく説明しますが、この部分は糖鎖とカルシウムを同時に結合するので、運び屋タンパク質VIP36は、カルシウムの結合によってスイッチが入ることが立体構造の解析から明らかになりました。 荷札を読む「現場」を捉えた さて、次はいよいよこの運び屋タンパク質が荷札を読む現場に挑戦です。佐藤さんたちは、運び屋タンパク質VIP36が選別して読んでいる荷札と予想されている「高マンノース型糖鎖」の一部の構造に一致するいろいろな長さや種類の糖鎖を使って、VIP36との複合体を作り、その構造を調べました。その結果、図4に示すような、1糖結合型、2糖結合型、4糖結合型の複合体の立体構造を解析することに成功しました。 糖鎖は、予想どおり、カルシウム結合部位のすぐ近くに結合していました(図2)。そして、カルシウムと結合したときに、動いていた3つのアミノ酸残基は、糖鎖とも同時に結合していることがわかりました(図4)。このことから、運び屋タンパク質VIP36は、カルシウムをスイッチとして、高マンノース型糖鎖の特定の構造を荷札として厳密に認識していることが明らかになりました。 今回の、放射光による立体構造解析で明らかになったのは、運び屋タンパク質と荷札の部分である糖鎖の一部の複合体です。実際の糖タンパク質では糖鎖の部分はもっと長いので、糖鎖の他の部分が荷札を読むじゃまにならないかどうかが気にかかります。そこで、すでに構造がわかっている糖タンパク質の糖鎖の部分全体の構造と、コンピュータ上で重ねたモデルを作ってみました(図5(a))。黄色い部分が今回の研究でわかった荷札と一致する糖鎖の一部です。その結果、めだった立体障害はなく、糖鎖の他の部分は荷札を読む時のじゃまにはならないことが確認できました。図5(b)は、積み荷タンパク質のひとつである唾液アミラーゼと運び屋タンパク質VIP36との複合体のモデルです。運び屋タンパク質VIP36はこのように積み荷タンパク質の糖鎖を荷札にして、目的地に輸送させているのでしょう。 この研究は米国の科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」の2007年9月21日号に掲載されました。
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