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世界初の陽子誘導加速 2004.11.18 |
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〜 究極の陽子シンクロトロンを目指して 〜 |
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誘導加速という原理を用いた陽子加速器の研究開発については以前にもご紹介しました。この研究で今年の10月初めから実証試験が行われ、世界で初めて、誘導加速による陽子の加速に成功しました。 誘導加速と陽子 円形の誘導加速器は1940年に当時イリノイ大学にいたKerst(カースト)によって発明されたベータートロンという電子の加速器が有名です。しかし陽子を加速するためのベータートロンはこれまで建設されたことはありません。 ベータートロンでは、円形軌道全周に渡って一様に、且つ入射から加速最終時点まで連続して誘導加速電圧を発生しなければならないので、重い粒子を高エネルギーまで加速しようとすると、磁性体(鉄)のサイズとそれを励磁する電流が某大な値になってしまい、とても現実に建設することはできないからです。陽子の質量は電子の1800倍以上あり、このように重い粒子を加速するにはベータートロンでは不向きです。 陽子を高エネルギーに加速するための円形加速器としては、1945年にバークレーのMcMillan(マクミラン)と旧ソ連のVeksler(べクスラー)によって発明されたシンクロトロンが建設されて来ました。シンクロトロンでは、軌道半径さえ無限に大きくすることができれば原理上は無限に高いエネルギーまで加速することができます。 陽子の誘導加速に成功 KEKでは高山健氏や木代純逸氏(現在は日本原子力研究所)らによる「誘導加速シンクロトロン」の提案以来、円形加速器での使用に耐える誘導加速装置の開発研究を行って来ました。 2003年度からは学術創成研究プロジェクトとして人員と予算を拡大した形で実機の製作と、KEK陽子シンクロトロンへの段階を踏んでの導入を行っています。 この第一ステップとして、既設の高周波装置で捕捉した約6千億個の陽子の集団(バンチ)を、3台の誘導加速セルで発生させる誘導電圧にて、5億電子ボルトの陽子を80億電子ボルトまで加速することに成功しました。誘導加速セルあたりの出力は2千ボルトです。 誘導加速装置 今回の実証試験では、従来のRF加速空洞の代わりに新たに製作した誘導加速装置をKEKの陽子シンクロトロンのビームラインの一か所に導入しました(図1)。誘導加速装置とは原理的には1対1のトランスで、1次側にスイッチングで生成する高圧パルス電圧を印加し磁性体を励磁します。この時、2次側に誘導電圧が発生します(図2)。陽子の群れが周回して来る度にこの2次側に発生する誘導電圧で加速する仕掛けです。 同じ極性の電圧だけを発生させていると、磁性体が飽和し、磁束密度の時間変化はなくなります。こうなると誘導電圧は発生しません。飽和を避けるため、逆極性の電圧を発生させて励磁を毎回リセットします。これを粒子集群が加速空洞を通過した後の時間帯に行います。図3は対になった誘導加速ギャップに発生する加速電圧の様子です。加速電圧に同期して、加速装置が置かれた位置に到達する粒子群のパルス信号も併せて示されています。 この様に円形リングで繰り返し誘導加速するためには、正/負両極性のパルスを粒子集群の周回に同期させてトリガーするという、これまでに無かった動作方式が採用されました。1次側に印加するパルス電圧はバンクコンデンサーに蓄積されたDC充電器からの電力をこのコンデンサーと負荷側を繋ぐライン上に置くパワー半導体スイッチング素子のオン・オフ操作で必要なパルス電力を得るパワーモジュレーターと呼ばれる電力変換装置で発生します。 電力変換装置の限界に挑む 平均操作電力20kW、1秒間に100万回の繰り返しスイッチングで動作する様なパワーモジュレーター(図4)は開発開始段階では世の中に存在していませんでした。スイッチング素子の選択、モジュレーターの回路の最適化などの困難な問題にぶつかりながらも、安定に動く装置が今年度始めに完成しました。 加速ギャップに誘導される電圧の一様性や、立ち上がり特性の重要性はもとより、1秒間に100万回、正と負の高圧パルスを印加される加速空洞本体の磁性体の発熱の除去が大きな問題でしたが、出来るだけ発熱の小さな磁性体を選択し、冷却媒体として絶縁油を強制的に流すことによって連続運転に耐えうる物を製作しました。 高い繰り返し、任意のタイミングで行うスイッチングのon/off動作で大電力をコントロール出来るパワー半導体の登場は1990年代まで待たねばなりませんでした。そして、今回採用したMOSFETが供給されるようになったのは極めて最近のことです。 一方、誘導加速空洞の中身である磁性体もスイング幅が大きくロスの小さい磁性体は1980年代後半の微細結晶合金の発明まで待たねばなりませんでした。スイッチング素子のゲートをコントロールするトリガー信号発生システムが完全にデジタル制御出来るようになったのもDSP技術の最近の成熟のおかげです。 高山氏らが世界に先駆けて実証した円形加速器でのスイッチング電源駆動の誘導加速は、必要とする基盤技術が出揃い、環境が整ったところで始めて可能になった実験であったと言えるでしょう。 最終目標はビーム閉じ込めと加速の機能の分離 今回の成功の確認は高周波とビームバンチ中心の位相差を検出するという基本的な方法で確認されました。誘導電圧による加速が加速器の磁場で前もって決められている4700ボルトという値を達成できれば、従来の加速空洞による加速は必要がなくなり、位相差がゼロになる筈です(図5)。 今回の成功は最終終目標への序奏です。誘導加速シンクロトロンの提案の鍵はスイッチング電源で必要な電圧発生を時間的に自在にあやつることを可能にする他に、ビーム閉じ込めと加速の機能を完全に分離することです。これは加速器の進化の過程での最後の機能分離の提案だと考えられています。 丁度、1953年に強収束の原理が発見された直後、北垣敏男氏(当時東北大)によって偏向磁石と4極磁石を完全に分離し、粒子の軌道を閉じる機能と横方向の収束機能を完全に分離する機能分離の提案がなされたのに似ているかもしれません。 スイッチング電源で駆動する2種類の誘導加速装置に加速と閉じ込めの電圧を別々に発生させ、この縦方向の機能分離が完全に出来れば、従来のシンクロトロンでは不可能だった長大なスーパーバンチと呼ばれるビームを供給出来ることになります。実質的なビーム強度の増大はもとより、マイクロ構造の無い、1マイクロ秒(ビーム長が300メートルに相当)に及ぶ均一なビームは世界にも類の無いユニークな実験道具となるでしょう。
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