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last update: 09/09/21  
 機構長コラム
   
鈴木 厚人 機構長
2009.09.21

国際化はマルチCPUで

9月3日、CERN理事会の作業部会に招かれ、CERNの将来戦略を方向づける検討課題 I) CERNメンバー国の地理的な拡大、II) 国際的なプロジェクトの運営方、III) 研究領域の拡張についてコメントを求められました。CERNが提起するこれらの課題はこの先、様々な議論を彷彿させるように思えます。それは今、突然提起されたものではなく、長い議論の帰結であるからです。CERNクーリエ1999年11月号の「遠隔オペレーションに関する研究所間タスクフォース」、あるいはCERNクーリエ2000年5月号「世界規模の加速器」、EPP2010レポートの「高エネルギー物理学の将来戦略」という記事にそれがうかがえます。さらに、2008年10月にはCERNの現所長であるロルフ・ホイヤー氏がICFA(将来加速器委員会)セミナーで、「国際協力の拡大についての展望」と題する講演をしたのも記憶に新しいことです。彼はそこで2000年代初頭に提唱された国際加速器ネットワーク(GAN: Global Accelerator Network)の必要性を強調しました。GANは世界各国の有能な人材、アイデア、リソースを最大限に活用してプロジェクト立ち上げ、それを参加各国の国家プロジェクトの一部として組み込み、各国にまたがる運営組織を作り、財政面の柔軟性と安定性を確保し、限定された期間ではあるけれども「世界規模の研究所」を設立する、などの構想を持っています。GANが恒久的な国際機関となることを想定していませんが、期間限定で大きな国際組織を作るとしています。CERNの検討課題に対する私のコメントは、このような長年にわたるヨーロッパの戦略に関する議論が背景にあることを考慮して、やや批判的なものとなっています。
 
CERNの検討課題 I)、II)に関しては、高エネルギー加速器を用いる研究プロジェクトに潜在する動向に目を向けなければなりません。すなわち、プロジェクトの規模はどんどん大きくなり、予算の膨張、プロジェクトの長期化は拡大の一途です。このような状況においては、CERNがI)とII)の検討課題を掲げることは無理ないことでしょう。しかし、これを直ちに「世界規模の研究所(バーチャルであっても)」構想に結びつけることには、論理の飛躍を感じます。そこには危険性と不完全性が潜んでおり、それを認識することが必要であると思います。
 
「世界規模の研究所」という言葉から直ちに連想されることは、巨大化して絶滅した恐竜です。すなわち組織が巨大化すればするほど、自由度が減少し小回りがきかなくなり運営が行き詰ることは、最近のサブプライムローンの破綻のごとく、よくある話です。これは危険な面です。また、世界各地の研究所はそれぞれ独自のミッションと役割を持っていることを考慮しなければなりません。例えばKEKは素粒子物理学、原子核物理学、物質科学、生命科学の研究機関であり、さらに大学共同利用機関としての役割、総合研究大学院大学の大学院研究科を担当しています。KEKの運営はこのように多様なミッションと役割の上に成り立っているのです。
 
一方、アジアに目を向けると、加速器を用いる研究に加えて、加速器や検出器の技術開発とその応用が大きな関心事となります。KEKはアジア各国の加速器研究所との共同研究を通じて、これらの開発研究を推進しています。この活動をさらに包括的かつ相乗的に推進するために、KEK、IHEP(中国)、TIFR/RRCAT(インド)、BINP(ロシア)、ソウル国立大学(韓国)に呼びかけて、多国間協力の枠組みを立ち上げる準備を進めています。そしてキックオフ・ミーティングを12月に北京で開催する予定です。このような個々の研究所および地域の活動の活性化は、上記の「世界規模の研究所」では望み薄です。これは不完全な面です。
 
さらに、「世界規模の研究所」構想では避けて通れない極めて一般的な観点が存在します。それは、異なる文明においては価値判断基準が異なるという事実です。これはアーノルド・トインビーの著書「歴史の研究(A Study of History)」や、サミュエル・ハンチントンの著書「文明の衝突(The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order)」の中で強調されています。両著者はともに、世界に9つある文明(日本文明もその一つ)の間に、共通する価値判断基準は存在しないと述べています。そして、サミュエル・ハンチントンはベルリンの壁の崩壊後に、世界平和が訪れるとする楽観的な予測を排して、次は異なる文明の境界線で衝突が起こることを予言しました。まさに現在がその状況です。この観点を十分に考慮せず、一部の国々のみで、「世界規模の研究所」構想を進めてもうまくいかないでしょう。
 
しかし、ただ批判しているだけでは先に進めません。加速器科学プロジェクトの巨大化は着実に進行しています。これに対してKEKは、まず始めに「世界規模の研究所」ありきではなく、「プロジェクトの重要性」を戦略の基盤とします。プロジェクト毎にその重要性、適正規模を検討し、「世界規模の共同研究」が必須であると判断すれば、国際共同研究チーム作りを進めます。他のプロジェクトが重要性であると判断すればKEK単独であってもこれを推進します。CERNの検討課題 III)(研究領域の拡大)に関して、KEKは現在、J-PARCにおける実験の遂行と、KEK-B増強を最優先事項と位置づけています。しかし将来、プロジェクトの重要性によっては、世界規模の大プロジェクトの推進が最優先となる可能性もあります。
 
検討課題I)、II)に関しては、国際リニアコライダー(ILC)プロジェクトで行われている努力を無視すべきではありません。国際リニアコライダー運営委員会(ILCSC)のワーキンググループ、世界ILC設計チーム(GDE: Global Design Effort)、リサーチディレクター(RD)の間で、ILCの組織・運営方式、サイト選定方式、建設手順について最終的な議論が進められています。ここで確立される各事項は、将来の世界的規模の共同研究に対する規範となるでしょう。
 
最後にCERNの検討課題 I) II) III) に対して私の意見を一言でまとめると、「グローバリゼーション、はシングルCPUではなく、マルチCPUで推進するべき」ということになります。
 
 
   
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