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last update:04/06/03  

   image 素粒子カメラのシャッターを押す    2004.6.3
 
        〜 測定器を支えるトリガーとは 〜
 
 
  高エネルギーの実験に時々出てくる言葉に「トリガー」というのがあります。英語の辞書を引くとtriggerとは銃の引き金のことだと載っています。いったい何の関係があるのでしょうか。

トリガーはカメラのシャッター

高エネルギーの実験では、ビームを標的に当てて出てくるほぼ光速で走る粒子を、様々な測定器で検出し電気信号に変えて記録します。見たい事象が起ったことをいち早く判断して、検出器からの電気信号を読み出す命令をだすのがトリガーの役目です。反応が起るのを待ち構えておき、丁度いいタイミングで「引き金」を引いてデータを記録するわけです。カメラのシャッターを押すようなものといったらいいでしょうか。

ドイツのDESY研究所で1992年から進められているZEUS実験(図1)では、東京大学原子核研究所(現在はKEK)のグループがZEUS測定器のためのトリガーの中核部分を開発しました(図2)。KEKで現在進められているBelle実験やCERN研究所のLHC計画などでもトリガーは重要な役割を果たしています。

電気信号のタイミングをとる

簡単な実験で、トリガーをどうやって作るのか考えてみましょう。図3のように標的にビームをあてて、前方45度に出てくる粒子を調べる実験を考えましょう。ビームが通ったことを確認するための測定器S1と標的から出てきた粒子を捕える測定器S2を置きました。さて、あとは粒子が通ったタイミングでトリガー信号を出し、それを使ってS1とS2のデータを記録すればよいわけです。では、一体どうやってその信号を作るのでしょうか?この場合S1とS2の信号自体から作るしかありませんね。S1とS2の検出器の信号がほぼ同時に、ある値以上になるという条件で信号がでる論理回路を作ればこれがトリガー装置になります。けれども、自分の信号を使って判断をしていたのでは、トリガーが出たときにはもう信号はいなくなってしまい何も取れなくなってしまいますよね。このため、測定器からの信号は2つに分け、片方の信号を遅らせておきトリガーが出るまでまたせることが必要になります。この例のような簡単な実験では、例えば、信号のケーブルを10m余計に長く通すことによって50ナノ秒の時間が稼げます。これだけあれば、「S1とS2の両方が反応した」という単純な論理判断には十分です。

複数の測定器と複数の条件

大きな実験では、たくさんの種類の測定器があって、トリガーを作るための論理は複雑になります。例えばKEKのBファクトリーのBelle実験ではあらかじめ決められている数十の条件のうちのどれか一つが満たされるとトリガーが引かれます。一つ一つの条件も込み入っていて、例えば「全部で0.5GeV以上のエネルギーが検出できて、かつ、飛跡が3本以上見つかったとき」というようなものです。しかし、基本的な仕組みは上の単純な例と同じです。何種類かの測定器の情報をもとに論理判断を行いデータをとるか取らないかのYes/Noの判断をするトリガー装置と、そのトリガーを待つために測定器の信号を待たせる仕組みとの両方があって、データを取ることができます。

粒子が通過したときに測定器から出る信号は非常に短期間だけパルスで出てきます。したがって、トリガーは反応が起ったタイミングで正確に出ることが重要になります。また、記録したい事象の時にほぼ100%で出るようにすること(高効率)と、記録したくない事象ではあまり出さないこと(高純度)が、実験の成功の鍵を握ることになります。このためにたくさんの工夫がなされています。

1秒間に1千万回の衝突から選ぶ

ZEUS実験では、96ナノ秒毎に陽子のビームが交差します。つまり、1秒間に約1千万回ビームの交差が起ります。すべてのビーム交差で興味のある事象が起るわけではありません。研究したいような事象は1秒間に数回、特に重要な事象は1日に数回も起りません。一方で、欲しい事象によく似ているけど、いらないごみの事象はほぼビーム交差毎に起っています。このためごみを捨てて欲しい事象だけ取るというトリガーの仕事が重要になってきます。

紛らわしい事象がビーム交差毎に起るので、トリガーはすべてのビーム交差毎にYes/Noを決めなくてはいけません。しかしビーム交差間隔は96ナノ秒であるのに、たくさんの測定器の情報を集めて、複雑な論理をつくるので、1回のビーム交差のYes/Noを決定するには約5000ナノ秒かかってしまいます。どうすればいいでしょうか?この問題を解決するのがパイプライン型のトリガーです。判断を行うシステムを5000/96=52ステップに分割して、一つ一つは96ナノ秒で済ませるようにします。それぞれのステップを直列にならべて、一つ一つのステップは処理をすると次のステップに渡していくという、バケツリレーのようなシステムを作って、全てのビーム交差を判断します。KEKのグループはこのパイプライントリガーの開発を行い1992年から実験に使っています(図4)。

このパイプライン型トリガーでYesが出てくる頻度は毎秒千回ぐらいです。このうちのほとんどはまだごみの事象であり、全部を記録するのは無意味なことです。そこで、一旦取った事象を記録する前にもう一度調べてごみを除去して純度をあげることを行います、このようなシステムを後段トリガーと呼んでいます。後段トリガーはコンピュータを多数並べ、それぞれに初段トリガーで取られた事象を一つずつ割り当てて欲しい物かどうか調べるという手法をとります。コンピュータの処理能力も年々向上しているので、最近ではとにかく初段のトリガーでは頻度は多くなってもできるだけ安全に取って、そのあとでコンピュータ処理で絞り込むという手法がますます有効になっています。

2007年に実験が始まる、スイスジュネーブ市にある欧州原子核研究所(CERN)で建設中の、世界最高エネルギーの陽子・陽子加速器LHCの実験の場合はさらに大規模になっています。初段トリガーはより高速な25ナノ秒毎のパイプライン型トリガーを採用します。KEKのグループはミューオンという粒子が通ったかどうかを判定する部分を担当しており、約30万の測定器のパートの情報を総合して判定するために、特殊な集積回路を開発しています(図5)。初段トリガーは毎秒10万事象のYesがでてくるので、それを毎秒100事象ぐらいまでに減らすために、後段トリガーでは数千台のコンピュータを並べることにしています。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→DESY研究所のwebページ(英語)
  http://www.desy.de/html/home/index.html
→ZEUSグループのwebページ(英語)
  http://www-zeus.desy.de/

→関連記事
  DESYで進むZEUS実験(1) 〜世界で活躍する日本の研究者たち〜
  DESYで進むZEUS実験(2) 〜世界で活躍する日本の研究者たち〜

 
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[図1]imageDESY/ZEUS
ドイツDESY研究所のZEUS測定器。日本グループがトリガーの設計と製作を担当した。
拡大図(57KB)
 
 
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[図2]
ZEUS実験のトリガーシステムの写真。正面を埋め尽くしたケーブルを通して、十数種類の測定器から300種類以上の情報が送られてきて、それをもとにYes/Noの判断を行っています。
拡大図(68KB)
 
 
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[図3]
簡単な高エネルギー実験でのトリガーの例として、2つの測定器を読み出す場合の概念図。S1とS2の両方が反応したという条件でトリガーをかけてデータを収集する。条件を調べるまでの時間を稼ぐのに、読み出す信号は長いケーブルを使って遅らせておく。
拡大図(18KB)
 
 
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[図4]
DESY研究所電子・陽子衝突実験のためにKEKで開発した、パイプライン型トリガー生成用のモジュール。
拡大図(83KB)
 
 
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[図5]
ATLAS実験のミューオン粒子のトリガーのために開発した特殊な集積回路。
拡大図(62KB)
 
 
 
 
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