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磁石に近づけると電気が流れる 2006.8.17 |
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〜 超巨大磁気抵抗効果の新たなしくみ 〜 |
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みなさんは夏休みをどのようにお過ごしでしょうか。海や山に友達と出かけて、思い出の写真をデジカメで撮って、パソコンに保存している方もたくさんいらっしゃると思います。パソコンでデジカメの写真ファイルなどを保存するのに欠かせない部品がハードディスクです。最近では携帯音楽プレーヤーやビデオ録画などにも欠かせない存在になっていますね。デジタルの情報を小さな円盤の中にできるだけたくさん記録しようという技術革新が続けられていて、IT革命を支える縁の下の力持ちです。ハードディスクに記録できる情報の量はこの20年で実に1万倍以上という驚異的な伸びを示しています。 ハードディスクの大容量化・小型化に大きな役割を果たしてきた「巨大磁気抵抗効果」の謎に迫る放射光を用いた研究については、以前ご紹介しました。その不思議な性質をさらに超える「超巨大磁気抵抗効果」のしくみがフォトンファクトリーの放射光を使って明らかにされました。 あまりにも「巨大」な磁気抵抗効果 ハードディスクは、磁気的に情報を記録していて、読み出しには磁石に近づけると電気抵抗が変わる物質を利用しています。磁石に近づけることで電気の流れやすさが変わる現象は磁気抵抗効果と呼ばれています。磁気抵抗効果はふつうの金属にも見られる性質ですが、現在市販されているハードディスクには普通の磁気抵抗効果よりも10倍ほど大きな効果をもつ「巨大磁気抵抗(Giant Magnetoresistance: GMR)効果」と呼ばれる性質を持つ素子が良く使われています。 物性物理学の研究の最前線では、さらに100倍以上、場合によっては100万倍も大きな効果をもたらす「超巨大磁気抵抗効果」を持つ物質が研究されています。「超巨大磁気抵抗」は英語ではColossal Magnetresistanceと言いますが、colossalとは古代ローマの円形競技場コロッセオと同じ語源で、度を超して大きいことを表す単語です。これまでに知られていた効果にくらべてあまりにも大きな効果なので、このような名前がつけられました。 ものの性質が物質によって100万倍も違う、なんて、ちょっとピンときませんね。人類が生み出すすべての情報が角砂糖ほどの大きさのハードディスクに記録できるなんていう時代がくるのでしょうか? 超巨大磁気抵抗効果はマンガンの酸化物によく見られ、1990年代中ごろから世界中で盛んに研究されています。現在までに2種類の超巨大磁気抵抗効果があるらしいということがわかってきました。一つは「電荷秩序」という状態が磁石の力で崩れて電気抵抗が変わるというもの。もう一つは、マンガンイオンが持つスピンのふらつきが大きな電気抵抗を作り(スピン散乱)、それを磁石の力で揃えることで電気が流れるようになる、というものです。スピンとは電子や原子・イオンが持っている磁石の性質のことです。 これら以外にも第3の効果があるらしいことがわかってきました。東京大学先端科学技術研究センターの宮野健次郎(みやの・けんじろう)教授のグループ、東京大学大学院工学系研究科の永長直人(ながおさ・なおと)教授とKEKの若林裕助(わかばやし・ゆうすけ)助手の共同研究グループは、フォトンファクトリーに新たに導入された磁場中X線回折用超伝導磁石(図1)を利用して、超巨大磁気抵抗効果を示す電子のふるまいを捉えることに挑戦しました。 3番目の超巨大磁気抵抗効果 最近の技術の進歩によって、ひずみのないマンガン酸化物の薄膜を色々な基板の上に作ることができるようになりました。その結果、以前はどうしても作れなかった、電子の個数が違う原子が規則的に並んだ、”電荷秩序”という状態を作ることができるようになりました。