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COMET実験グループ 8GeVのパルス陽子ビームをハドロン実験施設に取り出すことに成功
2018年3月8日
東海村にあるJ-PARCの加速器研究施設のグループと、COMET実験のグループが、ビームライングループの協力を得て、8GeVのエネルギーを持つパルス陽子ビームを、J-PARCのメインリング(MR)からハドロン実験施設に取り出す試験に成功しました。COMET実験は、μ粒子(μ–)から電子(e–)への稀な転換事象である「ミューオン-電子転換過程」に着目し、標準理論を超える新物理を探索することを目的としていますが、そのために必要とされる精密な測定のためには高品質のパルス陽子ビームが不可欠でした。グループとしては、今回の成功により、大きなマイルストーンをクリアしたことになります。
μ–がe–の代わりに一つだけ取り込まれたミューオニック原子中のμ–は、標準模型の枠内では、軌道上でニュートリノ2つと電子に崩壊するか、原子核に捕獲されニュートリノを放出し、世代の同じレプトンの数は反応の前後で同じになります(レプトンフレーバー保存)。しかし、COMET実験が探索する「ミューオン-電子転換過程」は、μ–がニュートリノを出さずにe–に転換するもので、レプトンフレーバー保存を破り、標準理論では発生確率が10-50以下と極めて小さいと見積もられています。しかし、超対称性理論など多くの新物理のモデルが、これより大きな発生確率を予測。スイスのPSI研究所で実施されたSINDRUM- II 実験の測定感度は10-13程度と、新物理のモデルが予測する値に近づいており、μ粒子を研究する世界中のグループは「見つかれば即、新物理の発見」と期待し、お互いに凌ぎを削っています。
J-PARCを舞台に計画されるCOMET実験は、KEKや大阪大学、九州大学などの国内の大学・研究機関に加え、イギリス、中国、ロシアなど世界10カ国以上、およそ200人の研究者が参加する国際共同実験で、これまでの「ミューオン-電子転換過程」の探索に比べ、感度を大幅に向上させ、最終的には10-17の世界最高感度による探索を目標としています。
COMET実験では、J-PARCのMRで加速された陽子ビームを、ハドロン実験施設に新たに建設中のビームラインへ導き、これを新たに設置する標的に照射して、大量のπ–中間子を生成します。π–中間子が崩壊して生み出されるμ–をアルミニウム標的へ照射することでミューオニック原子を生成。もし「ミューオン-電子転換過程」が起きると、このミューオニック原子から、通常のミューオン崩壊とは異なり、ニュートリノを伴わない単一電子が放出されます。COMET実験ではこの「ミューオン-電子転換過程」から放出される電子を検出するために、MRを特別なモードで運転する必要がありました。
今回の試験では、その特別なモードでMRを運転した上でハドロン実験施設へ陽子ビームを取り出し、そのビーム性能がCOMET実験実現のための条件を満たすかどうかを確認するものでした。従来、J-PARCのMR は陽子を30GeVまで加速しますが、COMET実験ではそれを8GeVまでの加速として取り出します。また、MRでは陽子を塊(バンチ)に分けて加速しますが、従来600ナノ秒の間隔に分けられるこの陽子バンチを、COMET実験ではその2倍の1.2マイクロ秒の間隔に広げ、しかも、精度の高い測定を可能にするため、バンチとバンチの間に漏れてくる陽子の数をバンチ内の陽子数の1010分の1以下にまでに抑える必要があります。このような特別な運転モードの試験が、1月と2月に4日間ずつ行われ、満足できる結果が得られたということです。
COMET実験グループに所属する素粒子原子核研究所の西口創准教授は「陽子ビームの取り出し効率は2月の試験で97%を超え、目指していた1.2マイクロ秒間隔のバンチもうまく形成でき、さらに、バンチの間に漏れ出てくる陽子の数もバンチに含まれる陽子数に比べ10-10以下に抑えられることを確認できました。三つの試験目的の全てをクリアできたので、大成功と言えます」と話しました。
実験グループでは今後、2020年度以降に予定するPhase-I実験に向け、ビームラインの構築や測定器の組み立てなどを順次進めていく計画です。
COMET実験の二段階アプローチ
パルス陽子ビームが標的に照射され、大量に作られたπ中間子(π–)は、超伝導の捕獲ソレノイド磁石によって効率的に収集され、90度に湾曲した輸送ソレノイド中を移動しながら、そのほとんどがμ–に崩壊します。このμ–をアルミニウム製の静止標的に照射させると、アルミニウム原子のe–がひとつμ–に置き換わったミューオニック原子となり、ここから「ミューオン-電子転換過程」により出てくる105MeV/cの運動量のe–を探します。
「Phase-I」では、計画の1/4の長さの輸送ソレノイドを建設した段階でビーム計測を実施、本実験(Phase-II)で予想される背景事象の研究を行います。またこれに加え、中間感度にあたる10-15での「ミューオン – 電子転換過程」の探索を実現します。また、「Phase-II」はさらに輸送ソレノイド磁石を伸ばし、180度曲げた先に検出器を置いて実験装置を完成させ、目標である最高感度の10-17への到達を目指します。