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メンデレビウム同位体を始め6個の超ウラン元素同位体の直接質量測定に初めて成功-質量測定による新超重元素の質量数、原子番号の決定に道筋-
2018年3月29日
高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所(和光原子核科学センター)、理化学研究所・仁科加速器研究センター、九州大学大学院理学研究院・物理学部門などを中心とする国際共同研究グループ※は、原子番号Z=101番のメンデレビウムの同位体4個およびアインスタイニウム、フェルミウムの計6個の超ウラン元素※1同位体の直接質量測定に初めて成功し、さらにこのデータから、超重元素のマイトネリウム(Z=109)までの7つの超重元素同位体の質量を間接的に決定しました。
これまでは崩壊に伴うα線の観測だけに頼っていた超重元素の存在確認に、精密質量測定という新たな手法が有効であることを示す成果で、現代物理学の最も大きな課題の一つとされる「安定の島」※2にある未知の超重原子核の探索実験に有効な手法となることが期待されています。
本研究の成果は、物理学の国際的な専門誌である「Physical Review Letters」に掲載されました(電子版は米国時間の4月10日付け)。
原子核の特性のうち、もっとも重要な量が質量です。全ての原子核は、その構成要素である陽子、中性子をバラバラに測定した合計よりも1%程軽くなっており、その差が原子核の結合エネルギー※7に相当します。質量は安定性、すなわちその原子核の寿命・崩壊様式を決める量なのです。
原子番号100以上の元素において、これまで質量測定されたのは、ドイツの重イオン研究所(GSI)においてSHIPTRAPという装置を用いて行われたノーベリウムとローレンシウムの計6個の同位体だけです。SHIPTRAPでは、イオンを静磁場中に閉じ込めてその磁場と質量の比によって決まる固有振動数を共鳴的に測定する装置(ペニングトラップ質量分析器※8)で、質量を決定しました。この装置は、極めて高い精度で質量を決定することができますが、高い精度を得るためには1秒程度の“共鳴”させる時間が必要です。さらに質量スペクトルを得るには、共鳴周波数をスキャンする必要があり、最低100個程度のイオンが必要になります。
本研究グループは、短時間(数ミリ秒程度)の飛行測定でしかも少数個のイオンでも質量を決定できる、多重反射型飛行時間測定式質量分光器(MRTOF-MS)を開発してきました。対象とするイオンを、1対のミラー電極の間を145回程度往復させてから取り出し、入射時から検出されるまでの総飛行時間から質量を決定する仕組みで、質量決定のための校正用イオンを同条件で同時に測定する仕組みを有しています。この装置は生成率の極めて低い原子核の長時間にわたる測定でも、正確に質量を決定する能力を持っており、世界に先駆けた成果につながりました。この装置を使えば、最低2個のイオンでも質量数を決定することが可能です。
今回の実験は2017年1月、理化学研究所(和光市)にある仁科加速器研究センターのRIビームファクトリー(RIBF)※9で、重イオン線形加速器(RILAC)から気体充填型反跳分離器(GARIS-II)を用いて行われました。この装置の兄弟機であるGARISは、原子番号113番の超重元素ニホニウムの合成で知られています。
実験は、冷たい融合反応あるいは熱い融合反応によって生成・分離された稀少な超ウラン元素同位体ビームを、本研究グループが発明した技法である高周波カーペット式冷凍ガスセル装置を用いることによってイオントラップに捕集し、MRTOF-MSで質量測定しました。この結果、246Es(アインスタイニウム、Z=99)、 251Fm(フェルミウム、Z=100)、 249Md、 250Md、 251Md、 252Md(メンデレビウム、Z=101)、 254No(ノーベリウム、Z=102)の7種の原子核質量を直接決定。このうち、246Es、 249Md、 250Md、 252Mdは世界で初めて実験的に直接質量を決定したことになります。また、251Fm、 251Mdの質量はこれまで間接的にしか得られていませんでしたが、初めて質量を直接、決めることができました。
さらに、今回測定した原子核をα崩壊の娘核とする親核の253Lr, 254Lr(ローレンシウム、Z=103)、257Db、258Db(ドブニウム、Z=105)、261Bh、262Bh(ボーリウム、Z=107)、266Mt(マイトネリウム、Z=109)までの7種の原子核質量を各々のα崩壊エネルギーを元にして、間接的ではありますが初めて実験的に決定することができました。
