for pulic for researcher English
news@kek
home news event library kids scientist site map search
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事
last update:05/01/20  

   image 液体キセノンを冷やす    2005.1.20
 
        〜 MEG実験のパルス管冷凍機 〜
 
 
  皆さんはキセノンという元素をご存知でしょうか。ヘリウムなどと同じように化学反応を起こしにくく安定な元素で、銀やヨウ素などよりも重い質量数を持っています。液体にすると水の約3倍も密度があるので、金属のアルミニウムでさえもプカプカ浮いてしまいます(図1)。

液体キセノンを使った粒子検出器は、現在準備が進められている素粒子実験などで高い期待が寄せられています。ところがこの液体キセノンを粒子検出器として使うには冷却する必要があります。それにはとても高度な技術が要求されます。MEG(メグ)実験のためにKEKで開発された高性能パルス管冷凍機についてご紹介しましょう。

MEG実験とは

物質を構成する基本粒子にはクォークとレプトンがあり、それぞれ2個ずつが世代と呼ばれる1つのグループを作っています。ミュー粒子は第2世代に属する電荷を持つレプトンです。標準理論では世代の異なるレプトンの間での変換は起こりえないとされてきたので、ミュー粒子が第1世代である陽電子とガンマ線の組み合わせに崩壊することはないと考えられています。もしこの反応を見つけることができれば、標準理論を越える新しい理論に結びつくことになります。この崩壊現象の探索を目指しているのがMEGと呼ばれる物理実験です。

ミュー粒子が崩壊してできた陽電子とガンマ線を検出し、それぞれのエネルギーと放出された方向を正確に測れば元の粒子がミュー粒子であることが明らかになります。陽電子は磁石とドリフトチェンバーという別の測定器の組み合わせで測定され、ガンマ線は液体キセノン検出器で高精度に測定されます(図2)。

MEG実験は東京大学、KEKと早稲田大学の研究者が提案し、日本、イタリア、スイス、ロシアからなる国際共同実験で、世界最高強度のミュー粒子を生成できるスイスのポールシェラー研究所(PSI)で2006年から実験が行なわれる予定です。

液体キセノン検出器

高いエネルギーをもつ粒子やガンマ線などが液体キセノン中に飛び込むと、キセノン原子を励起します。励起された原子が元の状態に戻る時、紫外光を発します。この光を光電子増倍管で検出することによって、入って来た粒子やガンマ線のエネルギーなどを詳しく調べることができます。光を効率よく捉えるために光電子増倍管は液体キセノン中に直接浸します。

液体キセノンは1個の光子を発生させるのに必要なエネルギーが小さくて済むため、高い感度が期待でき、また応答が速いという特徴もあります。さらに密度が高いので粒子等と衝突する確率が高く、検出器としてはとても有利です。

冷却の難しさ

キセノンの気体は1気圧で絶対温度165K(摂氏マイナス108度)まで冷えると液体になります。ところが液体キセノンは冷やしすぎるとすぐに凍ってしまいます。これはキセノンの三重点と呼ばれる温度である161Kと近いためです。液体が固体になるのに必要な潜熱(融解熱)は、気体が液体になる時の潜熱(蒸発熱)のわずか百分の一しかありません。つまり液体キセノンは、液体のまま保っておくことが難しい物質なのです。

液体キセノン検出器は魔法瓶構造になっていて、外部からの熱は入りにくくなっています。しかし実験中は液体中に浸っている光電子増倍管の電気回路からの発熱や計測用信号線からの入熱や輻射による入熱があるので、冷却が必要です。

液体の圧力や温度が変わると密度等に影響が出て、精度の良い測定を行なうことが難しくなります。したがって、液体キセノン検出器では圧力や温度を可能な限り一定にしてやる必要があります。

コンパクトなパルス管冷凍機を作る

従来の液体キセノンを用いる実験は比較的小型で、液体窒素を用いるものでした。この方法では急激な冷却が行なわれるため液体キセノンの圧力や温度が大きく変動することがあります。また、実験中の液体窒素の補給や取り扱いには経験や熟練が必要です。

