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 機構長コラム
   
鈴木 厚人 機構長
2009.11.30

予算の事業仕分けに物申す

来年度の予算編成に対する行政刷新会議の事業仕分けが行われた。「国民の目線(国民にとって役に立つものか」、「無駄の排除」がキーワードであった。このような指標を掲げて事業仕分けを行うことの意義は十分あると思う。しかし、今回の事業仕分けのやり方に関しては、物申さずにはいられない。既に多方面から提出されている反論に耳を傾け、反省すべき点は正し、新たな予算編成の手法としての事業仕分けの充実に努めるべきである。私は特に次の2点について検討をお願いしたい。
 
(1) 多様な指標(目線)が必要
「国民の目線」と「無駄の排除」のみで国家予算が論じられるであろうか? 特に科学・技術振興の観点からは、「世界の目線」、「育てる目線」も必要である。現在の社会・産業基盤は、約一世紀前の基礎科学の成果を基に展開されていると言っても過言ではない。エレクトロニクス、コンピュータ、半導体、レーザー、原子力、宇宙開発等、枚挙にいとまがない。基礎科学研究は、新たな基幹技術創出の震源地である。また、これまでの基礎科学の発展は、欧米諸国が中心的役割を果たしてきたと言えるが、21世紀はその担い手が欧米からアジアに取って代わろうとしている。そして日本がその中心にいることを十分に認識すべきである。私は国民の目線が、事業仕分け人の言う「国民の目線」よりもはるか先にあり、「世界の目線」をも取り込んでいるように思える。
 
「無駄の排除」は重要な指標ではあるが、これのみを極論すると危険な事態を引き起こす。人件費が安いからといって国外に生産拠点を移せば産業の空洞化となってツケがまわってくる。かつて日本が得意であった基幹技術が、日本からなくなりつつある現実に直面し、「ものづくり大国日本」は過去のものになろうとしている。ここに、「育てる目線」が必要になる。将来への投資の目線である。特に科学・技術振興は、子供の育成と等価である。夢と希望を持って子供を育てるように科学・技術振興を推進しなければならないことは言うに及ばない。100〜1000の研究の中から1つでも大発見が生まれれば、科学・技術の飛躍的発展がもたらされ、さらに国民に大きな誇り、勇気、意欲、夢が与えられる。科学・技術や産業から「Made In Japan」の火を消さないためにも、「育てる目線」をもっと重視すべきである。
 
(2) 実態把握の徹底
今回の事業仕分けで目につくことは実態把握の不十分さである。大学共同利用機関法人である高エネルギー加速器研究機構にとって、「特別教育研究経費」が厳しい査定を受けた。私は、ウェブ中継で事業仕分け作業の議論を見聞していた。「特別教育研究経費」の議論は、事業仕分け委員から"これがどのような経費であるのか"という質問と、"すばる望遠鏡やスーパーカミオカンデのような研究経費です"との文科省の答弁のみである。この質疑応答で、事業仕分け委員の「特別教育研究経費」の査定は、"要求通り"が2人、"縮減"が6人、"廃止"が6人であった。これにはただ唖然とするのみである。議論と査定がまったく相関していない。なにを根拠にこのような査定に至ったのか理由を記すべきである。「特別教育研究経費」は高エネルギー加速器研究機構において、共同利用・研究で使用される研究施設・装置の運転、維持、管理経費に使用される(例えば、加速器運転・維持経費、放射線安全管理設備維持・運転、測定器維持運転、空調冷却系統設備維持・運転、受変電設備維持、光熱水量、運転業務委託等)。そして、これらの大型実験装置・設備の運転によって、素粒子、原子核、物質科学、生命科学に関する世界を先導する研究成果、昨年のノーベル物理学賞に貢献した小林―益川理論の実証、数々の先端技術開発の成果がもたらされる。それに加えて、毎年、40〜50編の博士論文、〜80編の修士論文が国内外の大学院生によってまとめられ、大学院生は第一線の研究者として巣立って行く。特別教育研究経費"廃止"と査定した委員は、これらのことを理解した上での判断なのかどうか問いたい。事業仕分けを充実させるには反論の場を提供し、それに明確な返答をすべきである。その上で、良いものは良い、見直すべきものは修正するという仕分け作業過程を踏むべきである。
 
   
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