2011年3月8日
東京工業大学広報センター長 大倉 一郎
東北大学多元物質科学研究所長 河村 純一
静岡大学広報室長 北川 陽子
高エネルギー加速器研究機構広報室長 森田 洋平
東京工業大学総合理工学研究科の八島正知准教授らは有害な鉛を含まない電子材料や光触媒として注目されている強誘電体※1ニオブ酸銀(AgNbO3)の結晶構造を世界で初めて解明することに成功した。ニオブ酸銀は有害な鉛を含まない強誘電体であり、優れた圧電性※2を示す。しかし、1958年の発見以来、正確な結晶構造は分かっておらず、なぜ強誘電性※1や圧電性を示すのか理解できていなかった。
今回、八島准教授は同大学応用セラミックス研究所の伊藤満教授、東北大学多元物質科学研究所の津田健治准教授、静岡大学若手グローバル研究リーダー育成拠点の符徳勝特任准教授らとの共同研究により、電子回折※3実験、収束電子回折※4実験、東京大学物性研究所共同利用による東北大学金属材料研究所の中性子回折装置を用いた中性子回折※5実験、高エネルギー加速器研究機構放射光科学研究施設に設置された多連装粉末回折計を利用した放射光X線回折※6実験、第一原理計算※7を駆使して、ニオブ酸銀の正確な結晶構造を世界で初めて解明、強誘電性と圧電性が生じるメカニズムを突き止めた。これによって原子スケールでの材料デザインが可能になり、ニオブ酸銀系で、鉛を含む材料をしのぐ性能の圧電素子※2を作るための電子材料や、光触媒の開発を促進すると期待される。
この成果は材料化学の専門誌「Chemistry of Materials」の速報「Communications」に受理され、近くオンライン版で公開される。
エレクトロニクス製品では、環境対策として有害な鉛などを含まない材料が求められており、これまでに様々な部品を非鉛系材料に置き換える研究開発が進められてきた。電気信号を機械的動作に変換する、あるいは逆に機械的動作を電気に変換する圧電素子は、インクジェットプリンターのインク射出、超音波診断装置などの医療機器の主要な部品として、様々なエレクトロニクス製品に応用されている。しかし、現在のところ、鉛を含む材料の使用が主流で、非鉛系材料への置き換えは進んでいない。
近年、鉛を含む材料に代わる非鉛系材料の候補として、ニオブ酸銀系材料が注目されている。優れた材料を開発するためには、材料の原子スケールでの正確な構造を知る必要がある。しかしながら、最も基本的な物質である強誘電体ニオブ酸銀の結晶構造は1958年の発見以来、長年にわたって未解明なままだった。そのため、なぜ優れた圧電性や強誘電性が発現するのかという理由は分かっていなかった。
(1)ニオブ酸銀の結晶構造の決定:今回の研究では、収束電子回折、電子回折、中性子回折、放射光X線回折、第一原理計算を活用することにより、強誘電体ニオブ酸銀の正確な結晶構造(図1)を世界で初めて解明した。
具体的には①ニオブ酸銀の試料を符特任准教授および伊藤教授らが作製、②その試料を津田准教授らが収束電子回折と電子回折により、空間群と呼ばれる結晶の持っている対称性が斜方晶系のPmc21※8であることを発見、③八島准教授らがニオブ酸銀試料の中性子および放射光X線回折データを測定し、得られたデータを空間群Pmc21に基づいて解析することによって、強誘電ニオブ酸銀の正確な結晶構造を解明した(図1)。さらに④八島准教授が第一原理計算によって、この結晶構造の妥当性を確認した。
ニオブ酸銀の結晶構造は、ニオブ(Nb)と酸素(O)原子が作るニオブ酸(NbO6)八面体と銀(Ag)原子から構成されているが、Ag原子とNb原子がc軸に沿って変位していることがわかった。また、NbO6八面体が複雑に回転していることが見いだされた。
(2)ニオブ酸銀の強誘電性の構造的要因と相転移のメカニズム:本研究により解明されたニオブ酸銀の結晶構造(図1の矢印)を見ると、Ag原子とNb原子がc軸に沿って変位している。この変位により、ニオブ酸銀の強誘電性が発現することが解明できた。また、高温における常誘電相から室温・低温側の強誘電相に相転移する理由も、この構成イオンの変位であることが分かった。
今回の研究は重要な電子材料であるニオブ酸銀の優れた電気的特性(圧電性および強誘電性)がなぜ生じるかという1958年以来の長年の謎を解くことに成功したもので、強誘電体ニオブ酸銀の結晶構造に関する画期的な成果であるといえる。ニオブ酸銀の強誘電相の結晶構造に関する研究は、1958年から最近まで数多くあるが、それらを否定する新しい結果であると考えられる。ニオブ酸銀の優れた電気的特性を原子スケールで解くことができたので、今後、原子スケールでの材料デザインができるようになり、ニオブ酸銀系電子材料、光触媒の開発を促進すると期待される。
八島准教授らの研究グループは、今回ニオブ酸銀の優れた特性発現のメカニズムを原子スケールで解明したのに続き、今後、同じ手法を用いることによって、ドープしたニオブ酸銀や他の強誘電体の結晶構造を研究していく。また、結晶構造に基づいて新しい材料の提案に結び付けていく方針である。
「Structure of Ferroelectric Silver Niobate AgNbO3」
図1