5月下旬にミュンヘン工科大学で開かれた「ニュートリノ物理学と天体物理学に関する第20回国際会議」で「長基線ニュートリノ振動実験(K2K実験)」の現状が報告されました。2年毎に開かれる世界のニュートリノ研究者にとって重要な国際会議で発表されたK2K実験の現状を紹介しましょう。
K2K実験は1999年4月からKEKで人工的に作られたニュートリノを250キロ離れた岐阜県神岡にある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出器・スーパーカミオカンデに発射し、その間に生ずる「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象を精密に観測する世界に先がけて開始した国際共同実験です。名前のK2Kは、KEKのKと神岡のK、行き先を示すtoを2と記してまとめたものです。
「ニュートリノ振動」は、ニュートリノが質量を持っているときにのみ起こることがわかっています。ニュートリノには電子型・ミュー型・タウ型の3種類が発見されており、それぞれ電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノと呼ばれていますが、それらが異なる質量を持っていると別の種類のニュートリノに変わる現象が予測できます。ニュートリノは時間が経つと、ある種類から別の種類へ、さらに時間が経てばこの逆の変化も起こします。こうした変化を「振動」と呼んでいるのです。この現象は1998年、東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデにより大気ニュートリノの観測で始めて確認されました。宇宙線が大気中で生み出したミューニュートリノがタウニュートリノに変化していることを発見したのです。
K2K実験は、人工的に生み出したミューニュートリノを神岡へ向けて発射します。そのためKEKの陽子加速器で高いエネルギー(120億電子ボルト)に加速した陽子を、地中のトンネル内でアルミニュウム標的に衝突させ、π中間子を発生させます。π中間子の崩壊でできるミューニュートリノができるだけ多く神岡方向に揃うように、強いパルス磁場でπ中間子を(神岡方向に)収束させます。神岡へ向かうミューニュートリノはKEKの前置検出器で発射数やエネルギーの分布が確認され、神岡で観測されたミューニュートリノの測定値と比較できるようになっています。
こうして実験開始後2ヶ月、つくばを出発したKEK起源とみなせる最初のニュートリノが、光速で神岡に到着予想される時刻と100万分の一秒以内で一致した時刻にスーパーカミオカンデで検出されました。
それ以来、KEK産ニュートリノの神岡での観測数は増え続けました。不幸なことにK2K実験は昨年11月の検出器破損事故のため中断しました。しかし、これまで得られたデータについては現在も解析精度を向上させ、K2K実験で可能なKEKでの生成直後とスーパーカミオカンデで観測されたエネルギー分布の定量的比較を行うなどの研究は継続中です。
5月末にミュンヘンで発表された最新結果によると、振動が起きない場合に予想されるミューニュートリノの観測数80に対し神岡では56の観測例が確認され、観測の統計的ふらつきから振動が起きていない確率は1%以下になってきました。
現在、正しいとされている素粒子の標準理論はニュートリノの質量をゼロとしています。「ニュートリノ振動」の存在が精密に確認されれば、標準理論で説明できない現象の発見から物理学の根幹を変える大きな成果につながります。ニュートリノ振動の存在はますます確かになり、K2K実験の再開とその後の精密な解析へ世界中の研究者からの大きな期待がさらに高まっています。
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[茨城県つくばから岐阜県神岡へ] |
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[神岡に向けL字に曲がるK2Kビームライン] |
[拡大写真(55KB)] |
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[ 青い線は、ニュートリノ振動がない場合に期待される分布。赤い線は、ニュートリノ振動を仮定して、データに最も良くあうようにニュートリノ振動のパラメータを決めた時のエネルギー分布 ]
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