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   image 切らずにがんを治す(2)    2003.7.24
 
〜 KEKと陽子線治療〜
 
陽子線を使ったがん治療の原理は前回お伝えしましたが、1977年に完成したKEKの陽子加速器は、2億電子ボルト(200MeV)以上の陽子線を発生させることができるわが国で初めての加速器でした(図1)。これは4種類の加速器を接続して陽子を12GeVまで加速する装置で、3番目の加速器であるブースターシンクロトロンで500MeVに加速した陽子を4番目の主リング(12GeV PS)に入射して12GeVまで加速します。主リングで陽子を加速し、実験を行っている間の空き時間を利用して、ブースターの500MeVの陽子を別の実験などにも利用するために、ブースター利用施設が建設されました。筑波大学との共同研究のために建設された筑波大学粒子線医科学センター(後の筑波大学陽子線医学利用研究センター)もその一つです。この施設を使って1983年から陽子線治療によるがん治療の臨床研究が始まりました。

がんの形にあわせて陽子線を整形

図2は当時の筑波大学粒子線医科学センターの概観です。図の右上方(A1)から、ブースターシンクロトロンの500MeV陽子が供給されます。このエネルギーでは人体を貫通してしまうので、治療に適したエネルギーである250MeVまで減速することが必要です。このため、陽子をカーボンブロックに通過させてエネルギーを減弱させる装置(A2)を用います。がん組織の大きさや形はさまざまで、体内における深さも一定ではありません。従って、がん全体を覆うような大きな面積をもち、かつ奥行きのあるがん組織を一様に照射するためにエネルギーの幅を持ったビームが必要です。このようなビームを作り出す装置が照射野形成装置(A3)と呼ばれるものです(図3)陽子線をファインディグレーダーやリッジフィルタに通すとエネルギーに幅を持たせることができ、照射する深さを微調整することができます(拡大ピーク陽子線:前回図2参照)。肺や肝臓などの臓器は、呼吸に同期して場所が変わりますので、その範囲全体を照射すると正常な組織まで広く被曝してしまいます。そこで呼吸の周期のうち息を吐いたときが一番長くがんが同じ場所に留まっていることに着目し、そのときだけ照射する呼吸同期照射を開発しました。これは呼吸に伴う腹壁表面の圧力変化を検出し、それが臓器の運動に密接に関係することに着目し、圧力センサーからのタイミング信号により加速器で陽子を加速する、しないを選択することで、患部を数ミリメートルの精度で照射することが出来るようになりました(図4)。

治療成績とその影響

図5は直径5cmの肝臓がんの陽子線による治療例です。この患者は腎機能が悪いために切除出来ない状態にありました。図5(a)は、2方向から陽子線を照射した場合の等線量分布を示します。がん病巣以外の肝組織には殆ど放射線があたっていないことに注目して下さい。図5(b),(c)はそれぞれ治療前後の写真で、がんが消失していることが分かります。肝臓がんは日本には多いけれども欧米では少ないがんです。肝硬変があると根治は難しいのですが、がんの進行度を考えると局所制御率、生存率とも外科手術に匹敵する成績が得られています。また陽子線は手術が難しい頭蓋内や頭頚部のがんの治療には以前からもちいられていました。何より、重篤な副作用・合併症が少なく患者のQOL(quality of life:生活の質)を損なうことなく治療が可能な優れた治療法であることが実証されました。

治療専用施設の建設

これらの成果を踏まえ、陽子線治療専用施設の建設が各地で始まりました。米国ロスアンゼルスの東にあるロマリンダ大学では、フェルミ国立加速器研究所に依頼して加速器を作り、1990年から治療を開始しました。建設に先立ち、関係者はKEKに調査に来ました。ここでは米国に多く、最近は日本でも増えつつある前立腺がん治療に成果をあげています。

わが国では、千葉県柏市の国立がんセンター東病院が、治療専用施設を作り、1998年から臨床研究が、2001年からは一般の診療が始められました。その他にも各地で陽子線治療専用施設や、陽子線と作用の似ている重粒子線を用いた治療専用施設が建設されています(表1)。最近患者が増えている肺がんの治療のための研究も進められています。

筑波大学の専用施設へ

KEKブースター利用施設では筑波大学と共同で、ブースターシンクロトロンからの陽子線をもちいたがんの治療研究が1983年より18年間にわたり行われ、肝臓がんなど深部臓器がんにも有効であることを明らかにすると共に、呼吸同期照射などの技術開発が行われました。筑波大学では、ここでの成果を基に大学構内に治療専用加速器施設を建設し、がん治療研究を推進すると共に、医療として一般の患者治療を目指すことになりました。この施設は2000年4月に完成し、KEKブースターで進められてきた研究は、この新しい施設(筑波大学陽子線医学利用研究センター)に引き継がれました。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→キッズサイエンティスト「陽子線医学応用」のページ
http://www.kek.jp/kids/class/human/medical.html
→筑波大学 陽子線医学利用研究センターのwebページ
http://www.pmrc.tsukuba.ac.jp/Indexj.html

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    切らずにがんを治す(1)〜陽子線治療の登場〜

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[表1]
全国の陽子線重粒子線治療施設
拡大図(34KB)
 
 
国立がんセンター東病院(千葉県柏市) 筑波大学陽子線医学利用研究センター(茨城県つくば市) 兵庫県立粒子線医療センター(兵庫県揖保郡新宮町) 静岡県立静岡がんセンター(静岡県駿東郡長泉町) 若狭湾エネルギー研究センター(福井県敦賀市) 放射線医学総合研究所(千葉市) 兵庫県立粒子線医療センター(兵庫県揖保郡新宮町) 国立がんセンター東病院(千葉県柏市) 筑波大学陽子線医学利用研究センター(茨城県つくば市) 兵庫県立粒子線医療センター(兵庫県揖保郡新宮町) 静岡県立静岡がんセンター(静岡県駿東郡長泉町) 若狭湾エネルギー研究センター(福井県敦賀市) 放射線医学総合研究所(千葉市) 兵庫県立粒子線医療センター(兵庫県揖保郡新宮町)
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[図1]
12GeV陽子加速器とその関連施設(1980〜2000年当時)
拡大図(31KB)
 
 
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[図2]
筑波大学粒子線医科学センターの概観
拡大図(40KB)
 
 
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[図3]
照射野形成装置の概略。ファインディグレーダーでがんの深さに応じたエネルギーの微調整を、リッジフィルタでがんの奥行きに応じた調整を行い、コリメータとボーラスフィルタでがんの形や大きさに合わせて照射する。
拡大図(26KB)
 
 
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[図4]
照射室の様子
拡大図(32KB)
 
 
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[図5]
陽子線による治療例
拡大図(46KB)
 
 
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