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   image 素粒子世界の時計(1)    2002.07.25
 
〜 ナノ(10億分の1)秒を計る 〜
 
素粒子の時間と聞くと何を思い浮かべますか?  まずは非常に小さな世界で起こる現象と関係した時間だと思われるでしょう。素粒子実験のように素粒子を衝突させ、新しい素粒子の生成や消滅を調べるには、衝突後に現れ、消滅崩壊してゆく素粒子の短い寿命を計ることがとても重要です。今日はナノ秒(10億分の1秒)の時間を測る時計として、素粒子実験で重要な役割を果たしているLSI(半導体集積回路)について紹介しましょう。ナノ秒のナノは10億分の1という桁数をしめす言葉です。ナノテクノロジーという言葉がよく使われますが、これは10億分の1メートルという長さで捉えられる原子数個の世界が持つ機能を利用したテクノロジーを指しているのです。

素粒子実験を捉えるナノ秒

素粒子実験で良く登場する粒子にミューオンがあります。この粒子の平均寿命は約2,200ナノ秒です。ミューオンの存在は時間と共に崩壊してゆく様子から確かめることが出来ます。また、高いエネルギーに加速された粒子ビームが、ターゲットと衝突して生まれる素粒子は、多くの場合光速に近い速度で走ります。この時 30cm 走るのに約1 ナノ秒かかります。この結果、粒子の速度は、何mか離れた場所でそこに到達するまでの時間を計ってやればわかります。さらに、不活性ガスを満たしたドリフトチェンバーという検出器では、電荷を持った素粒子がこの中を通るとガスを電離します。この時生成された電子は高電圧がかかった電極へ向け1ナノ秒で 0.05mm ずつ移動します。この時間を計れば電極からどれだけ離れた位置を粒子が通ったかがわかります。このように素粒子実験ではナノ秒を単位とした時間を計ってやることにより、素粒子の種類や速度、通過した位置を知ることが出来るのです。


LSI(半導体集積回路)の重要性

1ナノ秒という時間は、現在家庭にあるコンピュータで動いているクロックの周期とほぼ同じ時間です。現在のエレクトロニクス技術では、きちんとした計測器を使えばこの程度の時間を計ることはそれほど難しいことではありません。しかしながら、高エネルギー加速器実験で難しい点は、実験で生まれる信号が何十万もあり、データを休み無く連続的に取得しなければならないことです。信号の数が多いので、これをケーブルで取りだそうとすると、検出器類が組み込まれた実験装置に、検出器から引き出されたケーブルが通る大きな穴をいくつも開けなければなりません。これを避けるためには、出来るだけ検出器の傍で信号処理を行い、ケーブルをコンパクトに組み込み、そこで発生する熱を減らすため消費電力を少なくしなければなりません。当然、増加する信号数に対応し、一つの信号処理にかけるコストも安くしなければなりません。これらを解決するには最先端の半導体集積回路技術を使うしかなく、KEKでは10年以上前より専用LSIの開発を続けています。


開発の歴史

高エネルギー実験では早くから実験用LSIの開発が行われて来ましたが、本格的に開発が行われだしたのは、80年代終わりに提案された円周 90km にも及ぶアメリカのSSC(Superconducting Super Collider)加速器計画が契機でした。SSCのエネルギーの高さ、衝突頻度の高さから来る厳しい実験条件では、それまで使用していたエレクトロニクスが全く役に立たず、最新のLSI技術を使わないかぎり実験が出来ないという状況になったからです。SSC計画は93年に米国議会の反対で中止となりましたが、この時KEKで進めていたTDC(Time-to-Digital Converter:時間-デジタル変換器)の開発は、表1に示すようにさまざまな実験に使われながら継続されてきました。写真2に最初に開発したチップの写真を載せます。当時はまだLSIの設計を進めるコンピュータのソフトウエアも今ほど進んでいなかったので、トランジスタのひとつひとつの図形を手で入力し、間違いがないかを確かめるのも、3m角にも及ぶプロット図を床に引いて配線の1本1本を調べました。

これらのLSIは時間をデジタル情報に変換するだけでなく、LSI内部に記録し、必要な情報のみを外部に出すという機能を持たせました。これは時間情報をメモリーの中に記憶する素子と言う意味でTMC(Time Memory Cell)と名付けました。現在、ジュネーブ(スイス)郊外のCERN研究所で建設中の世界最高エネルギーの 加速器LHCに参加するアトラス(ATLAS)実験用にKEKで開発されたものは、特にAMT(ATLAS Muon TDC)と名付けています。図1に開発当時の最先端のプロセス技術やチップ当たりのトランジスタ数をTMCチップと比較したものを示します。時代の流れに乗り遅れずに開発が続けられてきた様子を読み取っていただけるかと思います。素粒子の世界の時間、ナノ秒を計る時計について開発の歴史を紹介してきました。次回はこの時計の心臓部であるTMC回路について説明してみましょう。
 

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[写真1] AMT-2チップ
CMOS 0.3μmプロセスのゲートアレイという手法で開発したAMT-2チップ。6mm角のチップに約40万個のトランジスタを含み24チャンネルの入力を持つ。足の部分を除いたパッケージの大きさは約2cm角。
[拡大写真(44KB)
 
 
 

[写真2] TMC1004
1990年に開発した最初のTMCチップ。フルカスタム設計を行なったので、10万個あまりのトランジスタの図形を全て手で入力した。
[拡大写真(49KB)]
 
 
 
[図1]
LSI技術とTMC/AMT LSIの開発年次経過。
(a) プロセス技術の変遷、(b) 1チップ当たりのトランジスタ数の変化をCPUとTMCで比較。
[拡大図(24KB)]
 
 
 
表1.TMC/AMT チップの開発経過
 
開発年 名称 プロセス技術 使用された(予定の)主な実験
1990 TMC1004 CMOS 0.8μm(NTT)  H1 実験(ドイツ DESY)
1994 TMC304 CMOS 0.5μm(東芝)  D0 実験(米国 フェルミ国立研究所)
 SS-520-2 探査ロケット(宇宙科学研究所)
 SELENE 月探査衛星(宇宙科学研究所)
 反跳イオン分析器(米国 IonWerks Inc.)
1998 TMC-PHX1 CMOS 0.5μm(東芝)  PHENIX実験(米国 ブルックヘブン国立研究所)
2001 AMT-2 CMOS 0.3μm(東芝)  ATLAS実験(スイス 欧州原子核研究所CERN)
 K2K実験(KEK、長基線ニュートリノ実験)
 BepiColombo 水星探査衛星(宇宙科学研究所)
 
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