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last update:06/09/14  

   image おとなしい中性子の人口密度    2006.9.14
 
        〜 世界最高の超冷中性子貯蔵 〜
 
 
  日本は今、世界でもトップクラスの長寿国となっています。出生率の低下は心配ですが、お年寄りがいつまでも元気で長生きできる社会であり続けたいものですね。素粒子や原子核から物質科学の様々な分野で利用が期待されている超冷中性子の実験では、実験に用いる容器に貯蔵する中性子の量(出生率に相当)と貯蔵時間(寿命に相当)を増やして中性子の「人口密度」を上げることが重要になります。世界最高の超冷中性子密度を容器内で実現することに成功した実験についてご紹介しましょう。

超冷中性子とは

世の中に安定して存在する原子のほとんど(水素以外)は、その原子核の中に陽子と中性子がほぼ同数存在しています。原子の重さのほとんどは原子核が担っているので、原子でできているみなさんの体重も、その約半分は中性子のおかげということになります。

中性子は原子核の中では安定ですが、単独では15分ほどの半減期(寿命)で陽子と電子とニュートリノに崩壊します。このため、中性子は地球上で安定して存在しませんので、原子炉の中のウランの核分裂や、加速器で陽子を加速して標的にぶつけたときに出てくる中性子をいろいろな実験に用います。このようにして作られた中性子はスピードがあるので、物質に照射してその物質の性質を調べたりするには適していますが、中性子そのものの性質を詳しく調べたいと思ったら、できるだけ静止した状態に近い「おとなしい」中性子を作る必要があります。ものをどんどん冷やしていくと、分子の運動の速度が落ちて静止の状態に近づくことになぞらえて、おとなしい中性子のことを「超冷中性子」と呼びます。

超冷中性子については以前の記事でもご紹介しましたが、フランスのグルノーブルにある研究用原子炉を持つグループがこれまででは最高の中性子密度を実現していました。他に米国のロスアラモス国立研究所やオークリッジ国立研究所(SNS)、スイスのポール・シェラー研究所などがそれぞれ新世代の実験装置を開発して、研究のしのぎを削っています。

このような世界の研究の流れの中で、KEKの増田康博助教授が主導するKEK、大阪大学、東北大学の共同研究グループは、大阪大学核物理研究センターにある390ワットの陽子加速器を使って世界最高の超冷中性子密度を達成することに成功しました。

超冷中性子でわかること

超冷中性子の運動エネルギーは数百ナノ(数百万分の一)電子ボルトです。エネルギーがこのくらい低くなると、量子効果によって物質表面で全反射するようになるので、容器内に閉じ込めることができます。閉じ込めを決める臨界エネルギーは、フェルミポテンシャルという原子核に働く力で決まります。また、中性子は「中性子磁気能率」という磁石としての性質も持っていますので、磁場を使って閉じ込めることが可能です。また、速度が遅いので、中性子に働く重力も大きく影響します。

たとえば、中性子を物質容器に閉じ込めておいて電場をかけると、「中性子電気双極子能率(EDM)」という性質を精密に調べることができます。また、中性子のエネルギーをさらに下げて、ピコ(兆分の一)電子ボルトにすると、重力による量子化と呼ばれる極めて珍しい現象を観測することができると考えられています。自然界には現在、強い力、弱い力、電磁気力、重力、という4つの力があることが知られていますが、超冷中性子の性質を精密に調べることで、さらに新しい力の存在を調べることができるかもしれません。さらに、超冷中性子を磁場中に閉じ込めると、中性子寿命の測定精度をこれまでより1桁以上も上げることができます。

超流動ヘリウムによる冷却

超冷中性子を発生させるにはまず、3億9千万電子ボルトまで加速した陽子ビームを鉛の標的にぶつけ、破砕された原子核から中性子を取り出します。その時得られる中性子のエネルギーは数百万電子ボルト程度です。この中性子を常温の重水に入れると、衝突でエネルギーを失い、数十ミリ電子ボルトにまで下がり、さらに零下250度の重水に入れることで1ミリ電子ボルトまで下がります。そこからさらに零下271度以下の超流動ヘリウムに入れると「フォノン励起」という現象で数百ナノ電子ボルトの超冷中性子を得ることができます。3段階の冷却で1兆分の1にまでエネルギー(温度)を下げるわけです。