この実験で得られた質量データは、メンデレビウムとローレンシウム同位体において、中性子数152が準魔法数※6であるという仮説を支持しており、また、幾つかの超重元素領域の理論的質量予測モデルと比較し、この領域の原子核における理論予測モデルの適否を確認できました。
本研究の成果により、熱い融合反応による超重元素同位体、具体的にはモスコビウム-288及びニホニウム-284の精密質量測定から質量数と原子番号を物理的に決定する実験の可能性及び重要性を示したことになります。
また、理論で予言されるものの、まだ未知の存在である「安定の島」の原子核が、どこにあるか(陽子数と中性子数が幾つか)、どうやって生成するかという謎にも迫ることができると期待されます。この予言の精度を高めるためには、重い原子核の質量の系統的測定が必須です。本研究を発展させ、より多くの重い原子核の直接質量測定を実行することが期待されます。「安定の島」へ近づくと、原子核反応で生成できる確率が極端に小さく、生成できたとしても寿命が年単位になるほど安定していることが予想されます。MRTOF-MSはそうした「声を出さない」原子核でも捉えることができる装置であり、ニホニウムに続く命名権獲得につながる日本発の「新元素」発見への強力な武器になるかもしれません。
原子核の数は、自然界にあるものと実験室で生成されたものを加え、約3300個ありますが、これまでに質量が直接または間接的に求められているのは約2300個に過ぎず、残りの約1000個は分かっていません。同研究チームでは、2017年度から2021年度まで、日本学術振興会(JSPS)の科研費・特別推進研究「革新的質量分光器を用いた重元素の起源の研究」で、これら未知の原子核を含む1000核種の質量を測定しようと取り組んでいます。
【用語解説】
※1. 超重元素(冷たい融合反応、熱い融合反応)
一般には、ローレンシウム(Z=103)より原子番号の大きな元素を超重元素と呼ぶ。自然には存在せず、加速器を用いた反応によってZ=118のオガネソンまで生成されてきた。新しい超重元素の発見は、原子核の存在限界を探索する大きな研究テーマとなっている。これまで、Z=104-113番までの超重元素は、安定同位体である鉛(Z=82)やビスマス(Z=83)等を標的にして、安定同位体ビームとの比較的低い励起状態の融合反応である“冷たい融合反応”を用いて生成されてきた。標的・ビーム共に安定な同位体の融合であるため、陽子数に較べて中性子数がそれほど大きくない核が合成される。例えば、理化学研究所で合成されたニホニウム278Nhは陽子数113個に対して中性子数165個である。この冷たい融合反応で生成された超重元素の同位体の特徴は、短い時間に連続的にα崩壊して、よくわかっている原子核に到達することであり、原子番号および質量数の同定を正確に行えることである。しかしながら、原子番号が大きくなると寿命も短く、生成確率が極めて低くなり、Z=114番元素以上の生成は非現実的である。一方、不安定核であるアクチノイド(Z=89から103までの元素であるアクチニウムからローレンシウムの元素グループの総称)を標的にした比較的励起エネルギーの高い融合反応(熱い融合反応)を用いると、より中性子数の多い同位体をより高い生成率で合成できる。実際、ロシアとアメリカの共同研究グループは、アメリシウム(Z=95)とカルシウム(Z=20)ビームを用いてモスコビウム(Z=115)およびそのα崩壊の娘核としてニホニウム(Z=113)を合成している。このニホニウムは、理研が合成したニホニウムより6個も中性子数が大きな同位体であり、生成確率はおよそ1000倍も大きい。この「熱い融合反応」による超重元素も、連続的にα崩壊するが、最後に自発核分裂して既知の原子核に繋がっていないという困難があり、合成核種の同定には不確かさがあるとされている。Z=119、120という新超重元素に到達するには”熱い融合反応“を用いるしか無いため、その合成核種の質量数および原子番号を物理的に決定する方法の確立が大いに期待されている。
※2.安定の島
