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宇宙を見つめる半導体の眼 2008.7.10 |
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〜 GLAST衛星を支える素粒子実験技術 〜 |
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宇宙をガンマ線で観測すると、ブラックホールや中性子星などの周辺で起きている極めて高いエネルギーの現象を調べることができます。しかし、ガンマ線は地球の大気の上層で「シャワー」という現象を起こすので、地表で観測することは容易ではありません。そこで、ガンマ線を観測するには、観測装置を人工衛星に積んで、大気の外に出ることによって格段に優れた観測が可能になります。 6月12日に打ち上げられた「GLAST宇宙ガンマ線望遠鏡衛星」は、ガンマ線を観測する人工衛星としてはこれまでで最高の性能を持っていますが、その開発には素粒子実験で用いられる測定器の開発技術と、研究者や企業の長い努力がありました。GLAST衛星による宇宙観測を支えている素粒子測定技術についてご紹介しましょう。 超高エネルギーの天体活動を調べる 宇宙にはさまざまな種類の天体があり、電波、赤外線、可視光、紫外線、X線などの電磁波を使って観測することで、その活動の様子を調べることができます。ガンマ線もX線よりさらに波長が短くエネルギーの高い電磁波ですが、観測が難しく、どのような天体がガンマ線を出しているのか、まだ多くの謎が残されている観測分野です。 以前の記事でご紹介したガンマ線バーストのように、ブラックホールに関連のある爆発によるものもあれば、超新星や銀河の中心付近のように、活動の激しい部分から発生するガンマ線もあります。いままであまり詳しく観測されてこなかった分野を観測することで、まだ知られていない宇宙の新しい現象が見えてくることも期待できます。 1998年、広島大学の助教授だった大杉節氏(現・同大学教授)と、東京大学教授だった釜江常好氏(現・スタンフォード大学SLAC研究所教授)が、素粒子実験の測定器の開発技術を米国の研究者仲間から評価されて、宇宙ガンマ線望遠鏡衛星GLAST(Gamma-ray Large Area Space Telescope)計画(図1)に参加することになりました。この衛星は、米国、日本、イタリア、フランス、スウェーデン、ドイツの6カ国が参加する国際共同開発プロジェクトです。 電子と陽電子の対を捉える半導体検出器 GLAST衛星の心臓部はLAT(Large Area telescope)というガンマ線宇宙望遠鏡です(図2)。天体からやってきたガンマ線は、そのままでは検出できませんが、ガンマ線が物質中で電子と陽電子の対になる現象を利用して、電子と陽電子をそれぞれ検出します(図3)。 半導体のシリコンの中を電子と陽電子が通過すると、電気パルス信号を出します。シリコンは狭い帯状のパターンに作られていて、どの帯で電気信号を出したのかを読み取ることで、通過した場所を数十マイクロメートル単位で知ることができます。そのような検出器を何層にも重ねることで、電子と陽電子の飛跡を検出し、元のガンマ線の到来方向を知ることができます。この飛跡検出器はシリコン・マイクロストリップ検出器と呼ばれています。 電子と陽電子はシリコン・マイクロストリップ検出器を通過した後、電磁カロリメータと呼ばれる別の検出器でエネルギーを測定されます。 電子などの飛跡を数マイクロメートル単位の精度で測定することができるシリコン・マイクロストリップ検出器は、1980年代半ばから重要な次世代実験技術の一つとして開発が始まりました。当時、日米科学技術協力事業のテーマの一つとして、超伝導超大型加速器計画(SSC)のための次世代検出器開発が始まり、広島大学の大杉教授のグループは、KEKやカルフォルニア大学サンタクルツ校等と浜松ホトニクスと共同で、放射線損傷に強く、安心して使えるシリコン・ストリップ検出器の開発を進めました。 途中、SSC計画が中止され、開発研究継続の困難になった時期もありましたが、その技術は米国のCDF-II実験、KEKのBファクトリー実験、LHC実験の大規模採用へと発展していきました。GLAST衛星の飛跡検出器として米国の研究者から共同開発の申し入れがあったのは、それらの実績が認められてのことです。 シリコン・マイクロストリップ検出器を採用した事で、GLAST衛星のガンマ線望遠鏡は信頼度と性能が飛躍的に向上することになりました。 厳しかった安定動作の要求 人工衛星はいったん打ち上げられたら、搭載された観測装置が故障しても修理や交換ができません。必要になったら装置を交換する素粒子実験の検出器とは桁違いの信頼性が求められます。GLAST衛星開発に対する日本の最大の貢献は、シリコン・マイクロストリップ検出器を開発し、設計・製造・品質責任を持つことでした。 NASAの衛星搭載基準はとても厳しく、何よりも安定に動作している実績が要求されます。搭載されるコンピューターも使用実績の少ない最新型は選定されません。当時、70平米という大面積のシリコン・センサーを働かせた実績は存在しませんでした。まして、衛星に搭載した例は過去にはありません。信号を読み出すためのチャンネル数も88万チャネルと大規模だったので、NASAは随分心配していたようです。 最終的にはそれまでの常識を50倍一気に改善する品質のセンサーを開発し、データを示して実証したことで、代替案であったシンチレーションファイバーなどを退けて、衛星への採用が決定しました。打ち上げ直前まで、NASAのGLASTプロジェクト・リーダーは心配していたと漏らしていました。図4はGLAST衛星に用いられたシリコン・マイクロストリップ検出器の写真です。 宇宙へ 10年以上にわたる設計・開発・製作の末に完成したGLAST衛星(図5)は、6月12日未明(日本時間)ケープカナベラル基地からDELTA-II-Heavyロケットで無事打ち上げられました(図6、図7)。衛星の機能検査は終了し、ガンマ線望遠鏡の機能検査・試験観測が現在進行中です。全天ガンマ線画像のデータを見ると、僅か1日の観測で多くのガンマ線天体が捕らえられており、GLAST衛星の高性能さを表しています。 素粒子実験のための検出器の開発が、人工衛星の観測装置としても性能を発揮することが実証されたことで、日米科学技術協力事業のサポートで開発を行ってきた開発グループが蓄積した設計手法、構造、製法は、今や世界を制したといっても過言ではないといえるでしょう。途中、さまざまな挫折の危機にも諦めることなく継続してきた開発研究がGLAST衛星を実現に導いたのです。
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