KEKBでの物理

  素粒子の世界の「対称性とその破れ」
現在知られている素粒子の世界は、「3世代のクォークとレプトンが、グルーオン、光子、W±粒子やZ0粒子をやりとりして相互作用するシンプルで美しい世界」である。観測された、多くの素粒子現象を正しく記述するこの描像は「標準理論」と呼ばれるまでになった。
ところで、ニュートンの古典力学の世界では、力と運動の基本法則は、時間を反転させても空間を反転させても変わらないという「対称性」を持っている。素粒子の相互作用にとっても「対称性」は基本的な概念である。
しかし、精密な実験をすると、「対称性は少し破れている」ことが見つかる場合がある。例えば、W粒子で媒介される素粒子の弱い相互作用は、空間の反転(P変換)に対して対称でないこと、即ち「Pの破れ」がリー(Lee), ヤン(Yang), ウー(Wu)教授によって発見された(1957年)。また、中性K中間子の崩壊では、P変換と電荷の反転(C変換)の積、CP変換に対する対称性がほんの少し破れていることがクローニン(Cronin)、フィッチ(Fitch)教授などにより発見された(1964年)。これは、「弱い相互作用でのCPの破れ」と呼ばれている。CP変換にさらに時間の反転(T変換)を行うCPT変換は破れていないと考えられているため、時間に対する対称性もすこし破れていることになる。
CP変換は粒子と反粒子を入れ替える変換なので「CPの破れ」は、粒子と反粒子の間の対称性の破れ、あるいは「物質と反物質の対称性の破れ」とも言える。宇宙の生成についての我々の理解は、素粒子物理学の成果をベースとして近年素晴らしく進展し、ビッグバンという言葉は広く知られるようになった。その宇宙論では「CPの破れが、我々の宇宙で物質が反物質よりはるかに多いアンバランスを引き起こした」と考えられている。「ほんの少しの対称性の破れ」が、素粒子と宇宙の描像をダイナミックで一層魅力的なものにしているのである。
物質と反物質のアンバランスの原因となった「CPの破れ」が、「弱い相互作用でのCPの破れ」と同じものであるかどうかは解っていない。そもそも、発見から30年もたつのに「弱い相互作用でのCPの破れ」の本当の起源はまだ解っていないのである。この「ほんの少しのCPの破れ」は、「標準理論を超えて、素粒子の世界を一層深く理解する手がかり」なのである。
「Bファクトリー」は、この「CPの破れ」を解明しようとするプロジェクトである。
 

B中間子での「CP不変性の破れ」
重いW粒子のやりとりで起きる「弱い相互作用」は、陽子の大きさの約500分の1という極微の世界でのできごとである。そこでは電子のようなレプトン族と同じく、6種類のクォークも2つずつが仲間となり、無関係な3組(3世代)にすっきり分類されるかに見えた。
ところがクォーク族の場合には、W粒子の放出や吸収の際に、同じ世代内での転換だけでなく、わずかだが下図の点線のように、別の世代のクォークに変わることもある。この現象は、違う世代のクォーク成分が少しづつ混じり合うためと考えられ、世代混合と呼ばれている。せっかくの美しさを破るこの複雑さは、まるで自然の気紛れのようであり、素粒子の大きな謎の一つとなっている。

 
  まだ、3種のクォーク(u,d,s)しか知られていなかった1973年に「クォークが少なくとも3世代あれば、世代混合によりCP不変性を破ることが可能になる」という、有名な小林・益川理論が発表された。その後の20余年にわたる実験研究により、予言した3つのクォーク(c,b,t)が見つかり、上図のような3世代の関係の測定が行なわれてきた。そして、この理論に最近の実験結果をあてはめた時、第3世代のクォークがCP不変性を破る鍵を握っていることが分かった。
ところで、クォークは単独では存在できない。第3世代のbクォークを調べるには、bとd(またはu)クォークが結び付いたB中間子がもっとも良い対象となる。小林・益川理論は、このB中間子が崩壊する際に、CP不変性を守らないことを予言している。こうして、B中間子と反B中間子の崩壊の仕方を詳しく比較することが、永年にわたるCPの謎を解明する道だと認識されるに至った。

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