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last update:15/06/08  

   image エイズに立ち向かう新しい薬    2009.10.22
 
        〜 ウィルス表面の糖鎖をブロックする仕組み 〜
 
 
  エイズ(AIDS)という病気、そしてその原因はHIVと呼ばれるウィルスです。免疫力が低下するAIDSは、特に若い世代で発症し、死に至ることも少なくないので、人類の社会生活に深刻な影響を与えうる恐ろしい病気です。土壌細菌から発見された小さなタンパク質が、このAIDSの特効薬として大きな可能性を秘めていることが、最近のフォトンファクトリーによる構造解析で明らかになりました。

変異を起こしやすいHIV

厚生労働省の統計によると、日本でのHIV感染者およびAIDS患者は年々増え続けています。また、世界に目を向けるともっと深刻であり、HIV感染者の約70%がいると言われているアフリカ南部では、AIDSの流行のために平均寿命が低下している国もあります。

HIVはHuman Immuno-deficiency Virus(ヒト免疫不全ウィルス)の略で、人間の免疫細胞に感染し、免疫力を低下させます。その結果、健康な人では決して感染しないような弱い病原菌にも感染するようになり、HIV感染者に特有の病気が発症します。このような、健康な人では発症しない病気が発症した状態がAIDSです。

HIVは、遺伝情報をRNAのかたちで持つRNAウィルスです。インフルエンザウィルスに代表されるようにRNAウィルスは一般的に変異を起こしやすいのですが、その中でもHIVは特に変異を起こしやすく、遺伝情報をDNAとして持つ生物に比べて100万倍もの高い頻度で変異します。人間に感染した後も変異を起こすため、1人の患者の中に何種類ものウィルスが存在するのが普通です。この変異のしやすさが、HIVに対するワクチンを開発するのが難しい一番の理由です。

現在、AIDSの治療には、HIVが増殖するのに必要な逆転写酵素やプロテアーゼなど、HIVに特有の酵素の働きを阻害する薬剤を複数組み合わせて飲む方法が一般的です(図1)。しかし、変異が速いという特徴をもつHIVは、これらの薬剤に耐性を持つ薬剤耐性変異を起こす可能性が高く、治療上の大きな障害となることが少なくありません。

表面の糖鎖をブロック

多くの研究者が、これらの薬剤とは全く違うしくみでHIVに立ち向かうことに挑戦しています。いわき明星大学の田中晴雄教授もその1人です。田中教授は、HIVの表面を包み込んでいる外套タンパク質に注目しました。gp120という名前のこのタンパク質は、表面に多数の糖鎖を持つ糖タンパク質で、ウィルスが細胞に感染するときに重要な役割を果たしています。糖鎖に結合するタンパク質の総称をレクチンと呼びますが、田中教授は、レクチンをgp120の糖鎖に結合させれば、gp120が細胞に感染する働きを抑えることができるのではないかと考えました。そうして1999年に、当時在籍していた北里大学の共同研究者らおよび高橋淳博士(いわき明星大学)とともに、土壌に住む放線菌という細菌から見つけたアクチノヒビンというタンパク質が、HIVの細胞への侵入を阻止する強い働きを持つことを見つけました。

レクチンであるアクチノヒビンは、gp120の糖鎖に結合して、HIVの感染能力を抑えていると考えられます。しかし、実際にこのタンパク質を薬剤として利用するには、どのようなしくみでHIVの働きを抑えているのか、詳しく知る必要があります。その立体構造の解明は東京工業大学からいわき明星大学に移ってきたX線結晶学者で現日本結晶学会会長の竹中章郎教授が率いるグループが行いました。同グループのメンバーでいわき明星大学の鈴木薫博士がアクチノヒビンの結晶化に取り組み、X線結晶構造解析が可能な結晶を造ることに成功しました。また竹中教授といわき明星大学の角田大博士はフォトンファクトリーBL-5A(図2)でこの結晶のX線データを測定し、それを用いて構造解析に成功しました。その結果、アクチノヒビンの立体構造、そしてHIVの感染を抑えるしくみが明らかになりました。