原子核には、水素からウランまで天然に存在する安定あるいは準安定な同位元素と比較的短寿命な同位体があり、人工的にいくつかの超ウラン元素同位体も合成され、存在可能なことが分かっている。このような重元素位体は、単純な原子核モデルでは存在を説明できないが、魔法数に代表される「殻効果」でより結合エネルギーが高まり、存在できていると考えられている。その考えをさらに重い原子核に適用すると、次の魔法数があり、今日では全く知られていない安定な超重原子核が予言されている。これらの原子核は既知の原子核と繋がっていない“飛び地”のような領域にあると予測されることから、「安定の島」と呼ばれ、その探索は現代物理学の大きな課題のひとつである。
※3. RIビームファクトリー(RIBF)
水素からウランまでの全元素の不安定原子核(RI)を世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とした次世代加速器施設。施設は、RIビームを生成する「RIビーム発生系施設」と、生成された RIビームの多角的な解析・利用を行う「基幹実験設備」で構成される。RIビーム発生系施設は、2007年3月に完成し、2007年6月には新同位元素125Pd(質量数125のパラジウム同位体)の生成に成功。RIビームは、原子核の構成メカニズムおよび元素の起源の解明に有用であるとともに、RI利用による産業発展に寄与することが期待され、ドイツ、アメリカなど世界の主だった重イオン加速器施設でも次世代加速器施設の整備が計画され、国際的にも熾烈な開発競争を展開している。
※4. 気体充填型反跳分離器(GARIS)
目的の原子核を、入射ビームやバックグラウンドとなる粒子から、高効率・超低バックグラウンドで分離する装置。ヘリウムガスの充填により、目的とする核が標的膜からどのようなイオン価数で飛び出してきても、収集することができる。理研のGARISは、113番元素ニホニウムの合成に成功している装置である。 GARIS-IIはGARISの改良版でより高効率で反応生成物を捕集できる装置であり、とりわけ熱い融合反応による超重元素に適している。これを用いて現在119番元素の合成実験が進行している。
※5.MRTOF-MS(多重反射型飛行時間測定式質量分光器)
イオントラップで蓄積・冷却したイオンを、1対の静電ミラー電極間で数百回往復させ、その飛行時間から質量を測定する装置。イオンを蓄積・冷却するトラップ、イオンを往復させる1対のイオンミラー、および検出器から構成される。数ミリ秒間トラップの中でイオンを冷却し、トラップから1500 V程度の電圧で引き出し、イオンミラー間に導入し、ミラーの間で加速・減速を繰り返しながら、何回も往復したあと、あるタイミングで出口側のミラーの電位を下げ、飛び出したイオンが検出器に入る到着時刻を測定する。トラップから引き出した時刻からこの検出されるまでの「飛行時間(TOF)」は、等しいエネルギーで飛行させれば、質量の平方根に比例することから、質量が精密に分かっている校正用のイオンと飛行時間を比べることにより、目的のイオンの質量を決定することができる。
イオンミラーで1回だけ反射させて質量を測定する装置は古くから使われていたが、より高精度の測定を実現するため、ミラー間を数百回往復させる方式が1990年代初めに、研究グループの一員であるウォルニック(Wollnik)氏(当時ドイツ、ギーセン大学教授)らによって考案されていた。 和田教授が率いていた理研の低速RIビーム生成装置開発チームは、この多重反射型飛行時間測定式質量分析法を応用し、加速器施設で生成される高エネルギーRIビームの質量測定が可能なオンライン質量測定装置として開発。寿命が100ミリ秒以下という短寿命原子核や重い原子核の質量測定でも、150万分の1の精度で質量を測定できるメリットがあることを実証し、2013年7月に報道発表していた。
※6. 魔法数と準魔法数
原子核は原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のとき閉殻構造となり安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、20、28、50、82、126が古くから知られている。1949年にマリア・ゲッパート=メイヤーとヨハネス・ハンス・イェンゼンが、大きなスピン-軌道相互作用を導入することによって魔法数を説明し、1963年にノーベル賞を受賞した。その後、理研等での実験によって中性子過剰な原子核では、魔法数20、28が消失し、新たな魔法数16、34が出現することが報告されている。準魔法数は原子核の変形などの効果により周辺の原子核に較べて安定な性質を示す、魔法数に準ずる性質を持つ核子数であり、中性子数152、164等が提案されている。
※7.原子核の質量数と質量、結合エネルギー
