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last update:09/10/01  

   image 遺伝情報を正しく読む    2009.10.1
 
        〜 tRNAの「L字型」を見極める酵素 〜
 
 
  すべての生物には遺伝子DNAに記された遺伝情報を読み取って、タンパク質を作り出す「翻訳」システムが備わってます。これは生物にとって最も基本的な生命現象のひとつです。遺伝子に書かれている情報と、タンパク質の部品であるアミノ酸との橋渡しをするアダプターの役割をする分子がトランスファーRNA(tRNA)です。遺伝情報を正しく読み取るには、この小さなアダプター分子tRNAが正確に機能しなければなりません。

tRNAを育て上げる

翻訳が生命にとっていかに重要な過程か、そしてtRNAがどんな役割を果たしているかは、以前のニュースでもお伝えしました。tRNAは、メッセンジャーRNA(mRNA)がDNAの情報を転写するときと同じように、細胞内でDNAを鋳型として合成されます。転写合成されたばかりのtRNAは、まだ一人前に働くことのできるtRNAではありません。この後、余分な部分がカットされたり、いろいろな化学修飾を受けて、初めて一人前のアダプター分子として働くことができるようになります。この工程は、生まれたての赤ちゃんが大人になるのになぞらえて、tRNAの成熟化と呼ばれています(図1)。

正確にアダプター分子としての仕事をすることができる一人前のtRNAを育てあげる「tRNAの成熟化」は、正しく遺伝情報を読み解くためにとても重要な工程です。細胞は、どのようにしてこの複雑な工程をコントロールしているのでしょうか? そして、どのようにしてtRNAが一人前になったかどうかを見極めているのでしょうか?

成熟化したtRNAの証拠は「L字型」

成熟したtRNAは、L字型の立体構造を取っています(図1参照)。成熟化の工程には、このL字型の構造を安定化させるための化学修飾がいくつもあります。このL字のかたちは、tRNAが一人前になったかどうかを見極めるひとつの指標になりそうです。

理化学研究所・生命分子システム基盤領域の横山茂之(よこやま・しげゆき)領域長(東京大学大学院理学系研究科教授)の研究グループは、tRNAの成熟化の工程で働く酵素のひとつ、aTrm5に注目しました。この酵素は、L字型の一方の末端(アンチコドン)付近にメチル基(-CH3)を付加する化学修飾を行うメチル化酵素です。このメチル化反応が起こると、アンチコドンが正確に遺伝情報を読み取る反応が促進されます。いわば、遺伝情報の読み取りのゴーサインを出しているようなものです。

注目すべきは、メチル化酵素aTrm5は、正しくL字型になったtRNAにだけメチル化を行っていることです。この酵素は、tRNAのL字型を見分ける機能があるようです。いったいどのようにして見分けているのでしょうか?

角の部分を見極める

研究グループは、古細菌Methanocaldococcus jannaschii 由来のメチル化酵素aTrm5と、tRNA、メチル基を与える小分子であるS-アデノシル-L-メチオニン(AdoMet)の3者の複合体の結晶作成に挑戦しました。この3者は、実際にaTrm5が働いている現場の主要な登場人物であり、複合体は働いている様子を再現していると考えたからです。そして、アミノ酸のロイシンおよびシステインに対応するtRNA(tRNALeu, tRNACys)で、良質の結晶を作ることに成功しました。

2種類の複合体の結晶について、KEK・PF-ARのNW12A、およびSPring-8のBL41XUビームラインで、X線結晶構造解析を行いました。得られた立体構造が図2です。メチル化酵素aTrm5は、3つの部分(D1(ピンク), D2(青), D3(水色))に分かれていることがわかりました。メチル化反応を担う部分はD2とD3の境界にあり、AdoMetからメチル基を受け取って、tRNAに結合させる働きをしています。そしてもう1つの部分、D1は、リンカーという、特定の構造を取らない「ひも」のような部分でD2とつながっていて、L字の角のところに配置していました。どうやら、L字型を見分ける働きをしているのは、角の部分をしっかり見極めているこのD1部のようです。

いろいろな検証実験を重ね、aTrm5がtRNAの成熟化を見極めるしくみが明らかになりました(図3)。D1は、L字構造が安定に作られていない未熟なtRNAにはしっかり結合することができません。しかし、成熟化が進みL字構造が安定になると、D1はL字型部分としっかり結合することができるようになります。そうなると、ひも(リンカー)でつながったD2-D3部分もtRNAと強く結合し、初めてメチル化反応が行えるようになるのです。tRNAの「かたち」を見極め、一人前になったというお墨付きを与えるD1部。そして、最後の仕上げとしてアンチコドンの隣にメチル化反応を起こすD2-D3部。ひとつのタンパク質の中で見事に役割分担を行い、成熟したtRNAを細胞という社会に送り出しているのです。

この研究は、文部科学省の「ターゲットタンパク研究プログラム」の一環として行われたものです。研究成果は、米国の科学雑誌「Nature Structural & Molecular Biology」10月1日号(オンライン版は9月13日)に掲載されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→理化学研究所・生命分子システム基盤領域のwebページ
  http://www.ssbc.riken.jp/
→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html

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提供: 理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域
[図1]
tRNAの成熟化プロセス。転写合成された前駆体tRNAは、いろいろな化学修飾によって、安定なL字型構造を取るようになる。L字型の一方の末端(アンチコドン)で遺伝暗号を解読し、もう一方の末端(CCA末端)にはアンチコドンに対応したアミノ酸を結合している。L字型の角の部分(赤い点線)は、成熟が不十分なtRNAでは最も不安定である。したがって、この角の部分がきちんと形成されていることは、tRNAが成熟化している指標になると考えられる。
拡大図(16KB)
 
 
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提供: 理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域
[図2]
aTrm5-tRNA-AdoMet複合体の立体構造。L字型構造のtRNA(緑)をaTrm5が認識しているようす。メチル化酵素aTrm5は、3つの部分D1(ピンク)、D2(青)、D3(水色)からなり、D1とD2の間は一定の構造をとらないリンカー(紫)によってつながれている。メチル化を受けるtRNA部位(アンチコドンの隣は緑色で、メチル基の供与体AdoMetは黄色で示した。
拡大図(45KB)
 
 
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提供: 理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域
[図3]
メチル化酵素aTrm5による、tRNAのL字型構造のチェック機構。tRNA の成熟化が不十分で、L字型の角の部分がきちんと形成されていない段階では、D1がtRNAに結合できず、結果としてaTrm5全体がtRNAに結合できない。L字型構造が完成してL字型の角の部分がきちんと形成されると、D1はtRNAに結合できるようになり、aTrm5とtRNAとの親和性が上昇し、初めてaTrm5がtRNAに修飾を導入(メチル化)することができる。メチル化酵素aTrm5は、L字型構造が完成しているtRNAにだけ修飾を導入するという制御を行っている。
拡大図(19KB)
 
 
 
 
 

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