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last update:08/10/02  

   image 細胞分化のしくみを探る    2008.10.02
 
        〜 メチル化塩基を引き出して認識 〜
 
 
  私たちの身体はたくさんの細胞からできています。でも細胞と一口で言っても、たとえば皮膚の細胞と神経細胞では形も大きさも、そしてその機能も全く異なります。このいろいろな種類の細胞は、もともとは受精卵というたったひとつの細胞から生まれたものだなんて、すごいことだと思いませんか? 今日のNews@KEKは、受精卵のような役割の決まっていない細胞から、それぞれの役割の細胞ができていく「細胞分化」という過程で決定的な役割を果たす「DNAのメチル化」にスポットを当てます。

細胞分化の鍵はメチル化

皮膚の細胞も神経細胞も、もとは1個の受精卵が分裂してできたもので、それぞれの細胞が持つ設計図である遺伝情報、ゲノムDNAは全く同じです。それではどうしてこんなに見た目も働きも違う細胞ができてくるのでしょうか? それは、それぞれの細胞によって、設計図の中の読まれる場所が違っているからです。

この「設計図の中のどこを読むか?」を決めているものに、DNAのメチル化があります。メチル基というのは理科の授業でも習う-CH3という小さな化学構造ですが、DNAの中のシトシン(C)塩基にメチル基が付いた状態になると、その部分のDNAは読まない、つまり鍵のかかった状態になります(図1)。さまざまな種類の細胞ができるのは、この鍵のかかったパターンがそれぞれの細胞によって違うからなのです。これが細胞分化です。

最近話題になっているiPS細胞は、分化した細胞から、受精卵のように分化していない状態を人工的に作り出した細胞で、これからどんな細胞にも分化していける万能細胞とも呼ばれて、再生医療への応用に期待が持たれています。iPS細胞には、iPS細胞になる設計図の読み方、つまりiPS細胞特有のDNAメチル化のパターンがあることが最近の研究で活発に調べられています。DNAのメチル化は、iPS細胞を作るためにも最も重要な要素だと考えられています。

メチル化を正しく継承

多くの細胞からなる複雑な生命体では、一度分化した細胞はその分化した状態が保たれる、ということも重要です。細胞分裂の結果、皮膚の細胞から突然神経細胞ができたり、筋肉の細胞ができたりしたら困るでしょう。ちなみに、これが正しく受け継がれなかった異常な状態のひとつが「がん化」であり、逆にうまくコントロールして人工的に作ったものが「iPS細胞」と言えます。このような特別な事態が起こらないかぎり、皮膚の細胞は分裂しても皮膚の細胞のままです。これはどういうことかというと、細胞分裂の過程でDNAが複製されるときに、遺伝情報だけでなく、メチル化のパターンも正しく継承されている、ということです。

この過程を、図2でもう少し詳しく見てみましょう。分化した細胞のDNAの二重らせんは、両方の鎖がメチル化されています。でも、この細胞のDNAが複製された直後は、もとの鎖はメチル化されていますが、新しく作られた鎖はメチル化されていません。分化された状態が正しく継承されるためには、細胞が分裂する前に、メチル化のパターンを新しいDNAの鎖にも写し取らないといけないのです。

細胞には、この「片鎖メチル化」という状態を見つけて、新しい鎖を同じようにメチル化するしくみが備わっています。これには2種類のタンパク質が力を合わせて働いています。UHRF1というタンパク質は、片鎖メチル化状態のDNAを認識するタンパク質で、もうひとつのタンパク質Dnmt1が新しい鎖をメチル化するのです。

メチル化塩基を二重らせんの外に引き出す

京都大学大学院工学研究科の白川昌宏(しらかわ・まさひろ)教授、有吉眞理子(ありよし・まりこ)助教のグループは、UHRF1タンパク質が正しく片鎖メチル化の状態を認識することが、細胞分化の状態を正しく継承するのに重要だと考えました。そして、UHRF1の中で、DNAを認識する役割を果たしている部分であるSRAドメインと、片鎖メチル化DNAの複合体の結晶を作り、KEKフォトンファクトリーのタンパク質結晶構造解析ビームラインBL-5Aで、その構造を調べました。

このタンパク質は、図3のオレンジ色の部分で両側から抱きかかえるようにしてDNA(緑)と結合していました。そして、とてもおもしろいことに、メチル化されたシトシン塩基の部分(ピンク色)は、DNAの二重らせんの外に引き出されて、タンパク質のポケットにはまりこんでいたのです。他のメチル化されていない塩基は、ちゃんと二重らせんの内側に収まっています。

詳しく見てみると、メチル化された塩基は、タンパク質のポケットの中の多くのアミノ酸によって、しっかりと認識されていることがわかりました(図4)。こうした厳密な認識が、DNA複製期間という短い時間の間に、巨大なゲノムDNAに点在するメチル化を正しく受け継がせる鍵となっていると、白川教授のグループは考えています。

こうして、細胞分化の状態を正しく維持するという、多細胞生物にとって重要な生命現象のしくみがわかってきました。また、最初にお話ししたように、このしくみは、細胞のがん化や、iPS細胞の産生といった、分化した細胞が未分化の状態になる(脱分化と呼びます)現象にも深く関わっています。最近、UHRF1とDnmt1が協力して働くDNAメチル化の過程をコントロールすることによって、iPS細胞の産生効率が大幅に上昇したという研究成果も発表されました。抗がん剤や再生医療など、最先端の医療への進歩にも、この研究の与える役割は大きいでしょう。

この研究成果は英国の科学誌ネイチャー (Nature) オンライン版に2008年9月3日に掲載されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→京都大学大学院工学研究科白川研究室のwebページ
  http://mb113.moleng.kyoto-u.ac.jp/
→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html

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[図1]
細胞分化とDNAのメチル化。ゲノムDNA中のシトシンとグアニンが隣り合った配列(CG配列)のシトシン(C)の部分がメチル化されると、その部分の遺伝子に鍵のかかった状態、つまり遺伝子発現がオフになる。
拡大図(44KB)
 
 
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[図2]
DNAのメチル化を維持するしくみ。DNAの複製直後は、鋳型となった鎖はメチル化されているが、新しくできた鎖(オレンジ色)はメチル化されていない。UHRF1がこの「片鎖メチル化」状態のDNAを認識し、メチル化酵素Dnmt1が新しい鎖をメチル化する。これに引き続く細胞分裂によって、2つの娘細胞ができるが、どちらの細胞にも、元の細胞と同じメチル化のパターンが受け継がれることになる。
拡大図(41KB)
 
 
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[図3]
UHRF1タンパク質のSRAドメインと、片鎖メチル化DNAとの複合体の立体構造。タンパク質はオレンジ色の部分でDNAを両側から抱え込み、メチル化塩基(ピンク)をフリップアウト(外側に引き出すこと)している。タンパク質のポケット構造にメチル化塩基がはまり込んでいた。
拡大図(55KB)
 
 
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[図4]
メチル化塩基と相互作用するアミノ酸残基。放射光を使った精密な構造解析で、多くのアミノ酸残基が相互作用に関わっていることが明らかになった。
拡大図(37KB)
 
 
 
 
 

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