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last update:06/02/08  

   image 素粒子研究者のバイブル    2006.2.2
 
        〜 Particle Data Book 〜
 
 
  素粒子の研究者ならば誰もが必ず持っている冊子。それがParticle Data Book(素粒子データブック、あるいはRPP:Review of Particle Physics)です。素粒子の質量や崩壊過程などの詳細データや、注目のトピックについてのレビューが書いてあり、素粒子の性質が一目でわかるようになっています。データブックの作成は1957年にアメリカで始まり、日本も学術的な貢献を果たしてきました。

素粒子物理学者とデータブック

データブックには、分厚い冊子の他に手帳サイズで携帯に便利なブックレット(図1)があり、多くの研究者がいつも手元に置いています。簡単な計算が必要になったときには、ポケットからブックレットを取り出して、片手でめくりながら手計算をするのです。もちろん、詳細なシミュレーションや解析をするときにもデータブックは不可欠です。

素粒子の研究室では、使い込んで角の丸くなったブックレットをあちこちで見ることができます。冊子とブックレットは2年に1回更新され、研究者の手元に送られてきます。データブックは、国内の素粒子の研究者や大学院生にはローレンスバークレー研究所(LBL)から郵送されます。ちょうど使い込んでボロボロになった頃、新しいブックレットが届くのです。また、現在ではインターネットでアクセス可能なオンライン版も公開されています。

素粒子物理学者に不可欠なデータブック。この作成を担当しているのはParticle Data Group(通称PDG)という素粒子物理学者のグループです。(図3)LBLのメンバーが中心になっていますが、日本からも研究者がPDGに参加して貢献を続けてきました。中でもKEK-PDGと呼ばれる高エネルギー加速器研究機構(KEK)のメンバーは、日本の中で中心的な役割を果たしてきました。

「1973年当時、日本で初めての陽子シンクロトロンをKEKに建設中でした。新しい加速器を使ってπ中間子やK中間子の実験をするのに、他のグループがどのような結果をだしているのかを知ることは、とても大切だったので、他のグループのデータを整理し始めたのです」

当時、高エネルギー研究所の理論部に所属して、KEK-PDGに参加していた小柳義夫東京大学教授はこのように述べています。やがて陽子シンクロトロンが動き出し、よい結果が出てデータブックに新たに掲載されるようになりました。これは高エネルギー実験の装置を自分達で初めて持った日本のグループが、成果を世界にアピールするのによい機会となりました。

わずか1ページから始まった素粒子データの表

現在のデータブックは、約1000ページからなる大きな冊子です。しかしデータブックの原型である“ローゼンフェルト*のレポート”の中の素粒子データの表は、わずか1ページの短いものでした。このレポートが書かれた1957年頃は、次々と新しい粒子が発見されていた時代でした。そのため、まずは粒子を正しく分類することが、学問上とても大切だったのです。

「私が学生だったころの素粒子の教科書には、巻末にPDGのデータブックから抜粋した素粒子の表がついていたんですよ」

こう説明するのは、すでに10年以上PDGに貢献している中村健蔵KEK教授です。中村教授が学生時代に受講したある授業では、PDGのデータブックからとった図表が配られ講義に使われたといいます。

「今では私も、自分で授業をするためにも重宝しています」
という中村教授は、データブックには最新の素粒子物理学の情報が詰まっているので、これが一冊あれば、素粒子の説明がもれなくできると言います。データブックは、ただ単なるデータの羅列ではなく、それだけで素粒子物理学という学問分野全体を覆うことができる貴重な教科書でもあるのです。

*M.Gell-MannとA.H.Rosenfeldが執筆したレビュー(図4)を元に、RosenfeldとW.H.Barkasが作成したレポート(図5)。

発展するデータブック

どのデータを掲載するか。多くの実験結果や理論研究者の計算結果から、掲載データを選ぶことは、悩みの多い仕事だと言います。とにかく漏れがないように細心の注意が払われ、学問を推し進めていると判断した結果を掲載するようにしているといいます。

年に1週間ほどはPDGのために作業をする、という中村教授は
「データの抽出には3段階のステップがあります」
と説明します。まず1段階目で、新しいデータが掲載されている論文を抜き出します。次の2段階目は論文を読んで、有用なデータを抜き出しデータベースに追加する作業です。PDGに参加している研究者の多くは、自分の研究の経験を生かし、この2段階目の作業に貢献するのだそうです。

最後の3段階目に、データ全体を把握し、評価して、同じものを測定した異なる実験結果の値を、統計的な手法に従って平均化する作業があります。

「いくつもの実験グループが異なる結果を出したとき、皆が異なる数字を使って計算するようでは困るからです」(中村)

この作業は主に、LBLでデータブックの作成を専門にしている研究者によって行われます。この目的のため、PDGは早くからデータの統計処理の計算手法を開発し、素粒子データの取りまとめで指導的役割を果たしてきました。

PDGの活動は数多くのデータを、研究者が便利で使いやすくするために始まりました。しかしデータブックは単なるデータベースではなく、世界の素粒子物理学者の間で共通の学問体系を生み出したという点で、他にはないものです。

素粒子物理学を学ぶ学生は、初めて自分のブックレットを持ったときに、自分も素粒子の研究をするんだ、という感慨を得るものです。それは、このような脈々と続く学問の潮流を、手のひらサイズのブックレットに感じるからかもしれません。

(サイエンスライター  横山広美



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→The Review of Particle Physicsのwebページ(英語)
  http://ccwww.kek.jp/pdg/
→高エネルギーニュース「Particle Data Book」(PDF)
  http://www.jahep.org/hepnews/2005/
            Vol24No2-2005.7.8.9hikasa.pdf


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[図1]
手帳サイズのカラフルなブックレット。2年ごとに新しいブックレットが送られてくる。右側が最新のブックレット。
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[図2]
ローレンスバークレー研究所から2年に1度送られてくる分厚い冊子は、素粒子の最新情報を満載した総合カタログ。
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[図3]imagePDG
2000年に行われたミーティングに、世界中から集まったPDGメンバー。
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[図4]
"ローゼンフェルトのレポート"が掲載されている学術雑誌「Annual Review of Nuclear Science」の1957年版。KEK図書室所蔵。
拡大図(40KB)
 
 
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[図5]
Particle Data Bookの原点となった1957年のGell-Mann氏とRosenfeld氏の論文が出版されるまでの間に、Barkas氏とRosenfeld氏は「UCRL-8030」という報告書で粒子の質量と平均寿命の表をまとめた。図はCERN研究所の図書館のデータベースで「UCRL-8030」を検索した様子。
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[図6]
国際ネットワーク回線がまだ遅かった時代に各国の研究者は自国のミラーサイトを利用していた。図は1997年にスタートしたKEKのPDGミラーサイト。
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