3つのポケットで糖鎖としっかり結合

アクチノヒビンは、3つの部分(セグメント)から構成されていて、この3つの部分のどれが欠けてもHIVの感染能を阻止することができなくなること、そしてアクチノヒビンは、糖鎖のなかでも、マンノースという糖を多く含む糖鎖(高マンノース型糖鎖)に結合することがこれまでにわかっていました。得られた立体構造(図3左)から、ほぼ同じ構造の3つのセグメントが対称的に配置しており、それぞれのセグメントには、糖鎖と結合するポケット(薄緑)があることがわかりました。

この3つのポケットには、それぞれ高マンノース型糖鎖が結合しますが、3つのポケットすべてに高マンノース型糖鎖が結合した場合のみ、アクチノヒビンとgp120が強く結合するということがわかりました。つまり、1つのアクチノヒビン分子に対して、3つの高マンノース型糖鎖がまたがるようにして結合することになります(図3右)。

このことは、アクチノヒビンを薬剤として使うときに、非常に重要な特徴です。人間のタンパク質には、gp120のように多くの高マンノース型糖鎖を持つ糖タンパク質はありません。つまり、アクチノヒビンは、人間のタンパク質には強い結合能を持たず、高マンノース型糖鎖を多く持つHIVのタンパク質、gp120にだけ強く結合し、その働きを抑えることができるということになります。これが、アクチノヒビンがHIVの感染を強く抑える理由であり、人間のタンパク質には影響を与えない、副作用の少ない安全な薬として非常に有望であることがわかりました。

実用化に向けて

アクチノヒビンは、現在使われている20数種類の抗HIV薬とは全く違ったしくみ(図1参照)でHIVに作用する新しい薬剤として、現在抱えている薬剤耐性や副作用の問題を打破することが期待されます。研究チームはすでにウサギを用いた試験で安全性を確認しており、次には、HIVとよく似た構造のサルのエイズウィルス(SIV)の感染予防テストを計画しています。この試験が成功した後には、WHO(世界保健機関)と共同で、HIV感染予防薬の実用化に向けた共同開発を進めていく予定ということです。

この研究成果は、米国科学アカデミー紀要の9月15日号に発表されました。



 
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提供: いわき明星大学
[図1]
HIVの増殖過程におけるアクチノヒビンの作用部位。HIVは免疫機能を司るCD4陽性T細胞(CD4+細胞)に感染し、自らを増殖させ、細胞を破壊してしまう。現在用いられている抗HIV薬は、HIVが増殖するのに必要なHIV特異的な酵素(逆転写酵素、インテグラーゼ、プロテアーゼ)を阻害する薬剤である。これに対して、アクチノヒビンは、HIVが細胞に感染するときに重要な役割を果たしている外套タンパク質gp120に作用する。
拡大図(51KB)
 
 
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[図2]
フォトンファクトリーBL-5Aのタンパク質結晶構造解析装置。
拡大図(65KB)
 
 
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提供: いわき明星大学
[図3]
アクチノヒビンの立体構造(左)。アクチノヒビンは互いに類似した3つのセグメントから成り、HIVの表面の糖鎖タンパク質(gp120)の3本の高マンノース型糖鎖にまたがって結合することにより(右)、細胞への感染を阻止することが立体構造から明らかになった。左図の薄緑色の部分が糖鎖結合ポケット。
拡大図(36KB)
 
 
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設
    (フォトンファクトリー)のwebページ
  http://msl-www.kek.jp/msr/
  index-j.html

→生体分子の機能構造研究グループ
    (いわき明星大学)のwebページ
  http://xtal.bio.titech.ac.jp/
  takenaka/

→いわき明星大学のwebページ
  http://www.iwakimu.ac.jp/
→いわき明星大学 IMUニュース
  http://www.iwakimu.ac.jp/cgi-bin/
  news.cgi?target=top&num=
  20090828183740

→東京工業大学 最近の研究成果
  http://wwwold.titech.ac.jp/
  tokyo-tech-in-the-news/
  j/archives/2009/08/
  1251417600.html


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