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   image ミュー粒子で作る原子    2004.2.5
 
〜 世界最高強度のミュオン 〜
 
地上に存在するいろいろな物質の中で、水素原子はもっとも単純な構造になっています。水素原子は正の電荷を持った陽子1個の周りを電子1個が回っています。この陽子を電子の仲間であるミュー粒子(ミュオン)で置き換えると、何が起きるでしょうか。

KEKの中間子科学研究施設では、世界最高の強度を持つミュー粒子ビームを使って、ミュー粒子の周りを電子が回るミューオニウムという状態の性質を調べたり、物質の表面の様々な性質を調べています。

ミュー粒子は電子の兄弟?

20世紀の半ばまで、すべての物質は分子からできていて、分子は原子から、原子は原子核と電子からできている、と考えられていました。原子核はさらに陽子と中性子からできているので、宇宙の全ての物質は、陽子、中性子、電子、の3種類からできている、と考えられていました。

1937年にアンダーソンとネッダーマイヤーが宇宙線の中からミュー粒子を発見した時、物理学者はこの粒子を湯川博士が1934年に予言した核力を運ぶ中間子だと考えました。しかしその後の研究で核力を運ぶ別のパイ中間子が発見され、ミュー粒子がなぜ存在するのか、物理学者は理解に苦しみました。ミュー粒子の性質は電子とよく似ているのに、重さが電子の200倍ほどもあります。

物質の存在を説明するのに電子と似たような性質をもつ兄弟のようなミュー粒子はその当時はよけいな存在のように思われていました。

陽子のかわりにミュー粒子で原子を作る

現在ではミュー粒子は宇宙を構成する根源的なレプトンと呼ばれる素粒子の一種であると考えられています。

自然界には物質と物質を結び付ける力として、強い力、弱い力、電磁気力、重力、の4種類があります。このうち重力はきわめて弱いので、素粒子の反応を調べる時にはほとんど検出できません。また、強い力はレプトンにはほとんど働かないので、電子やミュー粒子などのレプトンを使った研究では、弱い力や電磁気力を非常に高い精度で調べることができます。

電子の反粒子に陽電子があるように、ミュー粒子にも正の電荷を持った正ミュー粒子があります。ミュー粒子の重さは陽子の9分の1ほどですが、電子より200倍ほど重いので、ミュー粒子が電子と出会うと、電子はミュー粒子の周りを回る軌道に入ります。これはちょうど水素原子の陽子をミュー粒子で置き換えたのと同じような状態です。このような状態をミューオニウムと呼びます。

ミューオニウムを大量に作る大オメガプロジェクト

以前この欄で、世界最強のミュー粒子ビームを作り出すことに成功した大オメガプロジェクトについてご紹介しました。ミュー粒子ビームを半導体や絶縁体に打ち込むとミューオニウムを作り出すことができ、これまでにもいろいろな研究が行われてきました。

もしこのミューオニウムを真空中にほとんど止まった状態(摂氏1400度程度の熱エネルギー)で大量に発生させることができれば、さらにいろいろな研究をすすめることができます。KEKでは、この真空中の熱エネルギーミューオニウムの生成の研究に取り組んでおり、現在では1秒あたり1万個程度という世界最高強度の熱エネルギーミューオニウムの発生を確認しています。

ミューオニウムは電子と正ミュー粒子というレプトンだけからできているので、強い力で相互作用をするクォーク(陽子)を含んだ普通の水素原子と比べて、より精密に基礎理論の検証を行うことができます。この理論は量子電磁力学と呼ばれていて、ノーベル物理学賞を受賞した朝永博士やファインマン博士などの研究で有名です。

量子電磁力学では、水素原子の電子のエネルギー状態がわずかに変化するラムシフトと呼ばれる現象を驚異的な精度で実験結果を説明できることがわかっています。そこで実験精度を極限まで高めた測定を行うためには、大量のミューオニウムを発生させる実験がうってつけなのです。

標準理論の先へ

ミュー粒子はいままでその大きさがない点状の粒子と考えられてきましたが、このような精密測定を進めていくと、その大きさについてもより詳しい情報を得ることができます。

ある種の理論によると、ミューオニウムが反ミューオニウムに変換するようなレプトン数非保存の過程があるのではないかと予想されています。このような反応がもし見つかれば、現在の標準理論の枠組みをこえた大きな発見になることも予想されます。

このような稀な現象の探索にも真空中のミューオニウムは大事な役割を果たしています。

また最近では超弦理論などの考え方を基礎においた理論的考察や、超高エネルギー宇宙線の観測などから、ローレンツ対称性やCPT対称性が破れる可能性が指摘されていますが、ミューオニウムの状態が強い磁場の中で地球の自転にしたがって変化するかどうか、などの測定も計画されています。

このような実験はすでに米国のロスアラモス研究所で調べられていますが、KEKや建設中のJ-PARCでは、ミューオニウムをさらに大量に発生させ、この測定の精度をさらに高めていく予定です。今後はより効率的に熱エネルギーミューオニウムを発生させることのできる物質の探索、効率的な超低エネルギーミュー粒子ビーム発生法の研究を経て新しい世代のミュー粒子ビーム源へと発展していくことでしょう。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→中間子科学研究施設のwebページ
  http://msl-www.kek.jp/homepage_j.html
→大強度陽子加速器計画(J-PARC)のwebページ
  http://j-parc.jp/index_j.html
→キッズサイエンティスト
    :ミュオンによる広域中間子科学 のページ
  http://www.kek.jp/kids/multi/material/myuon.html

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[図4]
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[図5]
タングステン膜から5cm程度下流側での熱エネルギーミューオニウムの崩壊陽電子の時間変化。
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