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   image KEKB加速器の雲対策    2003.2.20
 
〜 電子雲が乱すビーム 〜
 
はじめに

KEKBのようなファクトリーと呼ばれる高エネルギー衝突型加速器ではビーム電流を大きくし、かつビームが衝突するときのビームサイズをできるだけ小さくすることでルミノシティ(粒子同士の衝突頻度の目安)を高めています。高ルミノシティを得るにはビームが安定にリングを周回することが必要です。しかしビーム電流が大きくなってくると加速器の中でビーム不安定性と呼ばれる現象が起きルミノシティ性能が劣化することがあります。ビームによって真空パイプ中に誘起される電磁波やビームが残留ガスをイオン化してできるイオンがビームに力を及ぼしビームが振動したりビームの大きさが膨らんだりしてしまうのです。最近では、電磁波やイオンだけでなく、真空パイプ中にある電子もビーム不安定性を起こすことがわかってきました。この不安定性は「電子雲不安定性」と呼ばれており、KEKBの陽電子リング(LER)でも観測されています。今回はこの電子雲によるビーム不安定性についてお話します。

電子雲によるビーム不安定性とは?

陽電子ビームが軌道を曲げるとシンクロトロン光が放出されます。シンクロトロン光はビームパイプ内を直進しビームパイプにあたりますが、このときビームパイプの壁から光電子と呼ばれる電子が出てきます。光電子は負の電荷をもっていますから正の電荷をもつ陽電子ビームに引き寄せられビームのまわりに雲のように集まってきます。これを電子雲と呼んでいます。電子雲はビームと力を及ぼしあいビームの運動を乱しビーム不安定性を起こします。

電子雲によるビーム不安定性には、大きくわけて、結合バンチ不安定性と単バンチ不安定性のふたつがあります(バンチについては図5の説明を見て下さい。)。あるバンチの重心が電子雲の重心に対して進行方向と直角にわずかにずれたとしましょう。電子雲はバンチに引かれて全体としてバンチの方向にすこし動きます。次のバンチが電子雲に入ると、電子雲の重心はバンチの位置に対してずれているので、そのバンチは電子雲から力を受け引き寄せられます。同時に電子雲もバンチから力を受けます。同様にして、つぎつぎとバンチが電子雲に入るとバンチ同士が電子雲を仲立ちにして力を及ぼしあうようになり各々のバンチはおおきな振動を始め最後にはパイプの壁に当たって消滅してしまいます。これが結合バンチ不安定性です。また、バンチ内の粒子の運動も電子雲によって不安定になりバンチ自身がへびのようにうねることが知られています。これが単バンチ不安定性です。バンチのうねりによりビームの断面積が実効的に増大したようにみえます。図1に結合バンチおよび単バンチ不安定性の模式的な図が示してあります。電子ビームでもシンクロトロン光が発生しますが、ビームの電荷が負で電子が引き寄せられず電子雲が作られないので、電子ビームでは電子雲不安定性は起きないと考えられています。

歴史的にみると、光電子による電子雲不安定性はKEKのフォトンファクトリーで観測された結合バンチ不安定性を解明する過程で初めて明らかになりました。今では、中国の電子・陽電子コライダー(BEPC)、2つのBファクトリー(KEKB、PEPII)でも観測されています。ここでは陽電子ビームについてお話しましたが、電子雲不安定性は陽子ビームでも起きることが知られており、ロスアラモス研究所のPSRやCERNのSPSなどで観測されています。陽子ビームはCERNで建設中のLHCのように非常にエネルギーが高くないとシンクロトロン光を発生しないので、電子雲の種はビームロスなどで作られた電子であると考えられています。

