私たちの体は60兆もの細胞でできています。その一つ一つが、タンパク質のユニークな働きで維持され、私たちは生きているのです。それだけに細胞内のタンパク質の働きが、どのような構造によって生じているのかを探ることは、生命科学、特に医学や薬学の重要テーマです。私たちが生きてゆくために役立つタンパク質や薬を開発することにも繋がるからです。
今日の話題はKEKの若槻壮市教授が中心になって解明した細胞内の運び屋タンパク質の構造と機能の研究です。この研究は本日発行されたイギリスの科学雑誌「Nature」に発表されました。
この雑誌に取り上げられたタンパク質は「GGA1」と呼ばれています。この論文は、細胞内での運び屋タンパク質「GGA1」が積荷に付けられた荷札をチェックしている現場を結晶として固定し、加速器からの強い光(放射光)を使って結晶構造を探り、このタンパク質の運び屋としての機能を構造と結びつけています。タンパク質は生きている分子の機械といわれますが、運び屋タンパク質がどのように荷物を確認して行くのか、そのメカニズムがようやく見え始めたといってよいでしょう。
運び屋タンパク質の細胞内での役割が何故これほど注目を集めているのでしょうか?
細胞内には細胞の基本的活動を受け持つ小さな器官がいくつもあります。遺伝子の情報を管理している核、細胞内で使えるエネルギーを生み出すミトコンドリアなどの名前はご存知かもしれません。こうした小器官の活動はそれに必要な物質が間違いなく運ばれなければ正常に保つことは不可能です。ですから、細胞内での物質の輸送は細胞活動を支える原点です。細胞内の物質輸送を支配している運び屋タンパク質の役割を探ることは細胞の活動を知る生命科学の基礎研究でもあり、その成果を医学的に応用する道を開くことにもなります。
今回発表された論文は、GGA1が積荷を確認する現場を捉え、その構造から働きを説明しています。運ばれる物質が作られている小器官の膜の外へ誘うように伸ばしている荷札を、運び屋タンパク質が触手のような部分でどう識別しているのかを見事に捉えています。表面に分布する電気による引力や、水になじみやすい部分となじみにくい部分が接触する場所を選び出して、ボールを掴むミットのような関係が生み出されていることが分かります。
運び屋タンパク質が正しくない働きをすると、心臓肥大などの病気を引き起こす原因にもなるといわれています。こうした研究の成果が取り入れられると新しい薬の開発も夢ではありません。
このように、加速器の生みだす光でタンパク質の立体構造を調べることにより、私たちの生命活動を支えるタンパク質の機能を理解する研究もKEKの重要な活動になっています。
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この図は、GGA1タンパク質と他の輸送に関わるタンパク質の相互作用を表しています。GGA1タンパク質は、上の囲みの中の図のように、3つの部分(ドメイン)から成っています。今回明らかになったのは、GGA1タンパク質(運び屋タンパク質)のVHSドメインと、膜に局在する輸送タンパク質受容体(荷札)の相互作用する部分(ピンク色の部分)の立体構造です。 |
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これは今回明らかになった運び屋タンパク質GGA1の構造です。aはGGA1単独、bはGGA1と受容体タンパク質の相互作用領域(荷札の部分)で結合している様子です(緑の輪郭が荷札の部分に相当します)。cとd、eとfはそれぞれGGA1と受容体タンパク質がお互いに認識する領域の表面です。cとdは電気的な引力で(青い部分がプラス、赤い部分がマイナス)、eとfは水になじみにくい領域同士で、お互いをを引き付けあって認識していることがわかります。(modified from Shiba, T., et al., Nature, 415, 937-941 (2002)) |
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