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DESYで進むZEUS実験(2)
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〜 世界で活躍する日本の研究者たち 〜
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電子で探る陽子
世界にはいろいろな種類の加速器がありますが、電子と陽子をそれぞれ加速して正面衝突させるタイプの実験は、DESY研究所でしか行なわれていません。電子は素粒子の中でももっとも基本的な粒子の種類、レプトンの一種です。一方の陽子は中性子と共に、原子の重さのほとんどを担う原子核を構成しています。そして陽子はクォークやグルーオンなどから構成された複合粒子であると考えられています。複合粒子である陽子にレプトンである電子をぶつけると、陽子の内部構造を非常に高い精度で調べることができます。電子顕微鏡は、電子線を用いて分子や原子が作る物質構造を見る機械ですが、HERA加速器はその電子顕微鏡をさらに巨大にし、原子核の構成要素である陽子の構造を探る装置と考えることも出来ます。HERAは陽子を探る「電子加速器顕微鏡」と言えそうです。
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[陽子を探る「電子加速器顕微鏡」HERA加速器] |
拡大写真(39KB) |
(写真提供:DESY研究所) |
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陽子内部に潜む「のり粒子」
電子で探る陽子の内部はどんな世界でしょうか?陽子はクォーク、グルーオンなどの基本粒子からなる複合粒子であると考えられると述べましたが、グルーオンという名前は日本語にするとは「のり粒子」となります。グルーオンは陽子中のクォークを強く結びつけてクォークが陽子から出ないようにしています。言い換えると陽子はクォークが「のり」の海に浮いているようなねばねばした液体のような構造を持っているのです。実際、HERA
以前の実験で、陽子のなかの半分はグルーオンでできていて、「のり」の役割が陽子を形成するのに大切であることがことがわかっています。
では、陽子はなぜこのような構造を持っているのでしょうか? これを説明するのは容易ではありません。クォークとグルーオンは、量子色力学と呼ばれる物理法則に従うのですが、現在の理論では数式を解いて説明することは難しく、計算機を用いた数値シミュレーションでしか陽子やその他の粒子の構造を再現できません。
ところが、量子色力学には面白い性質があって、HERA のように高いエネルギーで細かく陽子の内部を見ると、この「のり」の接着力が弱くなることがわかっているのです。言うなれば、HERA
の「電子加速器顕微鏡」の前では、陽子の内部はどろどろの液体ではなく、気体のような性質を持つようになります。こうなると、量子色力学の出番です。グルーオンとクォークが自由に運動し、結びつく確率が減ると、数式でその振る舞いが予言できるようになるのです。実際、HERA
で陽子の内部を高いエネルギーで細かくその構造を測定した結果は量子色力学の理論的予測とよく一致しました。
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[陽子はクォークやグルーオンなどの基本粒子からなる複合粒子と考えられています。
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拡大図(17KB) |
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エネルギーを変えてクォークを探る
HERA ではエネルギーを「下げる」ことによって陽子の内部をどれだけ細かく見るか(解像度のようなものと思ってください)を調整でき、わざと解像度を悪くすることも出来ます。そうするとエネルギーが高いときには気体のようであった陽子内部が、エネルギーが下がるにつれ、少しずつ「どろどろ」の液体のようになってくる様子も観測されました。
よくわかっている気体の状態から「どろどろ」の液状への移り変わりを測定することにより、陽子の普段の姿、すなわちクォークがのりでがちがちに固められている様子を、少しでも数値シミュレーションに頼らず理論的に解明できるのではないかと研究者は期待しています。これには理論的な考察が大切です。このため実験の専門家と理論の専門家による熱い討論が現在行われているところです。このように陽子の内部構造がわかると、今度は複合粒子同士、例えば陽子と陽子を正面衝突させたときの実験データが詳しく解析できるようになります。
こうした実験はアメリカのフェルミ国立研究所(FNAL)で稼動中のテバトロン(Tevatron)加速器や、スイスの欧州合同原子核研究機関(CERN)建設が進んでいるLHC加速器などの実験で行われようとしています。それらの実験データをより精密に理解するにも、DESYで行なわれている研究は非常に重要なものです。
現在の素粒子の標準理論ではクォークは最も基本的な素粒子と考えられていますが、もしかしたらクォークにさらに内部構造が見つかるかもしれません。陽子の中に存在するクォークそのものに焦点を絞るには反対にエネルギーを「上げる」ことで、先ほど述べたいわゆる解像度を上げた極限でクォークそのものの細部を拡大して調べることになります。
HERAは加速器の強度を今までの5倍に増強して、今年からさらに5年間実験を続けることになっています。遠いヨーロッパでも、日本の研究者たちは熱い想いを胸に日々健闘しています。
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