超流動ヘリウムを用いた冷却の有効性は理論的には予測されていましたが、技術的に難しいためにこれまでは実現していませんでした。

増田康博助教授らの研究グループは、超流動ヘリウムを用いた実験技術の向上に努めてきました。超冷中性子の密度は、単位時間当たりの生成率と超冷中性子貯蔵時間の積で決まります。人口密度と同じように、生まれる割合と寿命で決まるわけです。また、実験を行う上では、超冷中性子を実験容器内にたくさん取り込むことができるような工夫も重要です。

超冷中性子は超流動ヘリウムを通った後、ガイド管を通して実験容器に導かれますが、このガイド管内はヘリウムガスで満たされています。超冷中性子がヘリウムガスと衝突すると容器の外に出てしまいます。また、容器壁に存在する水素との衝突によっても超冷中性子は失われます。そこでグループは超流動ヘリウムの温度を下げて、ヘリウムガスとの衝突を少なくし、また、ガイド管を真空ベークすることで水素を取り除きました。

これらの工夫により、今回、超流動ヘリウムの温度が絶対温度0.96度(摂氏マイナス272.2度)で寿命が29秒の超冷中性子を1立方センチあたり10個貯蔵することに成功しました。この時、超冷中性子のエネルギーは90ナノ電子ボルト以下でした。これは世界最高レベルの超冷中性子貯蔵です。グループは今後、冷凍器をさらに改良し、陽子ビームを増強することで、さらに密度の高い超冷中性子の貯蔵を目指します。

「加速」とは対極にある「おとなしい」中性子の世界。これまで誰も見たことがなかった不思議な世界で繰り広げられる静かで熱い研究競争にご注目ください。


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[図1]
超冷中性子(UCN)生成の原理。
陽子ビームを鉛標的に照射すると、核破砕反応により数MeVの中性子が生じる。この中性子のエネルギーは、常温の重水、そして極低温の重水中の重水素原子核との衝突により、数10meVからmeVの領域まで下げられる。20K以下の温度では、ほとんどすべての物質は凍り付き、原子核どうしが固く結合しているので、meV領域の中性子の衝突では、弾性衝突をするだけで、中性子のエネルギーは下がらない。超流動ヘリウム(He-II)内には、物質内の振動の量子であるフォノンが存在する。1meVにおいては、フォノンの運動量とエネルギーの関係は中性子と同じになり、1meVの中性子がHe-IIに入ると、中性子のエネルギーと運動量のほとんどすべてが、フォノンに移行し、超冷中性子となる。超冷中性子は、容器壁で全反射を繰り返し、ガイド管を通して、実験容器に導かれる。
拡大図(44KB)
 
 
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[図2]
超冷中性子容器。
超冷中性子生成用の超流動ヘリウム(He-II)容器は、極低温重水容器に挿入され、極低温重水容器は、常温重水容器に挿入されている。その下方に核破砕標的が置かれている。He-II容器上部に超冷中性子ガイドが垂直に装着され、そして水平超冷中性子ガイドが接続され、その端に超冷中性子バルブが接続されている。He-II内で生成された超冷中性子は、それらのガイド管そしてバルブを通って、その後の重力加速管を通って、超冷中性子検出器に入る。
拡大図(43KB)
 
 
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[図3]
超流動ヘリウム(He-II)容器。
He-II冷却部で、熱交換器を介して3He冷凍器で冷やされたHe-IIは、導入部を通して、He-II容器に通じている。He-II容器は、ニッケルコートしたアルミでできており、外部はベーキングのためヒータ線が巻かれている。
拡大図(84KB)
 
 
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[図4]
超冷中性子は、超冷中性子バルブを通して、実験容器に導かれる。ここでは、超冷中性子密度測定のため、重力加速管と超冷中性子検出器が接続されている。
拡大図(82KB)
 
 
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[図5]
超冷中性子源の構造。
図2の超冷中性子容器は、重水、超流動ヘリウム(He-II)を冷却するGM冷凍器、4He冷凍器そして3He冷凍器等と合わせて、超冷中性子冷凍器を構成している。超冷中性子冷凍器は、放射線遮蔽の中に設置されている。
拡大図(68KB)
 
 
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[図6]
He-IIスパレーション超冷中性子源。
拡大図(80KB)
 
 
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[図7]
1μAの陽子ビームを100秒間照射した時の陽子ビームモニター計数(image)と、中性子計数(image)。超冷中性子バルブは、陽子ビーム照射時は閉じられ、照射停止後40秒後に開かれた。バルブを開いた後の中性子計数は、超冷中性子によるものである。この超冷中性子計数から求めた超冷中性子密度は、10個/cm3である。
拡大図(26KB)
 
 
 
 
 

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