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電子の結晶化 2007.5.17 |
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〜 放射光でみえたウィグナー結晶 〜 |
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電子は負の電荷をもっています。この同じ符号の電荷を持つ粒子同士は反発しあいます。この粒子を箱の中に閉じ込めたところを想像してください。薄く閉じ込められた電子は反発しあって箱全体に広がろうとするので、均一に散らばっています。ところが、この箱を極低温まで冷やすと電子は寄り集まって(凝集すると言います)、不均一に塊を作ることが、1930年代にハンガリーの物理学者ウィグナーによって理論的に予想されていました(図1)。このような電子の塊もやはり負の電荷をもっているので、お互いを避け合う形で空間的な配置をとります。まるで分子や原子が結晶を作るように、電子も結晶化してしまうというのです。こんな不思議なことが信じられますか? 電子が凝集? ウィグナー結晶 ウィグナーの名前をとって「ウィグナー結晶」と呼ばれるようになったこの現象は、これまで液体ヘリウムの上の電子状態や人工的な物質の表面などの2次元の状態で生じていることが確認されてきましたが、3次元の空間では極めておこりにくい現象であると考えられてきました。最近、KEK物質構造科学研究所の澤博(さわ・ひろし)教授、総合研究大学院大学博士課程に在籍していた垣内徹(かきうち・とおる)さんのグループが、フォトンファクトリーの放射光を用いたX線散乱実験によって、3次元的な電荷秩序の状態がウィグナーによって予想されていた体心格子を実現していることを明らかにしました。この不思議な現象がどうして起こるのかも含めて、簡単に説明しましょう。 まず、簡単のために一次元的なモデルで考えます。金属には自由電子という、金属の中を自由に動きまわる電子があることは知っていますね。「一次元金属」とは、電子がある直線の(または曲線の)上だけで動くことができ、それ以外の方向に流れることができない状態です。現実の物質では完全に一次元状態を保つことは難しく、電子の飛び移りやすさの比率が他の方向と極端に異なる場合を含めて考えています。この状態が図2の最初の状態です。このような状況は、最近注目されている分子性伝導体と呼ばれる電気をよく通す分子性の物質上で実現していることがよく知られています。分子には、パイ電子と呼ばれる空間的に広がりを持っている電子があり、重なり合った分子の間を比較的自由に飛び移れることから生じる現象だからです。今、簡単のために2つの分子で電子が1つという割合で存在する状態を考えましょう。分子からなる結晶の一次元金属は低温では不安定で、絶縁体になります。これは、図2の上の図に示したように、分子2つで1個の電子を共有するように分子間距離が変形し「二量化」してしまうことによります。このような現象をパイエルス転移と呼びます。これは水素や酸素などが単一の原子ではなく2つの原子で分子を作って安定な状態になるのと同じ理屈で、粒子の量子論的なふるまいとして理解されています。 さて、二量化による絶縁状態は電子1個と分子が作る格子との共同現象として理解されますが、電子同士が反発しあうような場合にはどのようになるのでしょうか? 電子同士が強く反発すると図2の下の図のように1つ置きに電子が並びます。これは各電子がお互いに最も離れた配置になっています。これが最初に説明したウィグナー結晶化の一次元版です。専門的な言い回しをすると、飛び移るエネルギーよりも反発するエネルギーのほうが強いために電子が移動できなくなる絶縁状態になっているといえます。 らせんのフラストレーション このようなウィグナー結晶化が (DI-DCNQI)2Ag という分子性伝導体で実現していることが1990年代の終わりに理論的に予測され、間もなく核磁気共鳴と呼ばれる実験でこのような状態が実現していると考えられる結果が発表されました。2つの報告の後で他の多くの科学者による実験が積み重ねられてきましたが、三次元的な電子状態を明らかにするところまでは至っていませんでした。そこで、研究グループは放射光を用いたX線回折による精密な構造解析を行うことによって、三次元的なウィグナー結晶化を可視化しようと試みました。 ところが、これは解けない問題だったのです。図3を見てください。三次元的な分子の配列状態の中で4本の積層部分を取り出したものです。この配列で図2下のようなウィグナー結晶が実現できるかどうか試してみましょう。まず一次元のAの鎖の上に電子のあるなしを赤と紫で交互に記述していきます。分子の隣り合った鎖の高さは1/8ずつ異なっていて、らせん階段を作っています。次にBの鎖に同様に赤と紫の色を塗ります。もちろん赤の横には電子が少ない紫の色を塗りましょう。同じ色分けはCの鎖にもできます。ところが次のB’と書かれた鎖には色を塗ることができません。なぜなら、CとAの両方の鎖との関係を満足するような色塗りができないからです。これを専門用語でフラストレーションと呼びます。このような幾何学的なフラストレーションは正三角形をモチーフにした物質では数多く報告されていますが、らせんをモチーフにしたフラストレーションは初めて発見されました。このことに誰も気がつかなかったためにこの系の電荷の三次元的な配置状態が解けない問題となっていたわけです。 複雑な結晶構造の中にウィグナー結晶がみえた! さて、ひとたび問題が明らかになってしまえば解析を進めることは簡単です。何しろ、放射光を用いた最も精度の高い実験結果を我々が手にしているのですから。途中の専門的な部分は省略しますが、解析した結果は図4に示しました。これは電荷が最も多いところが暖色系の色となるように描いた図です。よく見てください。Aの鎖では電荷が多いところと少ないところは分子の配列と完全に一致しています。ところが、B→Cへと進むにつれて電荷の最大値は分子の位置と外れていきます。Cの鎖では電荷の最も多い場所は分子と分子の間にあることになります。気がつきましたか? Cの鎖の状況は図2の上の図の「二量化」で実現していることと全く同じです。一方、Aの鎖は図2の下の図と同じです。つまり、ひとつの結晶の中で異なる状態が共存しています。 さらに、この電荷が最も多い所を赤い丸で書いて三次元的な絵にしたのが図5です。この絵を見れば電荷の多いところが、体心構造、つまりまさに図1で示したウィグナー結晶の状態になっていることがわかります。異なる電子状態を実現する鎖は各々が勝手にふるまっているのではなく、結晶全体として電荷が最も遠く配置するようなウィグナー結晶化を実現していることがわかりました。 これが、図3の「解けない問題」の答えです。らせん階段のフラストレーションを解消するために、ひとつの結晶の中で異なる状態を共存させるという複雑なしくみで、ウィグナー結晶というシンプルな状態を実現させていたのです。自然とは、なんと巧妙で美しいのでしょうか。 この研究は垣内さんの学位論文「放射光X線回折による低次元分子性伝導体の電荷秩序の研究」として発表され、アメリカの学術雑誌Physical Review Lettersの2007年2月9日号に掲載されました。この成果が評価されて、垣内さんは平成18年度長倉研究奨励賞を受賞されました。
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