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一番か負けか、導電性の解明をめぐる競争

2011年8月4日

サイエンスの現場では一番であることが、厳しく求められます。研究者は一番乗りを目指して日々、熾烈な争いをしているのです。最近、フォトンファクトリー(PF)を利用して大阪大学の若林裕助(わかばやし・ゆうすけ)准教授のグループによって絶縁体界面の面白い性質が解明されました。この解明も裏では研究者同士による一番争いが繰り広げられていたのです。

2004年の1月、二種類の絶縁体、アルミン酸ランタン(LaAlO3)とチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の接合面(界面)が電気を通すことが、ベル研究所の大友明博士(現・東京工業大学教授)とハロルド・ファン(Harold Y. Hwang)博士(現・スタンフォード大学教授)によって報告されました。絶縁体とは電気を通さない物質のことです。にもかかわらず、異なる絶縁体同士を合わせた界面では電気が通るというこの発見は、大変な衝撃を世界中に与えました。なぜこのようなことが起こるのか、世界中で調べられました。さまざまな作製法で作られた試料が調べられた結果から、界面に導電性が現れるには、条件があることがわかりました。
(1) LaAlO3を蒸着するSrTiO3基板の最表面にTiO2層が露出している場合は電気が流れるが、SrO層が最表面に露出している場合には電気が流れない。(図1)
(2)電気を流すためには4層以上の厚さのLaAlO3が必要である。

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図1 設計上の界面構造と導電性性
画像提供:大阪大学 若林裕助

研究開始

界面付近の構造を変えることで導電性が変わる、ということは、界面付近の構造を仔細に調べれば、何が導電性を制御しているのかが分かるはずです。2007年の夏、当時KEK物構研の助教だった若林さんは、東京大学先端科学技術研究センターの宮野健次郎教授から、"LaAlO3とSrTiO3の界面の構造を調べたら面白いのではないか"と提案されました。彼らは別の金属酸化物薄膜の研究で何年も共同研究をしており、その打ち合わせの最中での提案でした。若林さんはその2年前の2005年に、表面の構造を調べる表面X線回折という手法を用い始めたところだったのです。

薄い膜のほうが解析し易いため、導電性が出る範囲でなるべく薄い厚さ5層の界面を調べることにし、電気が通る場合(図1のn型)と通らない場合(p型)の構造を比較する事にしました。試料は当時東大に居たファン教授から送ってもらい (図2 )、あとは実験するためのビームタイムを待つばかりです。

ちょうどその頃、スイスの放射光施設、スイスライトソース (Swiss Light Source)の研究グループから一つの論文が学術雑誌Physical Review Lettersに掲載されました 。それを見た若林さんたちは驚きました。それは厚さ5層のn型界面を表面X線回折で調べた論文でした。p型との比較はないものの、若林さんが計画していた実験と、試料も、その厚さまでも全く同じ実験の結果が報告されていたのです。"やられたぁ!"という思いと、"この手法を始めて3年目の自分が、専門家と同じ実験を企画したのだから正しい方向に進んでいる"という思いの混ざった、複雑な気分であったそうです。

ともかくやる

若林さんたちは導電性のあるn型と無いp型の比較が重要だと考えていましたが、幸いスイスの研究グループは導電性のあるn型しか調べていませんでした。"一番重要なところはまだ残っている"と判断し、その後1年かけて色々な条件を整え、PFのBL-3Aを使ってデータを取りました。BL-3Aは2006年夏に建設されたビームラインで、その立ち上げ、調整は当時ビームライン担当者をしていた若林さんが中心となって行っていました。ビームラインから検出器まで全体の高度化・高安定化もこの間に行いました。

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図2 実験中の様子

画像右側の壁の奥から、放射光が導入され、試料に照射される。
右側に設置されている四軸回折計が測定に使用した回折計。
画像提供:大阪大学 若林裕助

2008年11月までに測定を終え、そのデータを解析します。その解析のため、ソフトウェアも自ら開発しました。このころ若林さんはKEKから大阪大学へ移り、学生の山本涼介さんと一緒に解析を進めました。

スイスライトソースとの競争

解析がほぼ終わりに近づいた2010年秋ごろ、スイスの研究グループの続報がウェブに掲載されました。表面X線回折法を用いて、導電性のある試料と無い試料を比較した論文でした。ただし、彼らはp型とn型の比較をしたのではなく、n型の膜の厚みを変えて解析していました。"ぎりぎりセーフ"と思いつつ、若林さんたちは解析をまとめました。その結果、電気が通るn型では、SrTiO3基板側に数ナノメートル以上の範囲で分極、つまり電荷の偏りがあるのに対し、p型では界面から1ナノメートル程度の範囲でしか分極していないということが分かりました(図3)。これは以前にNews@KEKでも紹介した「光電子分光法」という別な手法を使って界面の電子のふるまいを調べた実験結果とも綺麗に対応が付き、導電性の違いに直接対応するp型とn型の構造の違いであると明らかになりました。さらに詳細な分析を行った結果、電気を通さないp型では基板上に成膜する過程でストロンチウム(Sr)が抜けてしまう可能性が高いことが分かりました。この欠損が分極構造の違いに直結しているため、成膜法を工夫してSrが抜けないようにしたり、欠損を後から補うことで、界面の特性を制御できる可能性を示したのです。

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図3 観測された現実の構造

実際の導電界面ではLaが基板側に侵入しており、また大きな厚さ領域で分極(酸素が表面よりに動き、金属が逆向きに動いた状態)している。この分極の違いが導電性の違いを生んでいる。
画像提供:大阪大学 若林裕助

この論文をまとめている間にスイスのグループの論文が正式に掲載されました。それが2011年1月のこと。若林さんのグループが論文をPhysical Review Lettersに投稿したのが2011年2月、そして掲載されたのは2011年7月15日のことでした。研究開始から4年が経っていました。もしスイスのグループがp型とn型の比較をしていたら、そちらが先に論文になって、若林さんたちの研究は何も新しいことを報告できずに終わった可能性が高かったでしょう。一番乗りか負けかの勝負を、研究者は日々戦っています。

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