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リチウムは合金のかくし味? 2006.6.15 |
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〜 コンプトン散乱で見る「多体相関」 〜 |
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金属はわたしたちの生活になくてはならないものです。金属といってもいろいろな種類があり、それぞれ性質も違うことは日常生活の中でもお気づきでしょう。この性質の違いは、金属の中の電子の運動の様子の違いから出てくるということを、以前に「金属・合金の個性は顔に」というニュースでお話ししました。今日も金属の中の電子にスポットを当ててみましょう。 金属の中の電子の運動 金属中では1cm3あたり1兆個の10億倍(1022個)ほどの電子がお互いに相手の存在を意識しあって(クーロン相互作用と呼んでいます)秩序正しく運動しています。人間に例えれば、大きな部屋に人1人分ぐらいの隙間しかないくらいにびっしりと詰め込まれた状態で運動しているのと同じです(図1a)。したがって、隣の人の動きも気になるし、遠くの人が倒れてもその影響で将棋倒しになるのではと心配しますから、常に全員のことを気にしながら秩序ある運動をしていなければなりません。 このようにみんなが近くにいるものとも遠くにいるものともお互いに作用を及ぼしあっていることを「多体相関」といいます。多体相関はとても複雑ですから、多体相関を厳密に考慮した理論で、実際に観測される物理量の解析にすぐに使える理論はありません。簡単にするために、金属中の電子の多体相関を考えるときには通常は電子密度(1cm3当たり何個の電子が存在するか)を目安にして、いろいろな場合に分けて考察します。しかし、この理論では金属・合金の個性を電子密度というパラメーターだけに押し込めてしまうので、いろいろな金属や合金の電子の運動に由来する個性・特徴までは十分に説明できないという難点があります。 一方、多体相関に対してある種の平均化を行って、電子はあたかも他の電子の運動に影響されないかのように近似して取り扱う理論があります。この近似を独立粒子モデルと呼びます。例えていえば、1人の人間が、止まっている大勢の人ごみの中を動き回るとするようなものです(図1b)。この理論は、いろいろな金属・合金の、電子に由来する個性の違いを上手に説明することができて、大変役に立つ理論です。実際の人ごみでは周りの人たちが全く動かないなんてことがあり得ないのと同じく、実際に観測される物理量には必ず多体相関の効果が含まれていますが、多体相関の効果がどのようにどれだけ含まれているかは、観測結果の精緻な解析と独立粒子モデルで計算される理論的結果との比較から推察する以外に方法はありません。 2003年3月20日のニュース、「金属・合金の個性は顔に」をもう一度見てみましょう。金属中の電子の運動の様子は、X線の散乱(コンプトン散乱と呼ばれています)を使って観測できることが解説されています。これからご紹介する研究でも、コンプトン散乱が活躍します。コンプトン散乱はフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)が世界に誇るユニークな実験手段のひとつで、世界の研究者を結びつける研究手段です。この研究はポーランド、アメリカ、そしてKEKの研究者たちたちの国際共同研究チームで行なわれました。 わずかなリチウムが電子の運動を変える アルミニウム合金は、軽量で力持ちの材料として、私たちの日常生活の場のいろいろなところに利用されています。研究者たちの世界でも、金属中の電子の運動の様子を調べるのに格好の研究材料として、古くから研究者に愛用されています。今日の主役も、アルミニウムにリチウムをわずかに加えた合金です。この合金の全く予期せぬ多体相関効果が、コンプトン散乱によって観測されました。 この合金は、アルミニウム原子97個に対してリチウム原子が3個という、ほんのわずかにリチウムを加えただけのものです。最初に紹介したように、金属の電子の運動の様子を「電子密度」という側面だけから見てみると、この合金の電子密度は純粋なアルミニウム中の電子密度(これからは結晶全体を動き回れる電子のみを考えます)に比べて、わずか2%少ないだけです。金属中を比較的自由に運動する電子に適応できる通常の多体相関の理論では、わずか2%の電子密度の違いによってもたらせる多体相関効果の違いは、観測不可能なぐらい小さいことが知られています。 国際研究チームの研究者たちはPF-ARのNE1A1ビームラインで、純粋なアルミニウムと、アルミニウム−リチウム合金について、全く同じ実験条件下で電子の運動量の大きさの分布(コンプトンプロファイルと呼んでいます)を測定して、それらの差を調べました。図2はその差をプロットしたものです。縦軸は2つのコンプトンプロファイルの差を、横軸は電子の運動量の大きさを表します。赤丸の曲線が測定結果で、青の四角の曲線は上で述べた独立粒子モデルの理論的予測です。この2つが大きく違っていることがわかります。 違いは多体相関の効果 違いを詳しくみてみましょう。青の理論曲線は電子の運動量の小さい領域で赤丸より低く、さらに電子の運動量が1a.u.(原子単位)付近では赤丸の実験曲線が負になっているにもかかわらず、青の理論曲線はそれを再現していません。実験曲線が負になっているということは、リチウムをわずかに加えて合金にすると、1a.u.(原子単位)付近の大きさの運動量を持った電子の数が多くなったということを示しています。青の理論曲線は、独立粒子モデルの中では合金にした効果を最も合理的に取り入れているKKR-CPA法と呼ばれる非常に精密な理論計算から得られた結果です。したがって、図に示した実験と理論の相違は、独立粒子モデルでは考慮できない多体相関の効果であると考えられます。ただし、ここで大事なことは、先に述べたように金属中を比較的自由に運動する電子に適用できる多体相関の理論では、わずか2%の電子密度の違いによる多体相関効果の違いは観測不可能なほど小さいことになっています。つまり、アルミニウムのコンプトンプロファイルにも、リチウムを添加した合金のコンプトンプロファイルにも、多体相関の効果は表れていますが、その差は観測不可能なくらい小さいということです。したがって、図に示した実験と理論の差は従来の多体相関の理論では説明がつかないことになります。 そこで、次のような新しい考えを導入して実験と理論の差を説明しました。アルミニウムにリチウムを混ぜたことは、単に電子密度を2%減少させただけではなくて、アルミニウム中の電子の運動の様子を大きく変えている、という新しい考え方です。電子の運動の様子は、専門用語を使わせてもらいますと、電子の波動関数で表されますが、この電子の波動関数が、独立粒子モデルで計算されたものよりももっと多くのエネルギーの高い状態の波動関数が混じっているとして計算をしなおすと、図2の緑の実線で表される曲線になり、赤丸の実験曲線によく一致することがわかりました。コンプトン散乱の実験から、アルミニウムや銅やバナジウムなどの金属では、多体相関の効果で電子の波動関数が変化するということは既に知られていることなのですが、アルミニウムにわずか3%のリチウムを混ぜるだけで、これほどまでに大きな変化が起こるということは初めての発見です。 この研究は、米国物理学会の学術雑誌 Physical Review Letters の5月12日号に発表されました。発表論文が受理された時のレフェリー(審査委員)のコメントには、「この論文は、高分解能コンプトン散乱法によって、合金化によって引き起こされる今まで知られていなかった多体相関効果の側面の発見に成功し、非常に優れた実験手法であることを示しており、発表するに値する。」とありました。フォトンファクトリーが世界に誇れるユニークな測定手段を持っていたからこそ可能となった国際共同研究です。 |
お知りになりたい方へ →放射光科学研究施設 (フォトンファクトリー)のwebページ http://pfwww.kek.jp/indexj.html →関連記事 |
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