液体窒素に替わる冷却手段として小型冷凍機を使う方法があります。中でもパルス管冷凍機は低温部に可動部がないため振動が小さく、静かな冷却を行なうことができます。

既存のパルス管冷凍機は、対象としている温度が液体窒素や液体ヘリウム等であり、冷凍能力も小さいので、MEG実験のような大型の液体キセノン測定器には適しません。またMEG実験の検出器は非常に特殊な形状をしています。このため、 165Kという温度で高い冷凍能力を持ち、また検出器の設置スペースに適合したオリジナルのパルス管冷凍機をKEKで開発しました(図3)。

このKEKオリジナルパルス管冷凍機では、165K付近での冷凍能力の最適化、コンパクトな同軸型、低温熱交換を効率的に行なう内側蓄冷器方式を採用することにより70ワットを越える冷凍能力を達成することに成功しました。さらに、このKEKオリジナルパルス管冷凍機をベースにして、岩谷瓦斯(株)のご協力によってより高い信頼性を持つ200ワット級の高冷凍能力パルス管冷凍機を製作することができました。この新型パルス管冷凍機は、MEG実験の本番で使用する液体キセノン検出器に採用されます(図4)。

液体窒素を使わない“無冷媒”液体キセノン検出器

MEG実験で使用する液体キセノン検出器では、1000リットルの液体キセノン中に800台の光電子増倍管が浸されます。規模は違いますが神岡に設置されているスーパーカミオカンデと同じように多くの光電子増倍管が液体を取り囲んでいます。

本実験の準備としてプロトタイプの大型キセノン検出器(液体キセノン120リットル、光電子増倍管250台)が作られ、日本やスイスで実験が続けられています(図5)。このプロトタイプ検出器に、今回開発したパルス管冷凍機を取付けたところ、液体窒素を全く使わない“無冷媒”での42日間に及ぶテスト運転に成功しました。従来の液体窒素を使用する方法と比較すると圧力変動が約25分の1、温度変動が約30分の1、という好環境下での長期運転が可能となりました(図6)。

KEKが開発し岩谷瓦斯(株)のご協力により高冷凍能力化、高信頼化を実現したこのパルス管冷凍機は、MEG実験の他にも米国コロンビア大学の暗黒物質(ダークマター)探索実験のテスト検出器にも応用されています。また、液体キセノンではありませんが、165K付近での高い冷凍能力が評価されCERN研究所におけるシリコン粒子検出器のテスト冷却にも応用されています。

KEKがもつ高度な低温冷却技術は世界の様々な実験装置で活躍しているのです。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→MEG実験グループのwebページ(英語)
  http://meg.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/

→関連記事
  ・2004.6.10
    振動との闘い 〜重力波望遠鏡のための冷凍機システム〜

 
image
[図1]
液体キセノン中ではアルミニウムの固まりも浮いてしまう(液体キセノンの密度は約3g/cm3、アルミの密度は2.7g/cm3
拡大図(30KB)
 
 
image
[図2]
ミュー粒子稀崩壊探索実験(MEG)用液体キセノン検出器 1000Lの液体キセノンの周りを取り囲むように800台の光電子増倍管が液体中に設置される。小型パルス管冷凍機は低温容器上部に設置される。
拡大図(46KB)
 
 
image
[図3]
同軸(蓄冷機内側方式)高冷凍能力パルス管冷凍機
拡大図(56KB)
 
 
image
[図4]
KEKで開発したパルス管冷凍機(右)と岩谷瓦斯(株)のご協力による実機(左)。
拡大図(44KB)
 
 
image
[図5]
大型プロトタイプ液体キセノン検出器(液体キセノン120L、光電子増倍管250台)。
拡大図(73KB)
 
 
image
[図6]
パルス管冷凍機で冷却保持中の液体キセノンの圧力、温度。圧力は±0.001メガパスカル、温度は±0.1K以下の高安定度。
拡大図(62KB)
 
 
 
 

copyright(c) 2004, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
proffice@kek.jpリンク・著作権お問合せ