2010年11月4日
世界では、今この瞬間にもいろいろな実験が行われていて、次々と新しい結果が報告されています。そういった実験から生まれる膨大な数の最新の測定値がまとめられている場所があります。
米国や日本、イタリア、スペイン、ロシアの各国の関係機関と欧州合同原子核研究機構(CERN)の出資による、最新の物理結果を配信するパーティクル・データ・グループ(PDG)のサイトです。素粒子物理分野を中心に、宇宙論や宇宙物理学分野のデータもここに集められています。
収集されたこれらのデータは、偶数年に発行される書籍「Particle Data Book(素粒子データブック、あるいはRPP:Review of Particle Physics)」に記載されています。この書籍は1340ページにも及ぶ、いわば「素粒子大図鑑」。それぞれの素粒子の性質が一目でわかるようになっていて、素粒子の質量や崩壊過程などの詳細データや、注目のトピックについてのレビューも記載されています。これらの情報はまた、PDGのホームページ(図1)からも見ることができます。
例えば「電子」の性質を調べたいときは、トップページの"Particle Listing"から入って、"LEPTONS (e, mu, tau, neutrinos, heavy leptons ...)"に入り、"electron"を選びます。そこは、電子のいろいろな性質に関する測定値のページとなります。"electron"の見出しのすぐ横に"J=1/2"と書いてありますが、それは電子がスピン1/2の粒子であることを示すものです。ちょっと下の方を見ると、MeV/c2という単位で計ったときの電子の質量の値、0.510998910±0.000000013という数字が見つかります。(図2)
画像提供:パーティクル・データ・グループ
MeVというのは、メガ電子ボルト=100万電子ボルトのことです。アインシュタインの有名な方程式、E=mc2は、エネルギーと質量が等価であることを表しています。この式を使うと、エネルギーの単位「電子ボルト」を光の速度「c」の二乗で 割れば、それは質量(m)になります。この質量の換算係数もこのホームページで探すことができます。トップページから"Reviews, Tables, Plots" に入り、"Constants, Units, Atomic and Nuclear Properties"の中の"Physical Constants (Rev.)"に行くと、
1 eV/c2 = 1.782 661 758(44)×10-36kg
という式が載っています。これを使って計算すると、0.9109382×10-30kgという電子の質量を導き出すことができるのです。注目すべきは、上記の電子の質量の桁数です。有効数字は、なんと7桁。こんなに精度よくどうやって測定するのでしょう? PDGには、測定値のみではなく、その測定を行った実験の論文も紹介されています。先ほどの7桁の電子の質量は、それまでに行われた電子の質量に関する測定値を平均して得た値で、プレプリントサーバー※に投稿された"CODATA Recommended Values of the Fundamental Physical Constants:2006."という題名の論文(arXiv:0801.0028 Peter J. Mohr, Barry N. Taylor, and David B. Newel)に掲載されていたものです。その平均値のもととなる個々の測定についても記述があります。その一例は、炭素イオン12C+5に捕獲された電子のラーモア振動数とサイクロトロン振動数との比較から得られた値「0.510998901±0.000000020」。これは、Thomas Beierらが行った実験で、学術論文誌Physical Review Lettersの2001年の88巻の011603に発表されたものです。このような実験が積み上げられて、極めて精密な数字が計算されていくのです。
KEKで行った実験の値も、もちろん載っています。例えば、トップページの"Particle Listing"から、入って、"LEPTONS (e, mu, tau, neutrinos, heavy leptons ...)"に入り、今度は"Neutrino Mixing(ニュートリノ混合)"に入ります。(図3)
写真提供:パーティクル・データ・グループ
これは加速器によって作られたミューオン・ニュートリノ(νμ)が移動したときにミューオン・ニュートリノとして観測される割合を示したものです。最初の値、0.71±0.08が、2006年にKEKからスーパーカミオカンデにミューオン・ニュートリノを打ち込んだK2K実験によって得られた値です。
KEKととても関係の深い粒子のひとつが「B中間子」です。"Particle Listing"から、"MESONS (pi, K, D, B, psi, Upsilon,…)"へ、"BOTTOM MESONS(B = +-1)"から"B0"に入ります。B0は反bクォークとdクォークからできているB中間子のひとつです。このページには、B0中間子の質量や、平均寿命、想定される400以上のパターンの崩壊先の情報、CP対称性の破れに関する測定量など、数々の測定量が記載されています。そしてここには、KEKで行われたBelle実験による300個以上の測定量が紹介されています。他のB中間子、例えば、B±(反bクォークとuクォークからなる中間子)のページにもBelle実験が得た値がたくさん載っています。
画像提供:パーティクル・データ・グループ
つぎに、PDGサイトにあるPDFファイルから2つの図を持ってきました。
図5は、粒子の質量の測定値が歴史的にどう変わってきたかを示すものです。最初の実験はその質量を1806± 20 MeV/c2と報告しました。2番目以降はだいたい1784±4 MeV/c2。そして結局現時点でのベスト値は1776.84±0.17 MeV/c2となっています。
図5をみるとずいぶんと質量の値が変わってきているように見えます。でも、実は中央値の次の誤差の値に注目しなければいけません。最初の値には 20MeVという誤差がついていますが、その意味は、粒子の質量の真の値は95%の確率で、1766 MeV/c2(=1806-2×20)と1846 MeV/c2(=1806+2×20)の間にあるだろうということです。最新の値、1776.84±0.17 MeV/c2はその中に入っていますから、の質量の測定は一貫して矛盾なく、そして精度がどんどんとよくなっていることを示しています。
一方、図6も、やはり測定値の歴史的推移を示していますが、今度は中性子の平均寿命の測定に関してです。60年代にはだいたいどの測定も1110±30秒ということでした。ところが70年代に入ってひとつの実験がそれまでの測定値とやや異なった値を発表すると、920±15秒あたりとなりました。現 在は885.7±0.8秒ということになっています。
粒子の質量のときのように測定誤差を考えても、最初の1110秒と885.6秒とでは、約225秒の違いがあり、これは1110秒の時の誤差30秒の7倍もあります。統計的にはこんなに中央値が変わってしまう確率はものすごく小さいことになります。今となってははっきりとはわからないのですが、 60年代の測定にはなにか系統的な測定誤差があったのかもしれません。
この2つの例は以下のような点でとても教訓的で、たぶん、そのためにPDGはこういった測定の歴史的推移の図を載せているのだろうと思います。
『測定値の中央値そのものは意味がなく、誤差を含めた幅をもった値のみが重要である。』
このように、PDGのホームページには、素粒子の性質に関する膨大な測定値データが載っています。秋の夜長に、ちょっと覗いてみるのも面白いかもしれませんよ。
毎週の記事のご案内をメールマガジン「news-at-kek」で配信します。
詳しくは こちら をご覧ください。