ハイライト

計算できるとわかるようになること ~スーパーコンピュータシステムが運用を終了~

2011年2月17日

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図1

加速し続けるスーパーコンピュータの性能。横軸は年、縦軸は1秒間にできる演算回数をしめす。ギガは109、テラは1012、ペタは1015をあらわす。


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図2

「大型シミュレーション研究の5年間と今後」の一こま

昔の計算機の話を始めると、経験のある人は皆それぞれに懐かしい思い出をうれしそうに語ってくれます。PC98(きゅーはち)にぺらぺらのフロッピーディスクを差し込んでがっちゃんがっちゃん音を立てながら起動させBASICプログラムを打ちこんだ話をする人もあれば、遠くの計算機にログインしてコマンドを打ちこみ、遅いネットワークのせいで何十秒もしてから画面に出てくる文字を確認して計算ジョブを投入したという人もいますが、それはまだまだ。俺なんかパンチカードでプログラムを打ちこんで大変だったとか、いやいや紙テープでやっていた頃のことを考えるとパンチカードは画期的に便利だったなどという話も飛び出します。さすがに手回し計算機の話を聞くことは少なくなってきましたが。

その頃の計算機に比べれば今の携帯ですら桁違いに高速で、大規模なメモリを備えています。それもそのはず。計算機の性能は過去30年にもわたって5年に10倍のペースでずっと向上してきました。10年で100倍、20年で1万倍、30年では100万倍と、驚くべき勢いであることがわかります。ということは、その時代で最速のスーパーコンピュータと言われた機械も、5年もすれば並みの機械になってしまうということでもあります。2006年に導入された当時は国内でも最速級の性能をもっていたKEKのスーパーコンピュータも、2011年1月31日にその役割を終え、シャットダウンの日を迎えました。KEKではこの日、5年間の成果をまとめるシンポジウムを開催し、代表的な研究グループの代表者が成果を発表しました。

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図3

量子色力学の真空に凝縮したクォーク・反クォーク対の密度を格子QCDシミュレーションで計算したもの(ヒストグラム)。クォーク・反クォークの対凝縮が起こらなければゼロになるはずのこの量が、量子色力学の相互作用のおかげでゼロでない値をもっている。波打っている赤い線は、理論的に予想される式を使って計算データに合わせたもの。クォーク・反クォークの対凝縮によって「自発的対称性の破れ」が起こり、素粒子の質量が生まれると考えられている。詳細はこちら。

計算機の性能がこれだけの勢いで向上すると、もちろんそこでできる計算も以前とは大きく違ったものになります。素粒子の大規模シミュレーションで知られる格子QCD(量子色力学)を例にとって見てみましょう。QCDというのはクォークの間に働く力に関する法則のことで、クォークが3つくっついて陽子や中性子ができるのも、クォークがグルーオンと呼ばれる粒子を交換しているおかげで、その様子を支配しているのがQCDというわけです。格子QCDのシミュレーションが始まったのは今からおよそ30年前、1980年代のことです。格子QCDでは時空を格子点に区切って、そこで波打つクォークとグルーオンを表現するのですが、初期の計算では格子点の数は(XYZの1方向に)たったの4点とか6点しかありませんでした。しかも、本来はクォークとグルーオンという素粒子がいるはずなのに、クォークのほうは計算が大変になってしまうのでとりあえず無視。それでは現実の世界のシミュレーションとはとても言えないわけですが、当時はそれが限界だったのです。以後、計算機の性能向上に助けられ、格子点の数は8、16、32、48と大きくなり、その分、連続時空を格子で区切ったことによる影響も小さくなっています。当初は無視していたクォークも、もちろんきちんと取り入れることができるようになりました。一言で言うと、30年の進歩を経て、ようやく現実世界の(陽子1個がやっと入るだけの小さな小さな体積ですが)シミュレーションが可能になってきました。

