委員会結論要約
国際技術推奨委員会
Jean-Eudes Augustin, Jonathan Bagger, Barry Barish(議長),
Giorgio Bellettini, Paul Grannis, Norbert Holtkamp,
Jeorge Kalmus, G.S. Lee, Akira Masaike,
Katsunobu Oide, Volker Soergel, Hirotaka Sugawara
David Plane (秘書)
19 August 2004 |
1.
はじめに
素粒子物理学にとって「発見」は重要な意味を持つ。素粒子物理学の標準理論は、クォークや軽粒子(レプトン)の相互作用について、正確で定量的な記述をすることができ、数多くの実験結果によって裏付けられ、正しいものであることが分かっている。しかし、加速器を用いた実験や宇宙の観測は、この標準理論では説明しきれない現象もまた、とらえつつある。宇宙の暗黒物質や暗黒エネルギー、ニュートリノの質量などの発見は、これまで我々が理解してきた物理の先にさらに新しい物理が存在することを示唆している。これらの最先端の実験事実を解明していくことが21世紀の素粒子物理学の責務である。
最初の重要なステップはヒッグス粒子か、それに相当するメカニズムを発見することである。ヒッグス粒子は素粒子に質量を与える新しいタイプの物質の存在形態である。もし、ヒッグス粒子が存在すればCERN研究所のLHC加速器で発見されるだろう。しかし、その詳しい性質を調べるためには、TeVのエネルギー領域の電子・陽電子のリニアコライダーが必要である。ヒッグスの研究以外にもTeV
領域のリニアコライダーは欠かせない。LHCがこの領域を開拓し、リニアコライダーが詳しく調べる道具として必要なのである。より精密な実験によってさらに深い理解や発見がもたらされるのである。地球規模で協力体制をもつ素粒子物理学の研究者達は、こうした理由から、この分野の重要な次のステップとしてリニアコライダーを推奨する。これを建設すると言う意見は確固としたものである。
この10年間、いくつかの研究グループによって集中的に進められてきた研究開発のおかげで、リニアコライダーの建設や安定な運転が可能であることが分かってきた。二つの競合する設計案がある。そのひとつはTESLAグループによって研究されているもので、ビームを1.3GHz(L-バンド)の超伝導加速空洞で加速する方式である。もうひとつはNLCおよびGLCの二つのグループの共同作業で開発されている11.4GHz(X-バンド)の常伝導状態の銅の加速構造を使うものである。双方の研究開発過程で、各加速構造の原理の有効性やその加速構造にエネルギーを供給するシステムが信頼し得ることが証明された。国際将来加速器委員会(ICFA)に委嘱された技術検査委員会(Technical
Review Committee : TRC)は、それらの設計案のそれぞれの開発に不可欠な各ステップが技術的に準備可能であることを精査した。TRCによって2003年のレポートで設定された技術開発上の重要な到達目標は、今やそれぞれの設計案について達成された。
2004年、ICFA は国際技術推奨委員会(International Technology Recommendation Panel
: ITRP)を設置し、二つの加速技術について比較評価してどちらかひとつの技術をリニアコライダーの技術として推奨するように依頼した。この委員会、つまり我々は2004年の1月から8月までに6回の会合をもち、それぞれの加速技術を推進している人達のプレゼンテーションを聴き、また、各方面からの情報を集めてそれを吟味して推奨案を練った。我々はいくつかの質問事項を用意し、各技術の推進者に対してそれに答えるよう要請した。そして、科学的、技術的、財政的、スケジュール的な側面、運転の実現性の各観点に基づき判断基準を設け、二つの技術について検討し結論を出した。さらに、それらがリニアコライダー以外の分野に与える影響についても勘案した。
2. 推奨内容とその論拠
ITRPは、リニアコライダーについての設計目標としていくつかのことを掲げた。両方の技術ともそれらの設計目標を達成できることが分かった。両方とも有能な研究者と技術者の長年にわたる開発に裏付けられている。それぞれの技術は、リニアコライダーの実現に向けて十分重要な貢献をしてきたと言える。
