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   image 金属・合金の個性は顔に    2003.3.20
 
〜 X線がとらえる表情 〜
 
台所を覗けば銅やアルミニウムやステンレスの鍋、鉄のフライパン、ステンレスや洋銀のナイフ、フォーク、スプーンがあります。しかし、昔に比べると、最近の日常生活では色々な金属材料の素顔を直接見たり触れたりする機会が少なくなったように感じます。これは金属材料の大事さが減ってきたのではなくて、金属材料が昔のように剥き出しでは使われなくなっただけで、その大事さは今でも変わりありません。例えば、ほとんどの家電製品には見えない所にマイコンが組み込まれていますが、マイコンの心臓部は電子の流れの道となる金属と電子の流れを制御する半導体です。

電子の運動が決める個性

金属材料は今でも私達の生活を支える大事な材料のひとつです。金属・合金の性質を調べ新しい性質を持った金属材料を作り出す学問は材料科学の重要な一分野です。今日は金属や合金の固有な性質の調べ方についてお話しましょう。金は黄金色、銀は銀色というように、すべての金属や合金はそれぞれ特徴的な色をしています。電流の流れ易さ、溶け易さ、硬さや強さなどは金属や合金ごとに違います。つまり金属や合金は個性を持っています。私達は日常生活で金属や合金の個性を利用しています。個性は金属の中の電子の運動の様子の違いから出てきます。1cm3の体積のなかにおおよそ1兆の1兆倍の数の電子がお互いに関係を持ちながら運動をしています。気が遠くなるような複雑な運動をしています。どうすればこんなに多くの電子の運動の様子を知ることができるでしょうか。運動する電子を調べる方法を野球のボールの運動をとらえる方法で説明してみましょう。

運動を探るスピードガン

今年もプロ野球の開幕が近づいて来ました。投手の特徴を言い表すのに、力で勝負する速球派と変化球を駆使する技巧派という言い方をよくします。電光掲示板には今投げられた球の速さが、例えば135Km/hのように、表示されます。この数値は投手と捕手を結ぶ線(z方向と呼ぶことにしましょう)に沿った球の速さを示しています。常時150Km/h近くをマークする投手は力で勝負する速球派と見ていいでしょう。球の速さで投手の特徴を表す(見る)方法を物理学の言葉では「速度空間で見る」と言います。でも、電光掲示板に表示される数値だけで投手の特徴の全てを表すことは出来ないことはすぐにお分かりですね。変化球を駆使する投手の球は打者に向かって曲がって来たり、打者から逃げるように曲がったり、佐々木や野茂のフォークボールのように落下したりしますから、投手と捕手を結ぶ線に沿った球の速さだけでは変化球の特徴を表すことは出来ません。

もし、図1にあるように投手と捕手を結ぶ線に沿った球の速さの他に打者の位置での地面に水平な方向(横方向、x方向と呼ぶことにしましょう)と垂直な方向(縦方向、y方向)の速さも測ることが出来たら、横や縦にどれだけ速く変化したかを示すことが出来ますね。ひと試合終了後にx、y、z方向の速さと球数の関係を描くと図2のようになったとしますと、投手Aはx方向の速さが大きいことから鋭く懐に食い込む変化球が得意の投手であり、投手Bはz方向の速さが大きいことから速球勝負の投手であることがよく分かりますね。動いているものをその速さを使ってしらべることを「速度空間で解析する」と言います。速度に質量を掛けた量を運動量といいます。「速度空間で解析する」と言うことは「運動量空間で解析する」とも言います。速さを測るスピードガンはマイクロ波と呼ばれる電波がボールに当たって跳ね返って来る様子からボールの速さを算出しています。

電子の運動を探るX線

電子の運動を調べる方法も原理的には野球の場合と同じです。マイクロ波の代わりにX線を使います。金属の中の電子によって跳ね返されたX線を測定して、そこから電子の運動の様子を描きます。つまり運動量空間で解析します。

実は金属中の電子は勝手気ままに運動しているのではなく、ある決まった法則(フェルミ−ディラック統計)にしたがって運動しています。分かりやすくするために厳密さを欠くことを承知で話を進めますと、この法則によれば電子が持てる最大の運動量は個々の金属によって決まっていて、色々な方向の最大の運動量を3次元描画すると3次元の面を作ります、これをフェルミ面と呼びます。このフェルミ面が金属・合金の個性を決めています。したがってフェルミは金属・合金の顔と呼ばれています。図3に、最近KEKの放射光研究施設で測定された、純銅、銅−パラジウム合金、銅−アルミニウム合金のフェルミ面を描いてあります。純銅にパラジウムやアルミニウムを加えるとフェルミ面の形が変る様子がよく分かりますね。フェルミ面の色は実際のこれらの合金の色に似せて描きました。これまでも純金属の顔はいろいろな実験手段を使って描くことが出来ましたが、合金の顔を描くことは出来ませんでした。数年前から、放射光研究施設のアドバンスドリング(PF-AR)でX線を使って合金の顔を見る方法を世界に先駆けて確立し、精力的に合金の中の電子の運動を調べています。新しい材料開発の基礎となる大事なデータを世界に提供しています。

(PHOTON FACTORY NEWS Vol.20 No.2 August 2002 最近の研究から「コンプトン散乱とFermiology(PDF file)」より)
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光研究施設のwebページ
http://pfwww.kek.jp/indexj.html

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[図1]
スピードガンで測る「球の速さ」は、z方向の速さです。ところが、これだけでは球の特徴を全て表すことはできません。変化球の特徴を表すには、横方向(x方向)や縦方向(y方向)の速さも測る必要があります。
拡大図(10KB)
 
 
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[図2]
投手Aと投手Bの、x, y, z方向の速さ。これによって、投手の特徴がよくわかります(本文参照)。
拡大図(9KB)
 
 
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[図3]
純銅、銅ーパラジウム合金、銅ーアルミニウム合金のフェルミ面。
拡大図(11KB)
 
 
Fermi(エンリコ・フェルミ)
イタリア出身の物理学者。ナチスの迫害をさけ、ノーベル賞授賞式に出席後、そのままアメリカに亡命。マンハッタン計画で原爆製造に加わる。フェルミ面の名称は電子が「フェルミ−ディラック統計」(1926年フェルミ、ディラックによってによって各々独立に構築された理論。
同じ場所に同じ時間に同じ状態で二つの粒子が存在できないとする理論)に従うことからきている。

Dirac(ポール・ディラック)
イギリス出身の物理学者。相対性理論と量子力学を結合した「相対論的量子力学」を提唱。そこから導き出される「ディラックの海」はSFマニアの方ならで聞いたことがあるかも。1932年から1969年までニュートン以来のケンブリッジ大学理論物理学講座を担当した。
 
 
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