KEKのスーパーコンピュータでも、過去5年の間に、QCD真空の自発的対称性の破れを詳細に明らかにした研究や、クォークの世界の法則であるQCDを使って陽子や中性子に働く核力の計算に成功した研究など、それ以前には考えられなかったような研究が行われました。もちろんこれはKEKのスーパーコンピュータの威力と、日夜、端末(今ではノートパソコンかも知れませんね)の前で奮闘する研究者による成果です。

こうなってくると、実際に素粒子実験のなかで起こっていることを計算機シミュレーションによって再現したり、あるいは実験では直接わからないようなことでもシミュレーションを使って計算することだってできるかもしれません。実際、研究者が夢見ているのはそういうことで、例えばBファクトリーのなかで起こっている素粒子反応を計算機の中で精密に再現するといったことも次第に行われるようになるでしょう。

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図4

超弦理論の「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算した結果を温度に対してプロットした図。実線がホーキング博士の理論に基づいて計算されるブラックホールのエネルギーを表す。一般相対性理論に基づく計算が有効になる低温領域において、両者が近づいていく様子が確認された。


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図5

陽子と中性子の間の力をあらわすポテンシャルエネルギーを距離に対してプロットしたもの。(10-13cmの単位で)0.7よりも遠方では引力となり、内側では強い斥力に変わることがコンピュータ・シミュレーション(赤い点)によって明らかになった。青い曲線は湯川中間子論による予言。遠方ではシミュレーションによって再現された。

もちろん、スーパーコンピュータで計算できるのは格子QCDだけではありません。素粒子の究極理論と言われる超弦理論のシミュレーション(それもまだ非常に限られたものではありますが)を行って、ブラックホールの中の様子を調べた研究もあれば、陽子・中性子をいくつもくっつけてできる原子核の様子を近似に頼ることなく正面から計算してみせた研究が行われるなど、計算機は素粒子や原子核の世界を理解する上で加速器と同じように強力な道具に成長しました。

素粒子や原子核と並んでKEKで行われている研究のもう一つの柱である物質構造の研究でもスーパーコンピュータが使われています。物質構造の研究で面白いのは、多くの原子が集まった物質の中では、個々の原子のふるまいを眺めているだけでは予想もつかないような不思議な現象が起こることです。金属と絶縁体との違いや物質の磁性もそうだし、もっと極端な例では超伝導や超流動というびっくりするような現象も知られています。これらはすべて、物質の中の電子が集団でどう運動するかということとかかわる複雑な現象です。微視的な原子の集まりを積み上げていくことでどのように集団の現象が起こるのか。それを調べるのもスーパーコンピュータが活躍する場面です。KEKでは放射光を使った物質構造の研究が行われていますが、物質に光があたったときの様子を計算機の中で再現する。そんな研究もKEKのスーパーコンピュータで行われています。

加速器の設計や制御でもシミュレーションが活躍しています。加速器の中では膨大な数の電子が束になって何キロにも及ぶ加速器の中を光速に近いスピードでぐるぐる回っています。途中でいくつもの電磁石でその軌道を曲げられ、しかも一周に一度は反対向きに飛んでくる陽電子の束とすれ違います。それでも電子の束がばらばらになることなくまとまって飛び続けるにはどうすればいいのか。そんな複雑なことはもちろん紙と鉛筆で計算することはできません。計算機シミュレーションがあってはじめて高性能な加速器の設計や制御が可能になるのです。そこでもスーパーコンピュータが活躍しています。

さて、今回シャットダウンして引退したスーパーコンピュータですが、すでに次の機種の導入が決まっています。今年から来年にかけて、これまでのおよそ20倍の性能をもつスーパーコンピュータが順次稼働する予定です。これまで1年かけていた計算が2週間でできる計算です。時間がかかりすぎるのであきらめていた研究がどんどん進むことになるでしょう。その成果をまた紹介できるのを楽しみに待ちたいと思います。


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