膜ではなく、塊として作ったマンガン酸化物では、電荷秩序も超巨大磁気抵抗効果もよく見られたのですが、膜にするとこれらの性質が消えてしまっていたのです。研究グループは、最近できた電荷秩序を起こす膜の中の1つ、Pr0.5Sr0.5MnO3という物質の薄膜が超巨大磁気抵抗効果を持つことを見つけました。 この薄膜は低温では絶縁体で、磁場をかけると金属に変わります。磁場をかけると金属領域の体積が大きく変化するのと同時に、電気抵抗が大きく減少するのが確認されました。つまり、絶縁体から金属の部分がだんだん増えて行くといったゆるやかな変化ではなく、「全体が絶縁状態」であるか、「全体が金属状態」であるかのどちらかということです。さらに、絶縁体状態では電気が全く流れないわけではなく、電子がゆるく束縛されているだけで、電圧をかけるとポツリ、ポツリと隣に飛び移るような状態であることもわかりました。 フォトンファクトリーの放射光でこの薄膜の構造を調べると、室温では原子やイオンが立方体の形に並ぶ「立方晶」だったものが、冷やして絶縁化すると一方向に縮んで、図2(右)の「x2-y2軌道」という2次元状の軌道に電子が入った「強軌道秩序状態」と呼ばれる構造になることがわかりました(図3)。 最近フォトンファクトリーに導入された超伝導磁石(図1)は、世界で一番強力な永久磁石よりさらに10倍近くの強力な磁場を発生させることができます。この超強力な磁石で磁場をかけながら実験を行った結果、ある程度磁場をかけたところでこの強軌道秩序状態が突然壊れて室温と同じ構造になり、磁場を下げるとまた元の状態に戻ることが確認されました。膜全体の性質が突然変わる様子を原子レベルで解明できたのです。 乱れで身動きがとれない電子 何が電気の流れ方を変えているのでしょう。これまでに考えられていた超巨大磁気抵抗効果のしくみのひとつである電荷秩序は、今回の放射光の実験結果で否定されました。また、スピン散乱による絶縁化が起こっているとすると、電気伝導度が温度によって変わる変化の仕方が全然違うはずで、これもおかしいのです。 このマンガン酸化物の薄膜は、どうやら今までに知られていなかった新しいしくみで超巨大磁気抵抗効果が起こっているようです。これについて研究グループは「低温で強軌道秩序状態になったことによって全体が2次元として扱うべき状態に変わり、それによって結晶中の乱れの影響が大きくなって電子が身動きとれずに止まってしまった」という新しいモデルを提案しました。 乱れの影響が大きくなるというのはどのようなことでしょう。たとえば草原(2次元)を馬が走っているとき、1頭が立ち止まったとしても他の馬は立ち止まった馬をよけて普通に走り回ることができますが、電車(1次元)だと一両が止まってしまったら、後続の電車も動けなくなります。図4では2次元の空間を歩く人は、段差(乱れ)があるところを通過できませんが、3次元の空間である空を飛ぶ鳥は、段差があっても気にせず動くことができます。このように3次元(空間)、2次元(面)、1次元(線)と次元が小さくなるにつれて、乱れの影響が大きくなります。 強軌道秩序状態とは、電子が動くことのできる道すじが図3の赤線のように規定されている状態ですので、この道筋に段差が生じる(=結晶中に乱れが生じる)と、すぐに電子は身動きが取れなくなってしまうはずです。 磁場中のX線回折実験は、物質の性質を調べるときに非常に重要な役割を果たします。この研究で大活躍した超伝導磁石は、フォトンファクトリーに現在建設中の新しいビームラインBL-3A(図5)に常設されることになっています。BL-3Aは、短周期アンジュレータという高輝度のX線を発生する挿入光源を用いたX線回折実験用のビームラインで、2006年の秋から立ち上げが開始されます。この新しいビームラインから、将来のハードディスクに使えるような夢の物質のなぞが解き明かされるかもしれません。 この成果は、米国物理学会の学術雑誌Physical Review Lettersの 7月21日号に発表されました。 |
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