KEKB加速器が今年5月に設計目標を達成し、世界最高の性能を持つ衝突型加速器となっていることはこれまでにもお伝えしました。これは実際に運転され、実験データを得るために利用されている、いわば実用品ともいえる加速器ですが、KEKではこの他にもさまざまな種類の加速器の研究開発を行って、さらに高い性能を引き出そうと日夜努力している人たちがいます。今日は、ファラデーの電磁誘導の法則を利用して、粒子の衝突頻度を極限まで高めようとする誘導加速シンクロトロンの研究についてご紹介しましょう。
高周波電波に閉じ込められる加速粒子の群れ
加速器とは、陽子や電子などの電荷をおびた粒子を真空のパイプの中で電場と磁場でコントロールしながらどんどん加速していく装置です。現在の円形加速器の主流となっているシンクロトロン加速器の原理は1946年に発明され、20世紀の科学の発展に貢献してきました。シンクロトロンは大きく分けると、粒子を加速するための高周波電波を注入する加速空洞と、そこで加速された粒子が円形の軌道を描いてまた加速空洞に戻ってくるように粒子の軌道を制御する磁石の群れからできています。あるエネルギーの粒子が軌道を一周する時間は一定ですから、加速空洞に注入する高周波電波の周波数をうまく選んでやれば、粒子が空洞を通過する時にいつも粒子が加速される方向に電場が発生するように波の場所(位相といいます)を調整することで、粒子の加速を続けることができます
実際には加速される粒子の数は1個ではなく、数億個の粒子を一度に加速するので、その中には速度が少し速いものや少し遅いものなどのばらつきが生じてきます。速度差を放置しておくと、軌道を何周もする間に加速空洞での波乗りに乗りそこねる粒子がでてきて、あっという間に数が少なくなります。ところが、加速空洞に注入される高周波は、うまい具合に、遅れて到着した粒子はたくさん加速され、早く到着した粒子はあまり加速されない、という、いわば粒子の群れが自己安定的に群がって加速される理想的な性質(位相安定性)を持っています。この原理がシンクロトロン加速器が飛躍的に発展するための原動力となったのです。
粒子を連続的に加速したい!
シンクロトロン加速器には、粒子の軌道上に、安定して加速されるための高周波の波乗りの「指定席」があります。(図1の左側)この指定席に座ったままで加速される数億個の粒子の群れのことを「バンチ(群れ)」と呼びます。
Belleグループの実験などで、最先端の研究に興味のある実験データを得るためには、加速器による粒子の衝突頻度であるルミノシティという量が大事です。シンクロトロン加速器で衝突型加速器を作ると、粒子の群れは図2左側の絵のように、軌道上の波乗りの指定席に座って、反対方向に回っている粒子の群れと「ポツポツ」と衝突します。さらに衝突頻度を高めようとすると、指定席の数を増やすか、それぞれの指定席に詰め込む粒子の数を増やすか、指定席のビーム軸と垂直な方向の断面積を狭くして粒子がひしめきあうようにするか、指定席のビーム軸と平行な方向の長さを引き延ばす必要があります。
KEK加速器研究施設の高山健教授は、木代純逸客員教授と共に、加速空洞を工夫して、ファラデーの電磁誘導の法則を利用することで、指定席を長く引き延ばす原理を考案し、その原理をもとに「誘導加速シンクロトロン」という新しいタイプの加速器の開発を進めています。これは世界でも類を見ない、これまで60年近く使われてきたシンクロトロン加速器を大幅に改良するための野心的な試みです。長く引き延ばされた指定席に座ったビームをスーパーバンチと呼び、この研究のキーワードとして、世界中に広がり始めました。
誘導加速とは
