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【特集】金や白金の起源となった天体環境を探索する〜和光原子核科学センター・短寿命核実験グループの取り組み
2017年11月7日
今から138億年前、宇宙ができた当時の元素は水素とヘリウムでした。それなのに地球上には100種類ほどの元素が存在しています。金・白金などの重い金属が、どのような天体環境で形成されたのか、というのは大きな謎です。その謎の一端に迫るのが、KEK素粒子原子核研究所が、埼玉県和光市の理化学研究所(理研)・仁科加速器研究センターに設置した「和光原子核科学センター」の取り組みです。センター長の宮武宇也教授は、こう語ります。
「ここは、いわば理研の中のKEKです。研究者、スタッフを含めて11人が常駐し、理研RI(放射性同位元素)ビームファクトリーにあるサイクロトロン加速器と、私たちが作り上げたKISS測定器を使って、安定な原子核から中性子過剰で不安定な短寿命核を作り、その寿命や質量を詳しく調べる実験をしています」
中性子数が126の”魔法数”を持つ短寿命核を作る
原子の中心にある原子核は、特定の個数の核子(陽子や中性子)があると安定となり、これを”魔法数”と呼んでいます。魔法数には2、8、20、28、50、82、126の7つがあり、原子番号(陽子の数)、または中性子の数がこれと同じ原子核は、他の原子核に比べて多くの安定同位体(同じ元素:陽子数が同じで、中性子の数が異なる)を持っていることが知られてきました。ノーベル物理学賞受賞者のウィリアム・アルフレッド・ファウラー博士ら4人の宇宙物理学者は1957年、300種類ほどの安定同位体を含む元素の由来を、宇宙の歴史や星の一生の物理ブロセスと関連づけました。しかし、そのすべてが解明できたわけではありません。
「鉄よりも重い元素の大半は、超新星爆発や中性子星同士の衝突などの爆発的な環境下で生成されたと考えられます。とくに中性子数が50, 82, 126を持つ短寿命核の寿命や質量などの基本的な性質は、この爆発的な環境がどのようなものかを決定づける手がかりとして、世界中の原子核物理学者が注目しています。中性子数が50, 82を持つ短寿命核は理研などの短寿命核施設で生成分離できるのですが、126を持つ短寿命核は生成法すら確立していない状態でした」
目的の短寿命核だけをレーザーで分離し、測定する
宮武教授の案内で、仁科加速器研究センターの地下1階に降りると、サイクロトロン加速器(RRC)に近い実験室に、KEK和光センターが設置した元素選択型質量分離装置(KISS)の一部が現れました。大人の背の高さほどの柵で囲まれた小さなエリアに、配線がたくさん出た真新しい実験装置が見えます。
説明によると、このボックスには標的のプラチナ同位体198Pt(左肩の数字は、陽子と中性子の数を足し上げた質量数)が置かれており、サイクロトロンで加速されたキセノン同位体136Xeビームやウラン同位体238Uが照射されると、陽子と中性子を多数個やりとりし、中性子を126個持つタングステン同位体200W,オスミウム同位体 202Osなどの短寿命核が作り出されます。これらを同時に生成される他の同位体から分離するため、波長可変レーザーを用いて特定の原子番号の原子だけをイオン化(共鳴イオン化法)し、磁場を用いて質量数を分離した後、一種類の原子核だけを隣の実験室にある測定器まで運ぶ作戦だということです。
「鉄より重い元素の半分は、中性子が速く連続的に取り込まれる『R過程』によって出来たと理論づけられているのですが、その実態に迫るため、光速の約15%の速度に加速された重イオンビームを標的に当てて多核子移行反応を起こし、さらに目的の短寿命核だけをレーザーで分離するというのがKISS実験の大きな特徴です」
2017年9月までの実験で、プラチナに近い質量数の短寿命核(199-201Pt、196-199Ir、195-198Os、185-187Ta)の同定、寿命測定やレーザー核分光に成功しています。宮武教授は「中性子数126の短寿命核を得るのにはあと2、3年はかかる予定ですが、それまでにレーザー共鳴イオン化の効率を高める工夫など装置の改良を続け、よい成果を出したいと考えています」と語りました。
短寿命核の質量を精密に測定するMRTOF
理研・仁科加速器研究センターと共同で進める取り組みの中に、生成した短寿命核の質量を精密に測定するプロジェクトもあります。開発したのは、多重反射型飛行時間測定式質量分光器(MRTOF-MS)という長さ1メートル弱の筒状の装置で、イオントラップで蓄積・冷却したイオンを、1対の静電ミラー電極間で数百回往復させ、その飛行時間から質量を測定します。
2012年には、8Li+を、8ミリ秒の飛行時間で150万分の1の高い精度で質量を測定できるとわかり、さまざまな短寿命核の質量の計測に威力を発揮することが期待されています。このMRTOFを理化学研究所で開発した和田道治教授、ピーター・シュリー助教も現在は和光原子核科学センターの一員で、超重元素を含む短寿命原子核の網羅的質量測定を目指した研究が進行しています。その一環として、KISS実験装置に設置するMRTOFも整備しています。
宮武教授は「短寿命核の質量を精密に調べると、原子核内に陽子や中性子を束縛している強い力(核力)の性質がわかります。多様に変化する原子核の構造を調べるうえで欠かすことができない装置なのです」と話します。
R過程は、超重元素にまでおよぶ重い元素を生成した過程だとされています。そこでの核の性質を知るために、MRTOFによる超重元素の精密質量測定を視野に入れた研究・開発が進んでいます。
