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リチウムイオンを捉まえろ! 2004.5.13 |
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〜 短寿命核で探る拡散現象 〜 |
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加速器を使って短寿命核を生成し、物質中に入射すると、携帯電話やノートパソコンなどで用いられる充電用リチウム電池などでリチウム元素がどのように振る舞っているのかを直接捉えることができます。最近、KEKの素粒子原子核研究所短寿命核実験グループで開発された、世界でもユニークな測定の試みについてご紹介しましょう。 短寿命核とは 以前の記事でもご紹介しましたが、元素には、原子番号が同じで化学的性質も同じでも質量数が異なる同位元素というものが存在します。ある種の同位元素は、ある時間が経つと自然に放射線を出して崩壊して別の元素に変わっていきます。このような同位元素を放射性同位元素と呼びます。 私たちの身の回りには太陽系が形成された時から存在する寿命の長い放射性同位元素もありますが、寿命の短い放射性同位元素は、加速器などの人工的な方法を使って作り出すことができます。このような寿命の短い放射性同位元素の原子核を「短寿命核」と呼びます。 短寿命核は、短い時間で放射線を出して他の元素に変わりますが、化学的性質は自然界に存在する元素と同じですので、この性質をうまく使えば、物質の中で元素がどのように運動しているかを調べることができます。 拡散現象とは 原子やイオンが物質中でどのように移動していくかを全体的な視点(マクロ)で見たときの挙動を「拡散」と呼びます。構成原子が結晶構造を持つ固体の場合には、本来なら詰まっている筈の空間が空いている原子空孔等の欠陥が含まれます。この欠陥が固体中原子拡散の担い手になります(図1)。結晶格子間でのミクロな動きが、マクロな拡散現象として現れるのです。 拡散現象は身近なところで日常生活に利用されています。今日の生活に欠かせないリチウム電池(図2)の充電・放電過程も、電極内リチウムイオンの拡散現象によるものです。リチウムイオンの拡散についての詳細な研究が、電池の性能向上や新電極素材の開発に大いに役立ちます。 又、近年生命活動が効率よく進行するために欠かせない、生体内での情報伝達やごみ掃除過程(余剰物を組織内で廃棄する)等の細胞間物質輸送現象も拡散によるものと認識され始めており、物質中の拡散現象は、生物学、化学、物理学を結ぶ広範かつ、普遍的な問題に繋がっているのです。 拡散現象は拡散係数という量で説明することが出来ます。短寿命核を用いた新しい手法では巨視的な原子の動きを直接観測し、拡散現象を表す数式に実験結果をあてはめることで拡散係数を求めます(図3)。 従来の拡散係数の測定 今まで、光散乱や超音波吸収、核磁気共鳴(NMR)、X線吸収広域微細構造(EXAFS)、中性子散乱などの様々な測定方法により物質内原子やイオンの拡散係数が調べられてきました。これらは結晶格子間の原子の微視的な動きから拡散係数を推定する間接的な手法でした。 放射性同位体をトレーサー(追跡用試料)とする直接的な測定手法もあります。観測試料表面に放射性同位体を塗っておいて、ある時間試料の中に拡散させた後、試料を薄片に切り取り、それぞれの薄片の残留放射能測定を行うのです。残留放射能は薄片に到達した拡散原子の個数に比例するので、表面に集中していた原子が拡散によって広がった様子を直接観測することが出来ます。 しかしこの方法では試料は破壊されてしまいます。また測定に時間がかかるので、ある程度寿命の長い放射性同位体のある元素でないと実験ができません。リチウム元素など寿命が長い放射性同位元素が存在しない場合、トレーサー拡散実験は出来ないのです。 短寿命核をトレーサーとする そこで、短寿命核実験グループの鄭淳讃(チョン スンチャン)、片山一郎(かたやま いちろう)氏らは、物質材料研究機構、日本原子力研究所、青森大学等の研究者と共同で、リチウム元素の短寿命な放射性同位体であるリチウム8(8Li:0.83秒の寿命で陽電子を放出し、2つのアルファ(α)粒子に分解する)を固体試料に打ち込んで、リチウム8から放出されるアルファ粒子の測定から、拡散係数を導くという新しい実験手法を確立しました。これは従来の長寿命核によるトレーサー拡散実験と異なり非破壊的で、1秒程度の短寿命な放射性トレーサーが利用できるという特徴を持つ、世界的にもユニークな手法です。 この手法では、エネルギーを持って放出されたアルファ粒子が物質中で止まるまでのわずかな距離(飛程)を利用します。今回の実験で試料としたβ-リチウム・アルミニウム(β-LiAl)の場合の飛程は8ミクロン弱です。そこで、飛程よりも深くリチウム8を打ち込んだとすると、崩壊する前に飛程内に拡散してきたリチウム8からのアルファ粒子のみが物質の外に置かれた検出器で観測されることになります(図4)。つまり、観測されたアルファ粒子は、飛び出してきた元の場所の情報を持っているのです。 観測されたアルファ粒子強度の時間変化はリチウム8の拡散に伴う空間分布の変化と結び付けられます。リチウム8の個数はその寿命から正確に求められますから、アルファ粒子強度の時間変化にリチウム8の寿命による変化を補正すると、正味の拡散効果による時間変化が得られます(図5)。最初観測されていなかったアルファ粒子が時間とともに観測されるようになり、リチウム8が試料表面に拡散してくる様子が、手に取るように分かります。 超微量の不純物の追跡も可能に 方程式の解に基づいた数値計算との比較から、最も良く実験データを説明する拡散係数が求められます。異なる設定温度(摂氏20、150、300度)で測定した時間変化のデータを再現する数値計算結果を図6に示しました。求められた拡散係数は今回の実験に用いた試料のこれまでに知られている拡散係数と一致しており、この方法の正しさが実証されました。 この手法は、電池の電極材料として注目されているリチウム超イオン導電体のような拡散係数が大きい試料に対して有効だと考えられており、従来の方法では測定出来なかった試料深部から表面に向かう拡散が測定されるものと期待されています。試料表面や境界面での拡散の効果を直接観測できる機会が初めて与えられるわけです。 また、打ち込まれる短寿命核は、短い時間の間にその殆どが放射性崩壊をしながら放射線を放出するので、微量の打ち込み量でも極めて感度が高く、NMR法等では観測できない超微量不純物の拡散が観測可能になります。 さらに、物質内原子やイオンのミクロな挙動の間接的な観測と、短寿命核を用いたマクロな挙動の観測との比較から、拡散原子の動的挙動形態の規則・不規則性、長距離原子間相関などについて新しい知見が得られる可能性が拓けてきました。
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