この調査の詳細についてはこのリポートの本文に掲載した。この調査に基づき、我々は超伝導高周波技術に基づくリニアコライダーを推奨する。この推奨はあくまで技術に関するものであり、既に提示された特定の設計案を推奨するものではない。リニアコライダーの全体的な設計案は、超伝導、常伝導の双方を推進してきた研究者からなる一つのチームによって、双方の技術に基づいて行われてきたすべての経験、技術を統合、活用して製作されることが期待される。
我々は両者を評価するにあたり、主加速部とビーム輸送のための部分に注目した。さらに我々はダンピング・リング、陽電子源を含む重要な部位についてもチェックした。そして両方の技術とも、我々が掲げた設計目標を実現しうることが分かった。それぞれ特筆すべき長所をもっている。
常伝導技術は決められた長さでは、より高いエネルギーを得ることができる。また、ダンピング・リングや陽電子源をより単純に作ることができる。委員会は、これらのことが常伝導技術を推薦しうる大きな要素となることを認識していた。委員の一人(菅原)はこれらが決定的な判断基準になると感じていた。
超伝導技術を使うことの長所のうちいくつかは、加速に用いる高周波が常伝導の場合よりも低いことからきている。以下のような長所をみて我々委員会は魅力的であると判断し、また将来の設計に使い得るものであると評価した。
* 開口部の大きい空洞と長いバンチ間隔は、加速器運転の方法を単純化し、地盤の振動に対してあまり敏感にならないようにすることができる。これによって、バンチごとのフィードバックやビーム電流を増すことができる。
* 主リニアック部と高周波システム(これらは技術的に最も大きなコスト要因である)は、比較的低いリスクでつくることができる。
* 超伝導XFEL自由電子レーザーを建設することにより、プロトタイプが出来上がり、また、このリニアックを様々な面からテストすることができる。
* 既にこのリニアックの重要なコンポーネントについては、工場での生産が実現できる段階にきている。
* 超伝導にすることによってエネルギー消費を飛躍的に減らすことができる。
双方の技術とも素粒子物理学を超えてさらに広い分野にインパクトを与えることができる。超伝導 高周波技術は、他の加速器を用いた研究活動に応用することができ、また、X-バンド高周波技術は医学やその他の分野に応用することができる。
3. 次の段階
今回の技術の選択によって、リニアコライダーのプロジェクトをより早く前進するようにしなくてはならない。このことは、二つの技術を推進してきた人々が、すべての地域の研究所や大学からの新しいチームによって増強され、強固に協力し合うということが求められていることを意味する。SLACのスタンフォード線形衝突器(SLC)と最終収束テストビーム(FFTB)、KEKの加速器テスト施設(ATF)、そしてDESYのTESLAテスト施設(TTF)などから得られた経験は、加速器の設計、建設、運転において非常に重要な意味をもつであろう。ビームがそのソースから出て供給されるまでのシステムは非常に広範な技術的な拡がりをもち、最適な設計は全てのプロジェクト参加者の専門知識の集成によってのみ実現する。
物理学からの要請により、リニアコライダーは500GeVで運転を開始し、その後およそ1TeVまで拡張できるように設計される。この拡張を可能にする設計は本質的に重要である。従って我々は、開発研究や設計案製作における世界的な規模での努力を、エネルギーを最終的に可能な限り高いものにすることに集中することを強く要請する。
我々は、設計、技術開発、工場生産について現在進行している努力を国際的な組織の雛形として支持しよう。この雛形を公式なものとし、政府との交渉にあたれるものとすることは緊急な課題である。初期から強力な中央からのマネージメントが必要である。
TeV スケールの電子・陽電子のリニアコライダーは、空間の構造、物質、エネルギーといったことについて新しい認識を得る、という大きな冒険において欠くことのできないものである。我々はこの目的を実現するための技術は今や我々の手中にあり、これを成功裏に遂行することへの展望は極めて明るいと信じている。
[原文へのリンク]
Executive summary of ITRP Report
http://www.interactions.org/pdf/ITRPexec.pdf (pdf file)
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