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   image 天然タンパク質の戦略    2003.3.27
 
〜 立体構造にみる 〜
 
これまでに何回か、私たちの生命活動を支えるタンパク質の構造と機能に関する研究を紹介してきました。タンパク質がそれぞれの働きをする謎を解くには、タンパク質の巧妙な立体構造が鍵となっています。KEKでは加速器から生まれる放射光という光を用いてさまざまなタンパク質の立体構造を調べています。今日は、炭素と炭素をつなぐ結合を作り、亀の甲のような形の炭素の環状化合物を合成する反応をすすめる天然のタンパク質を、KEKの放射光研究施設で調べた研究をご紹介します。

炭素の亀の甲をつくる反応

私たち生物の体を構成している物質の多くは炭素の化合物でできています。その炭素化合物をつくる重要な反応を図1に示します。この反応は、炭素の二重結合をひとつ持つ化合物、ジエノフィルと、炭素の二重結合を2つもつ化合物、ジエンが近づくだけで自発的に進行し、亀の甲のような形の炭素の環状化合物、シクロヘキセンを生み出します。この反応には、加熱などの激しい条件は必要でなく、合理的なこの反応の発見によって、有機合成化学は飛躍的に進歩し、合成産業に革命を起こしました。この反応の発見者であるディールスとアルダーは、1950年にノーベル化学賞を受賞しました。化学者の間でこの反応はディールス・アルダー反応として大変有名な反応のひとつになっています。

ディールス・アルダー反応を進める天然タンパク質

ディールス・アルダー反応は合成化学の分野だけでなく、自然界でも重要な反応である可能性が長い間うわさされてきました。特に、ある種の微生物が作り出す化合物の中に、亀の甲のような骨格を持つ炭素化合物が多く存在することから、天然の合成反応にディールス・アルダー反応が含まれていることが予想されていました。これらの反応のいくつかを図2に示します。ジエンおよびジエノフィルに相当する部分、また合成された化合物中でこの反応から生まれた骨格部分は色づけしてあります。自然界でこの反応が起こるときには、図1の青で囲んだ部分のような「遷移状態」を安定に存在させるような働きを持つタンパク質が存在することになります。ここでこのタンパク質が果たしている役割は、ジエンとジエノフィルが反応しやすいように向きを固定することだけなのです。それではこのタンパク質はどのようにしてこれらの炭素化合物を固定しているのでしょうか。ここで紹介する研究では、図2のcの反応をすすめる、天然のタンパク質、マクロフォミン酸合成酵素の立体構造を調べ、タンパク質の巧妙な戦略について立体構造から説明をすることができました。

多段階触媒マクロフォミン酸合成酵素

ツユクサの葉の上で病班を形成するある種のカビは、亀の甲の骨格を持つ炭素化合物である2-ピロンやマクロフォミン酸を豊富に生成し、これらの化合物は植物毒素としての生理機能を持つことが知られています。実は、この2-ピロンはたったひとつの酵素によってマクロフォミン酸へと変換されてしまうのです。これがマクロフォミン酸合成酵素です。この酵素がすすめる反応を図3に示します。反応の途中で、赤色で示した新たな炭素骨格が生まれていますが、これを提供するのがもうひとつの基質であるオキザロ酢酸です。図3を見ていただくとわかるように、この反応経路は複雑で多段階から成っていますが、第二段階がディールス・アルダー反応になっています。

マクロフォミン酸合成酵素の立体構造

KEKの放射光研究施設で明らかになったマクロフォミン酸の立体構造を図4に示します。これは、個々の分子が6つくっついた、六量体と呼ばれる構造をしていることがわかりました。このタンパク質が働くためには、このような六量体の構造をとることが必要なのです。

六量体には6つの活性部位があって、活性部位にはマグネシウムイオンが存在しています。今回の立体構造の研究で重要なのは、タンパク質に、基質であるジエンやジエノフィルに相当する化合物を含んだ複合体の構造を解くことができたことです。図5では、活性部位で反応が起こるときに、基質どうしが接近する様子を描いています。マグネシウムイオンやタンパク質の側鎖の働きで、2つの基質ががっちりと固定されていることがよくわかります。

ディールス・アルダー反応を触媒する酵素は、抗体と呼ばれる異物を認識する生命活動を利用して、人工的につくられています。これを抗体触媒と呼んでいますが、今回構造がわかったマクロフォミン酸合成酵素は、これらの人工型の抗体触媒の中で最も反応効率の良いものよりも、格段に速い反応性が実現されています。これはこのように極めて合理的なタンパク質の設計を自然が行っているからに他なりません。その他にも、まだ私たちが解読できていない巧妙な工夫が天然のタンパク質の構造の中に埋もれているかもしれません。このような研究は、自然界の謎を解き明かすのはもちろんのこと、新しい効率のよい触媒を作るなど、自然の巧妙な工夫を私たちの生活に活かすのにも役立ちます。

この研究は、北海道大学の田中勲教授のグループによって行なわれ、3月13日号のNatureで発表されました。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→北大・田中勲研究室ののwebページ
http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g6/

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[図1]
ディールス・アルダー反応の基本図です。ジエンおよびジエノフィルが上下から効果的に接近すると、新たな炭素・炭素結合が二本形成されます。実際には、さまざまな官能基がついたジエン、ジエノフィルが利用されていますが、ここでは骨格のみを示します。
拡大図(11KB)
 
 
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[図2]
天然に存在する化合物のうち、その合成過程でディールス・アルダー反応を経由することが予想されており、なおかつタンパク質の存在が確認されているものです。それぞれSPS(ソラナピロン合成酵素)、LNKS(ロバスタチンノナケタイド合成酵素)、MPS(マクロフォミン酸合成酵素)というタンパク質が触媒しています。今回は、このうちcのMPSの立体構造を解析しました。これらの酵素はいずれも、ディールス・アルダー反応だけを触媒するのではなく、その前段階の反応をも触媒することができる、多段階触媒です。
拡大図(19KB)
 
 
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[図3]
マクロフォミン酸合成酵素の触媒する反応経路です。第一段階では高速のオキザロ酢酸脱炭酸酵素として働きます。第一段階反応の生成物であるピルビン酸エノラートは、2-ピロンとディールス・アルダー反応を起こします。これが第二段階となります。この反応でできた化合物は、第三段階で脱炭酸、脱水反応によって最終生成物マクロフォミン酸へと変換されます。この研究によってタンパク質活性部位周辺の環境が明らかになりましたので、この複雑な反応経路を具体的に考えることができるようになりました。
拡大図(25KB)
 
 
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[図4]
マクロフォミン酸合成酵素の全体構造です。個々の分子ごとに色を変えています。このタンパク質が働くためには、このような六量体構造になることが必要です。活性部位に存在するマグネシウムイオンを赤色のボールで表しています。
拡大写真(75KB)
 
 
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[図5]
活性部位に二つの基質である2-ピロン(ジエン、オレンジ色)およびピルビン酸(ジエノフィル、濃いピンク色)を入れた絵です。マグネシウム(緑)や蛋白質側鎖との相互作用(水色の点線)によって2つの基質ががっちりと固定されている様子が示されています。また、これからできる炭素・炭素結合がピンクの点線で描かれています。
拡大写真(35KB)
 
 
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