中性子星の衝突・合体を初観測 研究チームへの期待
「中性子星、合体で、米欧チーム初観測 重金属の謎解明へ一歩」、「金やプラチナ大量生成か 中性子星合体の重力波観測で」———。
2017年10月17月、こんな大きな見出しが新聞に出たのを覚えているでしょうか。アメリカとヨーロッパの研究グループが、中性子星が衝突・合体した際に出た重力波を、光やエックス線などの電磁波とともに観測したと発表したのです。ブラックホールの衝突・合体から初めての重力波が観測され、その成果に対して2017年ノーベル物理学賞が授与されると発表された矢先のことで、まさに重力波天文観測の本格的な幕開けを知らせるビッグイベントとなりました。
米国の観測施設「LIGO」と欧州の観測施設「Virgo」の両チームが、地球から約1億3千万光年離れた場所で起きた中性子星同士の合体から生じた重力波を検出したのが、8月17日。その後、全世界の天文観測者の協力体制で観測が続けられ、合体で生じたX-線、電磁波、赤外線の観測に相次いで成功したのです。この観測から、どれくらい重い元素がどのように生成されたのか、そのメカニズムの一端が初めて明らかになるものと期待されています。1950年代に生まれたR過程のシナリオが、その真の姿を見せ始める時代に入った、とも言えます。
宮武教授は「中性子星の衝突・合体のような爆発的天体環境では、短寿命核が関与する反応が進んでいます。そこから放出されるX-線や電磁波、赤外線の情報には、重い元素がどのように作られたのか、中性子衝突がどのように進むのかを理解するためのヒントがたくさん詰まっています。地上実験で得られる短寿命核の知識をフルに動員することで、天文観測から得られたデータを読み解き、中性子星衝突・合体のメカニズムとともに、そこでのR過程の実像を明らかにしていきたいですね」と語ります。そして「これからは原子核物理、宇宙物理、天文観測の強力な連携研究が、R過程を引き起こす起源天体の全貌を解明していく時代なのです」と、将来の研究を展望しました。
【宇宙における元素の起源とKISS実験を巡るこれまでの経緯】
- 4人の物理学者による恒星内部で元素の合成がどのように進むかを概説する論文で、非常にゆっくりと中性子が取り込まれ、ベータ崩壊を繰り返して原子番号を増やす「S過程」と、爆発的な反応で同様の状況を生む「R過程」で作られる重元素同位体の表が発表される。マーガレット・バービッジ博士, ジェフリー・バービッジ博士, ウィリアム・アルフレッド・ファウラー博士, フレッド・ホイルの4博士の頭文字から「B2FH論文」と呼ばれる。
- 原子核の核模型の提案と魔法数の発見などの成果により、マリア・ゲッパート=メイヤーとヨハネス・ハンス・イェンゼン両博士がノーベル物理学集を受賞。
- 元素の生成に重要な原子核反応に関する理論・実験的研究などの成果により、ウィリアム・ファウラー博士がノーベル物理学賞を受賞。
- 小柴昌俊博士らカミオカンデ研究グループが超新星爆発により発生したニュートリノを世界で初めて観測。
- 理研、GSI(ドイツ)、GANIL(フランス)、MSU(アメリカ)が競って不安定核物理の研究を進める。
- KEK前身の旧東京大原子核研究所で、オンライン質量分離器(ISOL)と重イオン線形加速器を組合せた短寿命核分離加速実験装置をE-arena開拓研究として実施。KEK移行後も東京大原子核科学研究センターとKEK田無分室の共同研究として1999年まで継続。
- J-PARCの第1期建設が開始される。
- 短寿命核分離加速実験装置を東海村・原研のタンデム施設へ移設。新開発のウラン核分裂片ビーム供給用チャージブリーダーを組み込み、KISS前身のTRIAC(Tokai Radioactive Ion Accelerator Complex)が完成する。
- 小柴昌俊、R.デービスJr.らともにノーベル物理学賞を受賞。
- 高周波イオンガイド法による高速短寿命核のイオントラップに成功(理化学研究所)
- 理研の研究チームが113番元素の合成に成功 (2016年11月、IUPACに命名権が認められ、「Nh」(ニホニウム)と正式発表される)。
- 東海キャンパス発足とともにTRIACによる共同利用実験を実施(〜2011年)。
- 理研仁科加速器センターでRIBFが本格稼働を始める。
- TRIACで得られた天体における元素合成実験の成果などを元に、KISS(KEK Isotope Separation System) projectを提案し、国際レビューでも高評価を受ける。
- J-PARCが稼働を始める。
- KISS projectとして、理研・仁科加速器センターにKISSの設置を始める。
- TRIAC実験装置を有効利用のため韓国KAERI研究所に移管。
- MRTOF質量分光器による初の短寿命原子核の質量測定成功RIKEN理化学研究所の2013年7月17日付けブレスリリース
- KISSの基本性能を確認
- 理研内に和光原子核科学センターが発足
- 中性子魔法数126で構成された未知原子核の生成法を確立KEK 高エネルギー加速器研究機構のプレスリリース
- 1回目のKISS実験を行う。
- MRTOF質量分光器による超ウラン元素(Es, Md)の質量測定に成功。
- 2回目のKISS実験を行う。
- 3回目のKISS実験を行う。 2017年10月 米国の観測施設「LIGO」と欧州の観測施設「Virgo」の両チームが、中性子星の衝突・合体による重力波を世界で初めて観測したと発表する。