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100億分の1秒の瞬間 2007.12.13 |
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〜 短パルスX線で見た結晶の破壊過程 〜 |
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お皿やコップを割ってしまったことはありますか? お皿を洗っていて、手がすべって落としてしまい、あっ!と思った瞬間にはもう遅かった..なんて経験をした人もいるのではないでしょうか。ものが壊れるとき、物質の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか? 落とすとか、なにかをぶつけるといった衝撃で、物質が圧縮され、変形し、最終的には壊れる..こんな過程が、「あっ!」という間よりずっと短い時間で起こっているのです。最近、KEKの放射光を用いて、そんな短い時間で起こった「ものが壊れる」過程を観測することに成功しました。 動くものを捉えるということ ものが壊れるといった、非常に短い時間で起こっている高速の現象を捉えるにはどうすればいいのでしょうか? 身近なものとして、高速で動いているものの写真を撮ることを考えてみましょう。最近では携帯電話にもデジカメが内蔵されていて、誰でも気軽に写真を撮ることができるようになりましたが、携帯のデジカメでは、あまり速く動いているものはブレてしまい、うまく撮影できません。新聞や雑誌などで、サッカーの選手がヘディングをしようとしてジャンプしている、というような、まるで瞬間を切り取ったような見事な写真を見たことがあると思いますが、このような写真は、速いシャッタースピードで撮影する必要があります。 ものが壊れるということを科学的に観測するには、原子の配列がどのように変化したかを調べなくてはなりません。放射光は、原子の配列を見るにはとても優れた道具ですが、ものが壊れる瞬間を切り取るような「速いシャッタースピード」で観測することができるのでしょうか? 放射光のリング型の加速器の中では、電子はバンチと呼ばれる集団になって回っています。この電子のバンチが磁場で曲げられた瞬間に、放射光が放射されます。放射される時間は電子のバンチの大きさで決まっていて、ほぼ光速で回っている長さ3センチの電子バンチは、100ピコ秒(100億分の1秒)という短い時間放射光を出します。このように、放射光はもともとパルス状の光、つまりストロボのような光なのですが、通常の放射光施設では、光の強さをかせぐために電子のバンチがいくつも加速器の中を回っている状態で運転されるので(多バンチ運転)、光はほぼ連続でやってくるように見えます(図1下)。 この「パルス状の光」という特徴をうまく利用できれば、放射光は100億分の1秒という速いシャッタースピードを持つ魅力的なカメラになりそうです。KEKの、PF-AR(フォトンファクトリー・アドバンストリング)は、放射光を「パルス状のX線」として利用できるように工夫された、世界でも例を見ないユニークな光源加速器です。PF-ARの一番の特徴は「大強度単バンチ運転」ということです。単バンチ運転とは、通常いくつも回っている電子のバンチをひとつにまとめた「単バンチ」という状態で加速器が運転されていることで、特にそのたった一つのバンチにたくさんの電荷を蓄積しているので「大強度」と呼ばれています(図1上)。この「大強度」という特徴はとても重要で、1発のパルスX線によって、原子の配列の情報が得られるのに十分な強度がなければなりません。 KEKの一柳光平(いちやなぎ・こうへい)博士研究員、足立伸一(あだち・しんいち)准教授のグループは、PF-ARの大強度の短パルスX線を用いて、結晶が壊れていく過程を観察しようと考えました。一柳さん、足立さんは、東京工業大学の腰原伸也(こしはら・しんや)教授が進めているJST(科学技術振興機構)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)「非平衡ダイナミクスプロジェクト」のメンバーです。次世代のエレクトロニクス材料には超高速で動作する性能が要求されることから、このプロジェクトでは「動的に変化する構造」を捉える有力な道具として、PF-ARのパルス放射光を用いた研究を進めています。このプロジェクトと、今回の研究にも用いられたPF-ARのNW14Aビームラインについては、次の機会にご紹介しましょう。 パルスで壊してパルスで観察 今回の実験では、硫化カドミウムという物質の単結晶に、強いパルスレーザーの光をあてて、結晶が壊れる過程を放射光で観察しました。強いパルスレーザーをあてると、結晶は衝撃波で強い圧力を受け、瞬間的に破壊されます。そのときに原子レベルでは何が起こっているのでしょうか? 図2は、実験のセットアップです。結晶(サンプル)には、結晶を破壊するためのレーザーのパルスと、結晶を観察するための放射光X線パルスが、同じ位置にあたるようになっています。図の中で「遅延時間」と書いてあるところがこの実験のポイントです。放射光X線パルスは、レーザーパルスより、ある決まった時間だけ遅れて結晶にあたるようになっています。つまり、レーザーパルスによる一連の破壊過程が始まった瞬間からある決まった時間だけ後の結晶の状態を、1発の放射光パルスで観察します。この「遅延時間」を変えて観察したものをつなぎ合わせることによって、結晶が壊れていく過程を追うことができます。 結晶の部分を拡大してみてみましょう(図3)。上から、遅延時間がゼロ、3ナノ秒(1ナノ秒(ns)=10億分の1秒)、6ナノ秒の場合です。レーザーパルスに遅れてやってくるX線パルスが、結晶の破壊過程のある一瞬を捉え、その瞬間の姿を回折像として記録している様子がわかると思います。図4は実際に記録された回折像です。それぞれの回折像は、100ピコ秒(100億分の1秒)という非常に短い時間のパルスX線たった1発で撮影されたものです。図5は、観測された回折点(図4の黒く見える部分)の強度をグラフで表したものです。 この結果から、パルスレーザー照射による衝撃波は、結晶の中を毎秒4.2キロメートル(マッハ12)という超音速で進むこと、衝撃によってこの結晶はレーザーの進行方向に最大4.4%圧縮されていること、その瞬間圧力は最大約4万気圧にまで達すること、などが明らかになりました。また、この最大到達圧力は、結晶に「圧力相転移」という現象、つまり、強い圧力によって結晶の状態が変化するような現象を起こすのに十分な圧力であったにもかかわらず、最大圧力の保持時間が短いために圧力相転移に至らずに、その直前の過渡的な状態になっていることがわかりました。このような状態を観測したのは世界で初めてのことです。この研究成果は、宇宙ステーションや原子炉、J-PARCのような大強度の陽子加速器などの過酷な環境にさらされる材料の設計や維持のために貴重な情報であり、衝撃に強い新しい材料を生み出す際にも大いに役立つでしょう。 静から動へ、そしてもっと速い反応へ 写真の話に戻りますと、150年ほど前は、1枚の写真を撮るにも露光時間がかかり、撮られる人は肖像画のように動かずにじっとしている必要がありました。それが今では、生き生きと動いているものの写真が当たり前に撮影できるようになったように、放射光で見る物質の姿も、止まっている状態から動いている状態へ、実験技術の進歩とともに変わって行くのは間違いありません。現在の放射光では、パルスの長さは100ピコ秒が限界で、それ以上短い時間で起こる反応を見ることができませんが、次世代の放射光では、100フェムト秒(10兆分の1秒)という短いパルスX線を発生させることができるようになります。 この研究成果は、米国の科学雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版に、12月7日に掲載されました。
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