ある原子の質量数は、原子核に含まれる陽子数と中性子数の総和。 原子の質量は、構成している陽子数と陽子の質量の積と、中性子数と中性子の質量の積と、電子の数と電子質量の積を単純に足し算した値に比べて小さい。この「消えた」質量を質量欠損と呼び、アインシュタインのエネルギー・質量等価原理 E=mc2によって、エネルギーの単位で表したものを結合エネルギーと呼んでいる。 この結合エネルギーを近傍の原子核と比較することにより、安定か不安定かが決定される。例えば、セシウム137(137Cs)の質量は136.907089 u (uは原子質量単位)で、同じ質量数を持つバリウム137(137Ba)の質量(136.905827 u)より大きいため不安定で、このため137Csは0.001263 u分のエネルギーを放射線として発して137Baに壊変する(半減期30年)。一方、137Laの質量は、136.906493 uと137Baに対してわずか0.000666 uしか重くないため137Baに壊変するものの、その半減期は6万年である。 原子質量基準・・・国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)と国際純正・応用化学連合(IUPAC)で規定された原子質量単位は、炭素の同位体原子(12C)の質量を12uとすると定義されている。
※8. ペニングトラップ質量分析器
磁場中にトラップされたイオンの固有振動数(サイクロトロン振動数と呼ばれ、質量に反比例する)から、イオンの質量を高精度で決定する装置。振動数を精密に測定するために、その周波数の電波を印加し、共鳴現象をなんらかの方法によって検出する。一般に短寿命原子核の質量測定に使われている方法は、0.1秒から1秒程度の時間電波を印加し、その共鳴によって飛び出したイオンの速度が変化することを利用して共鳴を検出する。質量の測定精度は電波の印加する時間に比例し、質量に反比例するため、安定な原子核や比較的寿命が長い原子核では、1億分の1という高精度で質量測定が可能。一方、短時間しか電波を印可することができない短寿命原子核や、重い原子核では不利になる。
※9. 低速RIビーム生成施設(SLOWRI)
RIBFの基幹実験施設の1つであり、2013年度から整備が開始された。RIBFの超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)で生成されるあらゆる元素の高速(光速の40%以上)のRIビームを減速・冷却し、高純度かつエネルギーのそろった低速(光速の1000分の1以下)のRIビームに変換する装置。減速冷却する機構は「高周波イオンガイド法」と「共鳴イオン化法」を用いており、プロトタイプ装置において不安定核イオンのレーザー冷却・分光や質量測定に成功している。本研究で用いた高周波カーペット式冷凍ガスセル装置は、第2プロトタイプに相当する。短寿命核の網羅的精密質量測定のほか、レーザー分光による短寿命原子核の半径や電磁モーメントの測定も計画されている。
※10. 核異性体準位
構成する陽子と中性子の数が同じ原子核には、その核構造によって最も安定なエネルギー準位(基底状態)の他に、ある程度の寿命を持つ準安定な励起エネルギー準位が存在する場合がある。準安定な励起エネルギー準位のことを核異性体準位と呼ぶ。
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プレスリリース本文
論文情報
- 雑誌名
- Physical Review Letters
- タイトル
- First Direct Mass Measurements of Nuclides around Z=100 with a Multireflection Time-of-Flight Mass Spectrograph
- 著者
- Y. Ito, P. Schury, M. Wada, F. Arai, H. Haba, Y. Hirayama, S. Ishizawa, D. Kaji, S. Kimura, H. Koura, M. MacCormick, H. Miyatake, J.Y. Moon, K. Morimoto, K. Morita, M. Mukai, I. Murray, T. Niwase, K. Okada, A. Ozawa, M. Rosenbusch, A. Takamine, Y.X. Watanabe, H. Wollnik, S. Yamaki
- DOI
- 10.1103/PhysRevLett.120.152501