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遺伝子の転写のしくみを追う 2004.8.12 |
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〜 転写調節にはたらくタンパク質の役割 〜 |
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あらゆる生物は、生命活動を担うタンパク質の設計図である遺伝子DNAを持っています。細胞の中では、この設計図が、勝手に読み出されてタンパク質ができているわけではなく、設計図のどの部分が、どのような状況において、どのぐらい読み出されるか、きちんと制御されています。 設計図の遺伝子DNAに書かれた情報は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)に写し取られ、写し取られたmRNAの情報をもとにタンパク質が作られます(図1)。このDNA→RNA→タンパク質という流れは、どんな生命にも共通な基本原理です。DNAの情報を写し取る役割を果たしているのは、RNAポリメラーゼというタンパク質で、この写し取る作業を「転写」と呼んでいます。 大腸菌のような細菌は、最も簡単な生物のひとつですが、やはり複雑な制御のもとに転写が行われています。たとえば、タンパク質の原料であるアミノ酸が足りなくなったときに、アミノ酸の量を増やし、危機をのりきるという反応も、転写の調節によって行われているのです。今日のニュースは、この転写の調節にかかわるタンパク質のお話です。 小さな働き者ppGpp 細菌では、タンパク質の原料であるアミノ酸が足りなくなったときに、グアノシン4リン酸(ppGpp)という警告物質をどんどん作り出すことが知られています。警告物質ppGppは、転写を担うタンパク質RNAポリメラーゼと複合体をつくり、アミノ酸を増やすようにいろいろな働きをします。リボソームRNA(rRNA)やトランスファーRNA(tRNA)といった、タンパク質合成に必要なRNAをなるべく作らないようにして、原料のアミノ酸が足りなくならないようにします。逆に、アミノ酸の生合成や輸送に必要なタンパク質だけは、どんどん作られるように働きます。この働きによって、細胞内のアミノ酸はだんだん増えて行きます。こうして細菌はアミノ酸が足りなくならないように、うまく転写を調節されているのです。 しかし、この小さな働き者ppGppによる調節を、試験管の中で再現しようとしても、あまりうまく働かせることができません。純度の高いppGppでなく、細胞から抽出した純度の低いppGppを用いると、ちゃんと働くこともわかりました。細胞の中に、ppGppをうまく働かせる「何者か」が存在することが30年も前から予想されていたのですが、ようやく最近になって、その正体と思われるものがわかってきました。それはDksAという名前のタンパク質です。試験管の中の実験で、このDksAタンパク質を加えると、ppGppの働きが良くなることが見つかったのです。 それではDksAはどのように、ppGppの転写調節に働いているのでしょうか? 理化学研究所・播磨研究所のドミトリ・バジリエフ(Dmitry G. Vassylyev)副主任研究員および横山茂之(よこやま・しげゆき)主任研究員のグループは、アメリカのオハイオ州立大学のグループと共同で、DksAタンパク質の構造を、KEKフォトンファクトリー(放射光科学研究施設)の高性能タンパク質構造解析ビームライン(AR-NW12)を用いて調べ、DksAがどのようにアミノ酸の量を調節する反応に関わっているのかを明らかにしました。NW12によって、2オングストロームという分解能で構造を調べることができたので、このタンパク質がどのように働いているかを原子のレベルで細かく知ることができたのです。この研究は、アメリカの科学雑誌「Cell(細胞)」の8月6日号に発表されました。 ppGppとRNAポリメラーゼの結合を安定にするDksA DksAの構造には、「コイルドコイル(coiled coil)」ドメインという2本のらせん状の部分(αヘリックス)があり、この2本のらせんの間の連結部分には、アスパラギン酸という酸性アミノ酸があることがわかりました。 バジリエフ博士のグループは、最近、RNAポリメラーゼとppGppの複合体の構造を明らかにしています(2004年4月30日号の「Cell」で発表)。この複合体の構造と、DksAに構造がよく似た他のタンパク質の構造などの情報も合わせて、DksAがどのように働いているかを推測することができました。 推測されたモデルは図2のようなものです。白いリボンで示したRNAポリメラーゼには、いろいろな調節因子が結合しやすいような「あな」があります。このあなの中には、RNAポリメラーゼの活性部位があります。ppGpp(図中の緑)はその活性部位の近くに結合しています。図3は、図2のうち、ppGppが結合している部分を拡大したものです。ppGppは、両側にリン酸基が2つずつついた構造をしていますが、その部分にそれぞれマグネシウムイオン(Mg2+)が結合しています。このマグネシウムイオンは、RNAポリメラーゼの反応を触媒する役割を果たしていることが知られています。このうち片方のマグネシウムイオンは、RNAポリメラーゼと固く結合していますが、もう一方のマグネシウムイオンは、RNAポリメラーゼとは結合せず、ppGppとゆるく結合した状態で、タンパク質の外側から近付きやすいような場所でふらふらしています。 ここでDksAの出番です。DksA(図2、3の青)がRNAポリメラーゼに結合すると、コイルドコイルの連結部分にあったアスパラギン酸が、ふらふらしていたマグネシウムイオンを動かないように固定する役割を果たしていることが推測されました。アスパラギン酸は、マグネシウムイオンと強く結合することができるからです。この結合が、RNAポリメラーゼの働きに欠かせないppGppとマグネシウムイオンをしっかりと安定にしていたのです。 転写調節の謎にせまる このモデルでは、ppGppも、DksAも、RNAポリメラーゼの活性部位にアクセスしやすいような「あな」を使って結合しています。ここに、ppGppのような小さな分子や、DksAのようなタンパク質が結合することによって、RNAポリメラーゼの働きを「チューニング」しています。まだ他にもDNAポリメラーゼの働きを調整する分子がたくさんあるかもしれません。 また、このようなマグネシウムイオンを介した結合は、RNAポリメラーゼがDNAやRNAと結合するときにも重要な役割を果たしている可能性が見えてきました。ppGppはDNAやRNAのユニットであるヌクレオチドの仲間なので、同じような結合の仕方をすることができるからです。 転写はすべての生物に共通な、最も基本的で重要な生命活動のひとつです。転写は複雑な調節を受けており、その調節に関わる分子は数多くあるので、まだまだわからないことがいっぱいあります。しかし、転写に関わるタンパク質の構造が、個々の原子のレベルで明らかになることによって、その謎が少しずつ解けていることがお分かりいただけたと思います。 |
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