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光でつくるダイヤモンド 2009.6.4 |
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〜 光誘起相転移のしくみにせまる 〜 |
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地下深部で生み出される、希少な宝石ダイヤモンド。人間は自らの手でこれを作りだすために、高温高圧や衝撃波などを用いたさまざまな方法を開発してきました。最近になって、わずかな可視光を照射するだけでグラファイトをダイヤモンドに変えることができるという、まるで魔法のような方法が発見されました。 ダイヤモンドを作りだす 永遠の絆・純潔の象徴ともされるダイヤモンドは、宝石としてだけでなく、さまざまな用途に利用されています。代表的なものは研磨剤やダイヤモンド半導体などで、工業的に利用されているものの多くは人工ダイヤモンドです。 ダイヤモンドが実はすすやグラファイト(石墨)と同じ炭素の塊にすぎないことは、広く知られています。だからといってすすやグラファイトからダイヤモンドを作ろうとしても、そう簡単にはいきません。これまでに世界中の企業が、ありふれたすすやグラファイトからダイヤモンドを合成するための方法を模索し、開発してきました。現在のところ、摂氏約3000度、10万気圧もの高温高圧でグラファイトを圧縮する方法や、高エネルギーのガンマ線やエックス線をグラファイトに照射して衝撃波を与える方法のほか、ガス化した炭素から気相成長させる方法なども知られています。 しかしこのような大掛かりな力技を使わなくても、私たちの目に見える普通の光をあてることで、グラファイトからダイヤモンドを作りだすことができることが最近になってわかりました。 光誘起相転移はドミノ倒し 光によって物質が変化する現象自体は珍しくはありません。半導体を用いた光エレクトロニクス素子、光化学反応などの分野では、それらは既に実用化されています。15年ほど前から、光を受けた部分だけでなく、光があたった部分が起点となって、まるでドミノ倒しのように結晶構造や磁性などが広範囲にわたって変化する現象が次々と発見されました(図1)。この現象は光誘起相転移と呼ばれ、現在では遷移金属錯体結晶、各種ペロブスカイト型金属酸化結晶、ビスマス(Bi)の様な単純金属結晶など、さまざまな物質で見られる現象であることがわかってきました。 グラファイトからダイヤモンドへ グラファイトとダイヤモンドは、同じ炭素の塊ではあっても、結晶構造が異なります(図2)。常温常圧ではダイヤモンドよりグラファイトの方がエネルギーが低く安定なので、地表では天然のダイヤモンドはほとんど成長せず、代わりにグラファイトが晶出します。 グラファイトからダイヤモンドへと構造が変化するためには、原子が移動しなければなりません。もっとも単純な変位でも、6つのグラファイト原子が作る面に垂直に面を折り曲げるよう、ジグザグに炭素原子が移動し、同時に面と面の距離が0.335ナノメートルから0.154ナノメートルに縮むことになります。このように次々と原子を移動させて行き、1g程度のグラファイトをダイヤモンドに作り変えるためには、1兆電子ボルトの1000億倍(1023電子ボルト)というオーダーのエネルギーが必要です。地下深部では高温高圧によりこのエネルギーの差を越えることができるため、ダイヤモンドが成長することができるのです。 一方、出力約1.6電子ボルトのフェムト秒(10-15秒)可視光レーザー・パルスをグラファイトの面に45度に偏光させて照射すると、炭素原子1000個ほどのスケールの新しい領域が現れることが、大阪大学産業科学研究所の谷村克己教授らのグループにより報告されました。走査型トンネル顕微鏡による観察により、この領域内では、環状をなす6個の炭素原子のうち4個が結晶の外側に飛び出し、2個が内側に沈むという変位(バックリング)を起こしていることが判明しました。