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生命を照らす緑の光と放射光 2008.10.30 |
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〜 タンパク質研究を導く光 〜 |
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10月ももう終わりですね。今月、KEKは小林誠名誉教授をはじめ3名のノーベル物理学賞受賞のニュースで喜びに包まれました。そして、物理学賞発表の翌日、ノーベル化学賞も日本人科学者の受賞という嬉しいニュースが届きました。ノーベル財団が出した化学賞のプレスリリースのタイトルは「Glowing proteins - a guiding star for biochemistry(輝くタンパク質 〜生化学を導く星)」。まさにこの緑色に光り輝くタンパク質は、生命科学の研究を大きく変える画期的なものになりました。 生命を司る分子、タンパク質(図1)の話題はこのNews@KEKでもおなじみです。素粒子物理学と同様、生命科学はKEKの研究の大きなひとつの柱であり、今では、加速器から生まれる光、放射光は、生命科学にとってなくてはならないものになりました。 今日はこの10年の生命科学の研究を大きく変えた2つの「光」のお話です。 生きたままタンパク質のふるまいを見る 今年のノーベル化学賞は「緑色蛍光タンパク質GFPの発見とその後の重要な開発」に対して、3人の科学者に贈られました。下村脩博士が、オワンクラゲという名前のクラゲから光るタンパク質、GFP(Green Fluorescence Protein, 緑色蛍光タンパク質)を発見したのは、今から46年も前、1962年のことです。緑色の光を発するクラゲや、クラゲから抽出したGFPの入った緑色に光る試験管を持った下村博士の姿が何度もテレビで放映され、その鮮やかな光に魅了された方も多いことでしょう。 この光るタンパク質が生命科学を導く星になったのは、それから四半世紀も経った後のことでした。下村博士と同時にノーベル化学賞を受賞したマーティン・チャルフィー (Martin Chalfie) 博士は、線虫という小さな生物の専門家で、線虫が分裂を繰り返し成熟していく過程で発現していくタンパク質を見たいと考えていました。 チャルフィー博士は、この光るタンパク質を生命現象の「光る標識」とすることを思いつき、遺伝子工学の技術を使って、GFPの遺伝子を大腸菌や線虫に導入し、見事に大腸菌や線虫の細胞を光らせることに成功しました。この論文が発表されたのが1994年で、下村博士の発見から32年も後のことになります。追跡したいタンパク質の遺伝子とGFPの遺伝子をつなぎ合わせて、生きている細胞の中に導入すれば、つながった遺伝子からできたタンパク質には光る標識がつきます(図2)。普通のタンパク質は目に見えませんが、光る標識は一目でどこにあるかわかります。 それまで、生きている細胞や生物の中でのタンパク質のふるまいを見ることは大変難しいことでした。細胞を大量に集めてタンパク質を抽出し、その量や種類を測ることにより細胞内での反応を想像したり、いろいろな段階で細胞や組織を固定して反応を止めた後に、特定のタンパク質を蛍光色素などで染色する、といった方法しかありませんでした。生きたままタンパク質のふるまいが手に取るようにわかるGFPはあっという間に生命科学者の間に広まっていきました。 3人目の受賞者のロジャー・チェン(Roger Y. Tsien)博士は、GFPの光るしくみを調べ、緑以外にもいろいろな色で光るタンパク質を作ることに成功しました。チェン博士の研究室のウェブサイトでは、いろいろな色で光るタンパク質やバクテリアの美しい写真を見ることができます。こうして、多くの種類のタンパク質の共同作業である生命現象も、個々のタンパク質を染め分けて観察することができるようになりました。 GFPは、遺伝子の形で細胞に入っているので、細胞分裂をしても分裂した細胞にGFPの遺伝子が受け継がれます。そのため、細胞の中のタンパク質のふるまいだけでなく、多細胞生物の中で、細胞がどのように増殖したり死んでいったりするのかを、刻々と観察することができます。今では、生命科学、医学の研究にGFPはなくてはならない道具となっています。 タンパク質の働くしくみを見る GFPが、タンパク質がどのように働いているかを見る道具であるのに対し、X線結晶構造解析は、タンパク質がどういうしくみで働いているかを見る道具といえます。 原子と同じぐらいの大きさの波である光、X線を用いて、生体分子の構造、つまり生体分子の中で原子がどのように並んで立体構造を作っているかを調べるX線結晶構造解析は、古くから行われていました。1953年にワトソンとクリックの提唱したDNAの二重らせん構造も、ロザリンド・フランクリンの撮ったX線回折写真がその基礎を作っています。DNAの二重らせん構造は、遺伝子がどうやってその情報を複製し、生命をつなげていくかを、見事に説明してくれました。 その後、DNAより複雑な分子であるタンパク質の立体構造をX線で調べる研究は行われてきたものの、技術的に難しいことが多く、研究手法としてはなかなか広まりませんでした。1980年代から、非常に輝度の高いX線である放射光が使われるようになり、また、遺伝子工学の技術の進歩により大量のタンパク質が生産できるようになってゆきました。このため、X線結晶構造解析は、GFPと同様1990年代から、多くの研究者にタンパク質研究の道具として急激に広まりました。今ではKEKフォトンファクトリーのNW12AやBL-5A, BL-17Aといった高性能で高速の装置により、研究のスピードが増したことはもちろん、今までには結晶を作りにくく解析できなかった、複雑なタンパク質の構造も解けるようになってきています(図3)。 いろいろなタンパク質の立体構造の情報は、タンパク質構造データバンク(Protein Data Bank, PDB)という国際的なデータベースに蓄積されています。このデータベースに登録されているタンパク質の数の変遷を見ると、立体構造を調べる研究がここ10年で飛躍的に進んでいることがわかります(図4)。登録されている構造情報の80%以上がX線結晶構造解析によるものであり、そのほとんどが今では放射光のX線を使った研究成果です。 GFPは、個々のタンパク質の働くしくみを見ることはできませんが、生きているままそのふるまいを見ることができるほとんど唯一の方法です。一方、X線構造解析で見るタンパク質は細胞の中で生きている状態ではありませんが、タンパク質の原子1個1個を見ることができるので、タンパク質がどのようなしくみで働いているのかを見るには欠かせません。2つの研究手法は、お互いに補い合うことで生命現象を双方向から見つめる光となって、今日も多くの研究者を導いています。
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