シンクロトロン加速の高周波加速空洞の限界を何とか打ち破り、加速器リング全体に存在する粒子をそのまま安定に加速する方法として考案されたのが誘導加速シンクロトロンです。誘導加速シンクロトロンでは加速器リングのビーム軌道上に置かれた加速空洞にファラデーの誘導法則に従ってステップ状の誘導電圧を発生させます(図3)。電気回路のことを知っている人であれば、電圧を変換するトランスを思い浮かべていただくとよいでしょう。トランスの鉄芯に当たるのが加速空洞に内蔵した磁性体です。それを取り囲む様に一次側配線を行います。その入力側を高圧パルスモジュレーターに接続し、半導体スイッチング素子のオン・オフ動作によってコンデンサーに蓄積したエネルギーを供給します(図4右下参照)。空洞の外部導体が二次側に相当します。この磁性体は、一次側を流れる電流で磁化されます。この時、二次側にあたる外部の導体が同じ磁性体を取り囲んでいるので、加速ギャップに当たる部分に電磁誘導の法則によって誘導電圧が生じます。この誘導電圧を加速と閉じ込めに利用するのが誘導加速シンクロトロンです。
この加速空洞の特徴は、図4右上にあるように、加速と閉じ込めを二種類の装置で別々に行うことです。一つは加速を専門に行い、もう一方は閉じ込めだけに使われます。どちらも極性(プラスとマイナス)の異なる電圧パルスを対にして発生させますが、加速用には、長いパルスと、電圧が高くて時間の短いパルスの対が用いられ、閉じ込め用にはバリアーパルスと呼ばれるパルスが用いられます。バリアーパルスの役割は、ある粒子の運動量(速度)が平均からずれている時に、その粒子を平均値まで跳ね返してあげることです。
加速用と閉じ込め用のパルスを別々に発生させることで、バリアーパルスの間隔を自由にコントロールすることができますので、従来のシンクロトロンでは原理的に不可能だった「指定席を延長する」ことが可能になり、一度に加速することのできる粒子数が大幅に増大します(図1)。
一連の研究は実験はKEKの12GeV陽子シンクロトロンを利用して行っていますが、一連の研究には加速器研究施設第4研究系が中心となり、素粒子原子核研究所、低温工学センター、東京工業大学、日本原子力研究所からもスタッフが参加し、それぞれ役割分担しなががら遂行しています。
これまでにない強度で粒子ビームを発生することができる加速器が完成すると、フェルミ国立加速器研究所(FNAL)のMINOS実験やJ-PARCで計画されている様な次世代長基線ニュートリノ振動実験や、さまざまな二次粒子による物質の構造の研究、ヨーロッパ原子核研究所(CERN)が現在建設中のLHCや未来の陽子・陽子衝突型加速器(VLHC)でも、これまでデータの量が少なすぎて探索できなかった素粒子反応が見つかるなどの飛躍的な成果が得られるかもしれません。
なお、この研究は平成15年度の新規学術創成研究テーマとして採択され、平成19年度まで継続して推進されるものです。
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[図1] |
粒子の「加速」と「閉じ込め」機能を完全に分離することによって従来のRFシンクロトロンでは原理的に使用することのできなかった空間を有効に活用できるようになり、「スーパーバンチ」と呼ばれる長大な粒子群を形成し、加速可能な粒子の数を大幅に増大することができます。これは典型的な陽子ビームのバンチサイズで比較するとRFシンクロトロンのバンチの長さは約10cmですが、誘導加速シンクロトロンでは約300mもの長さになります。 |
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[図2] |
将来は、スーパーバンチの陽子・陽子衝突型加速器(ハドロンコライダー)のような夢の加速器への応用が考えられ、既存の高周波技術をベースにした衝突型加速器と比べ一桁以上の能力が期待されています。 |
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[図3] |
ビーム軌道上に置かれた加速空洞にファラデーの誘導法則に従ってステップ状の誘導電圧を発生させます。 |
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[図4] |
誘導加速シンクロトロンとは、従来のRFシンクロトロンと違い粒子を加速する機能と閉じ込める機能を分離した新しい原理のシンクロトロンです。 |
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