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B中間子崩壊の理論計算に新手法 ボトムクォークのレプトンを含む崩壊反応の理論計算が可能に
2020年7月15日
KEK理論センターの橋本省二 教授らは、B中間子の崩壊反応のうち、レプトン(注1)を含む崩壊確率の総和を理論的に計算する手法を確立し、その研究成果がPhysical Review Letters 誌に2020年7月14日(米国東部時間)、掲載されました。
KEKつくばキャンパスにあるSuperKEKB加速器を用いたBelle II実験では、電子と陽電子を衝突させてB中間子(注2)を大量に生成し、その崩壊過程(より軽い素粒子に変化する過程)を調べています。B中間子は、ボトムクォーク(注1)がその周囲に『強い相互作用』(注3)によって軽いクォークやグルーオンの雲をまとった構造をもっています。ボトムクォークが『弱い相互作用』(注3)によって一瞬の内にチャームクォークとミューオン、ニュートリノに崩壊したとき、チャームクォークは周りにフワフワと漂っていた軽いクォークも一緒に引き連れて別の中間子(D中間子)一つだけを作ることもあれば、軽いクォークの雲の一部が取り残されてパイ中間子など別の粒子を余分に生成することもあります。これらの崩壊の組み合わせは無数に存在するので、理論的に全てを計算するのは非常に困難です。そこで、一般的には周りの軽いクォークやグルーオンの雲のことはひとまず忘れて、ボトムクォークがチャームクォークに崩壊することのみを考えて計算されます。しかし、こうした扱いがどれくらいよい近似になっているのかは、正確にはわかっていませんでした。
橋本教授らのチームは、格子量子色力学(格子QCD)と呼ばれる『強い相互作用』の精密なシミュレーション計算を可能にする手法を用いることで、ボトムクォークの崩壊で出てくるクォークとグルーオンの雲のような効果も完全に取り入れた、全ての崩壊反応の可能性を計算する手法を確立しました。従来の格子QCD計算では、D中間子一つだけができる過程についての計算は可能でしたが、(レプトン生成が付随する)全ての崩壊反応の可能性を足すことが可能となったのは今回が初めてです。
この計算手法について橋本教授は「20年も前から、ボトムクォークが壊れて終わりという計算しかなかったので、実験の精度が上がると理論と辻褄が合わなくなる問題をどうにかできないか、越えられない壁をどう超えるかを考えてきました。この計算手法をまとめた論文はイタリア人の友人と一緒に書いたのですが、理論的にすっきりした計算手法がようやく見つかった時は嬉しかったです。従来の計算方法では、誤差の見積もり方に課題が残りつつもどのように検証すればいいかが分かりませんでしたが、今回の私達の方法で理論的基礎がはっきりした計算が可能となり、従来の計算方法が正しかったか検証できます。」とコメントしました。
また、「格子QCD計算はQCDの忠実なシミュレーションなので、D中間子一つだけでなくパイ中間子などを余計に生成した状態の情報も正しく含んでいるはずですが、従来はD中間子一つだけの状態を取り出すことに集中していて、その他の情報をどう実験結果と結びつけるかという視点がありませんでした。実際これは難しいのですが、一見関係なさそうに見える様々な研究をしているうちに学んだり開発したいろんな手法を寄せ集めて、今回の計算手法に至りました。一つのテーマの研究だけを行っているとそれしかできません。たくさん寄り道したお陰で色々学ぶことができ、様々な手法を使えるようになりました」と、これまでの長年に渡る研究生活を振り返りました。
さらに今後の研究について、「今回の手法で計算できると分かりましたが、まだ計算できたわけではありません。今後は色々な方の協力の下、私たちの手法で計算していきたいと考えています。今回、計算手法を探る過程の解析の一部には、2019年3月より稼働を開始したKEKスーパーコンピュータシステムを使いました。将来は文部科学省が進めているスーパーコンピュータ「富岳」プロジェクトも活用して大規模計算を行いたいと考えています。
今回はB中間子の物理について考えましたが、実はニュートリノの物理でも同様の計算ができるのではないかと考えています。ハイパーカミオカンデ計画にも役立てるのではないかと考えています。
さらに今後は、2019年に物理解析のための本格的なデータ取得を開始したBelle II実験のデータが出てきます。Belle II実験はB中間子と反B中間子のみに狙いを定めて粒子を生成させているので、B中間子崩壊の全ての生成粒子を測ることができるという強みがあります。Belle II実験のデータが出てきて、私たちの計算手法を実験結果と比較できるようになるのを心待ちにしています。やれること、やるべきことはたくさんあります。」と多岐に渡る研究の発展への意気込みを聞かせてくれました。
今回の論文について、Belle II実験のスポークスパーソンを務める飯嶋徹 教授(名古屋大学素粒子宇宙起源研究所/KEK素粒子原子核研究所)は、「橋本さん達の成果は、我々が進めている SuperKEKB/Belle II実験にとって重要なものです。この実験では、B中間子の崩壊を超精密に測定することで、標準理論からのズレとして現れる新物理の効果を探ろうとしていますが、そのためには、実験の精度だけでなく、理論計算の精度を上げることが必要です。実験と理論がこのように協力することによって、新しい発見に繋がれば素晴らしいと思います。」とコメントしました。
用語解説
注1. クォークとレプトン
素粒子は、物質を構成する粒子と力を伝播する粒子、そしてヒッグス粒子に分類できます。この内、物質を構成する粒子には3つの世代があり、クォークとレプトンのグループに分けられます。中でもボトムクォークは第3世代のクォークの一つで、物質を構成する素粒子の中でトップクォークに次いで重い素粒子です。クォークの分類については図2をご参照下さい。
注2. 中間子
クォークと反クォーク(クォークの反粒子)が結合した粒子。中間子には様々な組み合わせがあり、B中間子は反ボトムクォークとアップまたはダウンクォークが結び付いたものです。この他に、例えばチャームクォークと反アップクォークまたは反ダウンクォークが結びついたD中間子や、アップ、ダウンクォークとそれらの反クォークで主に構成されるパイ中間子などがあります。
注3. 強い相互作用と弱い相互作用
この世界にはたらく力は重力、電磁気力、強い相互作用(強い力)、そして弱い相互作用(弱い力)の4種類に分類する事ができます。強い相互作用はクォーク同士を結び付けて陽子や中性子、さらには原子核を形成します。この時強い相互作用を媒介するのがグルーオンと呼ばれる素粒子です。
一方、弱い相互作用は原子核のベータ崩壊(電子を出す崩壊反応)や中性子、パイ中間子などの粒子を崩壊させる力です。この力はとても弱いので日常生活で感じることはできません。弱い相互作用を媒介するのはWボソン、Zボソンという素粒子です。
論文情報
- 雑誌名
- Phys. Rev. Lett. 125, 032001 – Published 14 July 2020
- タイトル
- Inclusive Semileptonic Decays from Lattice QCD
- 著者
- Paolo Gambino and Shoji Hashimoto
- DOI
- 10.1103/PhysRevLett.125.032001
リンク
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KEK理論センター webサイト
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Belle II実験facebookページ
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Belle II実験ツイッター
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Belle II 実験 webサイト
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