KEKBでの電子雲不安定性

KEKBの陽電子リング(LER)では運転初期からビームの垂直方向サイズがビーム電流の増加にともなって大きくなっていく現象が観測されました。この現象はルミノシティを制限する大問題だったので現象の解明が精力的に行われました。しばらくして、この現象は電子雲による単バンチ不安定性ではないかという仮説が立てられ、電子雲を取り除くためにリングのあちこちに小さなソレノイド磁石(コイル)を置くことになりました。磁場の強さは40ガウス程度です。ソレノイド磁石はビームの進行方向に磁力線を作るので壁からでた電子は磁力線に巻き付いてすぐに壁に吸収されてしまいます。図2にソレノイド磁石の写真が、また図3にソレノイド磁石を巻く作業をしている写真が載せてあります。ソレノイド磁石の効果は実験によって確かめられました。例として、垂直方向ビームサイズとビーム電流の関係(図4)、バンチ列に沿ったビームサイズ(図5)および特性ルミノシティ(図6)のデータを示します。ソレノイド磁石の効果が実証されたので運転休止のたびに磁石を追加し、現在では、リング全長の約77パーセントがソレノイド磁石で覆われています。ビームサイズが増大する現象もビーム電流1650ミリアンペアまでは観測されなくなりました。

電子雲による結合バンチ不安定性もLERで観測されています。バンチの振動の様子や不安定振動の成長時間がソレノイド磁石の入り切りで変化することが実験により示されています。振動の様子や不安定振動の成長時間は(電子雲の分布に仮定が必要ですが)計算機シミュレーションで再現できています。電子雲による結合バンチ不安定性はソレノイド磁石とビームを蹴って振動を押さえ込むバンチフィードバックによって抑制されており運転上の問題にはなっていません。

電子雲による結合バンチ不安定性についてはKEKBの設計時点で起きる可能性があることがわかっており、実際に起きたらソレノイド磁石を置こうと計画していました。ところが、KEKBの障害になったものは、設計当時知られていなかった単バンチ不安定性でした。KEKBのような最先端の加速器では予想もしないことが起きうることが実感されました。

おわりに

LERの垂直ビームサイズの増大は現在の運転条件では観測されなくなりました。しかし、ルミノシティをあげるためにさらにビーム電流を増やしたりバンチの間隔を短くしたりすると、また起きてくるかもしれません。実際最近の測定によると、バンチ電流を現在の運転条件以上に増やしていったときビームサイズの増大が観測されました。電子雲との戦いはまだまだ続く予感がします。

LERの垂直ビームサイズの増大は電子雲による単バンチ不安定性で理解されていますが、バンチのうねりを直接に観測したわけではありません。このうねりを観測すべく研究を進めているところです。また、偏向磁石や四極磁石中で電子雲がどのように振る舞うか、どの程度不安定性に影響を与えるかまだはっきりわかっていません。実験やシミュレーションによる研究が必要です。

KEKでの電子雲不安定性の研究は、スイス、中国、ロシアなどの研究者と協力して行われてきました。国際協力による研究がKEKBの電子雲不安定性を理解しKEKBの性能を上げるための大きな力になったことを指摘して今回の話を終わります。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→KEKBのwebページ
    http://ww-kekb.kek.jp/

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[図1]
電子雲による影響を受けて不安定になった陽電子ビームバンチの様子を表す模式図です。影響を受けるとバンチはやがて大きな振動をはじめ、最終的にはビームパイプの壁に衝突し消滅してしまいます。
拡大図(17KB)
 
 
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[図2]
真空パイプに巻かれた電子雲除去のためのソレノイド磁石(コイル)。現在約8900個の磁石がLERに設置されています。
拡大図(39KB)
 
 
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[図3]
ソレノイド磁石(コイル)をビームパイプのまわりに巻きつけている様子です。中央に見えるのはモーター駆動の巻線機です。リング全長の77パーセントに相当する約2300mの部分に取り付けました。
拡大図(38KB)
 
 
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[図4]
干渉計ビームサイズモニタで測った垂直方向ビームサイズとビーム電流の関係。
拡大図(17KB)
 
 
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[図5]
高速ゲートカメラで測ったバンチ列に沿った垂直方向ビームサイズ。LERではバンチと呼ばれる陽電子のかたまりが多数個列をなして周回しています。これをバンチ列といいます。この図の横軸はバンチ列先頭から順にバンチが番号づけしてあります。
拡大図(15KB)
 
 
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[図6]
バンチ当たりの特性ルミノシティ。特性ルミノシティはビームの断面積に反比例する量です。
拡大図(21KB)
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proffice@kek.jp
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