(図3)現象の引き金になっているのはほんの5つ程度の光子に過ぎず、また不思議なことに面内偏光の光を照射しても、ピコ秒(10-12秒)パルスの光でも、この変化は起きないことがわかっています。 光誘起相転移のしくみにせまる グラファイトにほんのわずかな光をあてると、その周囲をふくめた広い領域がダイヤモンドに変化する、というこの現象は、まさに光誘起相転移に他なりません。では、その相転移の過程において、原子のスケールでは一体何が起きているのでしょうか? この謎の解明に理論的アプローチで挑んだのが、KEK 物質構造科学研究所放射光科学研究施設の那須奎一郎教授、大西宏昌研究員らのグループです。 なお、那須さんたちは、このようなダイヤモンド構造をもつ領域を、ダイヤモンドとグラファイトのかけ合わせという意味で"ダイヤバイト"(Diaphite)と名付けました。彼らの成果は、ダイヤバイトの名とともに、2009年3月12日付の学術論文誌NatureのResearch Highlightに掲載されました。 那須さんたちはまず、これまでの研究成果から、グラファイトに光があたった瞬間から一定の大きさのダイヤモンド構造の領域が誕生するまでにどのようなことが起きるのか、その初期過程の概念を明確にしました(図4)。 グラファイト層面に垂直に偏光した可視光を照射すると、層間をまたいで電子と正孔が発生し、その間のクーロン引力によって2つの層が接近するように歪みます。グラファイトは電気をよく通すため、ほとんどの電子と正孔は層に沿って互いに反対方向に逃げて消失していまいます。しかし、数%程度の確率で、電子と正孔がクーロン力で引きあって局在化し、σ結合が形成される場合があります。σ結合と呼ばれる電子の雲の結びつきが形成されると、その反作用として、平面的だったグラファイト層内の広い領域で、歪んだ層面に垂直な周期的な変形(バックリング)が起こります。更に、このσ結合の増殖に伴い、自発的に層間でのズリ(shear)変形が起きます。こうして、安定な結合を持つダイヤモンド様のナノ領域が誕生します。ほんの数個の可視光の照射により、このような領域がいくつか生まれ、相互に連結・増殖して、やがてより大きなスケールのダイヤモンド構造へと相転移するのです。 那須さんらは次に、そのような原子の変移によってどのようにエネルギーが変化するかを計算によって求めました(図5)。その結果である図6からは、元のグラファイトの炭素原子の位置(原点)からこの障壁を越えてダイヤバイトに変位するには可視レーザー光子約3個分のエネルギーで十分であることや、一旦ダイヤモンド構造の領域が出来れば、エネルギー障壁を越えなければ元のグラファイトに戻れないことがわかりました。つまり、一度この状態が生成すれば、次のレーザー光を吸って図5のような過程を繰り返し、新たな障壁を乗り越えて、よりエネルギーが高く、格子変位も大きな第2、第3のダイヤモンド領域へと増殖していく事が出来る、ということがわかったのです。 こうして、光によってグラファイトからダイヤモンドが生み出される光誘起相転移の初期過程の様子が理論的にかなりわかってきました。図7は、研究グループの西岡圭太研究員が光誘起相転移の初期過程を動画にまとめたものです。那須さんらのグループは、今後は引き続き、初期過程の後に来る過程についても考察を加え、ダイヤバイト相転移の全容を明らかにしていく予定とのことです。 それでは、理論的研究で明らかにされた相転移のようすを実際に見るにはどうすればよいでしょうか。以前に紹介した分子の世界の高速カメラは、このような短い時間で劇的に変化するものを観察するにはぴったりです。今の放射光では、あまり速い反応を見ることができませんが、次世代の光源加速器ERLでは、フェムト秒(1000兆分の1秒)といった速い反応を原子のレベルで捉えることができると期待されています。 なお、永遠を象徴する天然ダイヤモンドとは異なり、光が生み出すダイヤモンドが象徴するのは、儚さかも知れません。ダイヤバイトは一種の励起状態であるため、残念ながら10日程度で元のグラファイトに戻ってしまうそうです。
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